第15話 愛は愛でも色々な愛がある。

 千里さんの勉強ノートを参考に勉強方法を教えていく。

 凛は算盤を習っていたおかげもあって計算スピードは早い。

 そして、凛の目指す学校は大学共通入試テストの成績が大きく関わってくる。

 だから、物理と数学の基礎的な問題を徹底的に復習させる。公式は特に重点的に、だ。


 因みに大学共通入試テストは端的に言ってしまえば、俺みたいなE判定のバカな生徒を間引くための制度だ。

 例えば、人気の大学は、志望者や記念に受ける人(記念受験)が多くて、とてもじゃないが自分たちだけでは採点できなかったり会場が用意できなかったりする。

 だから、このテストを受けさせることで大学が欲しい能力を最低限持っているか見るのだ。


 大学によってはこのテストをどれほど重視するかは変わってくる。

 そして、あらゆる学力帯が受けるこの大学共通入試テストは基礎的な問題でできている。

 そのため、偏差値の高い国公立の医学部とかだと大体九割くらい必要になってくるテストだ。

 二〇一九年度まではセンター試験がこの役割を担っていた。


 ではこの二つは何が違うのか?

 千里さん曰く

『私たちがやっていたセンターとそんなに変わらないよ。ただ、文科省の人たちが健太郎君たちに意地悪な問題を出しているだけだよ。』


 らしい。千里さんは珍しく怒っていた。なんか、如何にも難しい新しい知識をめくらましにしているだけらしい。問題文に新しい知識を置いてはいるけれど結局、問題とは一切関係ないらしい。


 ダメじゃん!文科省の連中って、ただの馬鹿じゃん。階段のことを文中で言っているのに階段なんて一ミリも関係ない。三三度って最初から書けよ!(実際の文部科学省が出している例題とは1ミリも関係ないんだからねっ。文科省にチクったらダメなんだからねっ。)


 千里さんからの受け売りの知識でしかないがセンター九割越えをしている人曰く、


 数学のⅠaの方は教科書基本レベルができれば満点も狙える。

 Ⅱaと物理の方も教科書の章末問題レベルができれば八割~九割を狙える。


 らしい。


 大学共通入試テストは若干、センターと比べて数学のⅠaの方の分量が多くなっているらしいから実際には少し点数は落ちるかもしれない。


 計算スピードだけはかなり早い凛にはここら辺で点数を取らせることにした。

 目標は七五点と言ってある。計算能力も高く、国語以外は馬鹿ではない凛なら十分狙えると思っている。


 凛の現代文は壊滅的なので単語と熟語を覚えることを少しずつやってもらっている。現代文の問題を解いてもらっていないのは、凛の場合は圧倒的に知識が不足しているだけのはずだからだ。


「空気が読める人ほど現代文ができる」と担任のザビエルさんは言っていた。行間を読む≒空気を読む、らしい。


 まあ、だから、陰キャの俺は英語と古文・漢文はわりとできるのに、現代文はできないんだよね。英語とか空気読む必要とかないもんね、納得。


 ってことで、現代文は知識さえあれば、陽キャの凛ならできると思っている。


 英語については、大学共通入試テストに変わってから、細かいところをつく純粋な知識問題は少なくなった。

 単語力と読むスピードがある人にとっては、何だったら簡単になったという意見もあるくらいだ。


 シャカイ?僕、世界史選択だから凛の地理はオシエラレナイネー。決して凛の点数が絶望的すぎてアキラメタワケジャナイヨー。七点のテストが凛のファイルの中から飛び出しているのをミタワケジャナイネー。


 *


「おわったー。」


 凛が机の上でだらけている。途中、何故か手の甲を触られたけど、何だったのだろうか?俺と同じで幼馴染の俺のことを、ペットのように可愛いがってくれたとかかな?まあ、いっか。それよりも、準備していたあれをしなくちゃな。


「ひゃっ。」


 さっき凛に隠れて作った氷嚢で、疲れ切った凛のくびを冷やしてやった。

 それに驚き、凛が小動物のように飛び上がる。


「何するのっ!」


 俺が氷嚢をあてた首に手を当てながら凛が文句を垂れてくる。


「おつかれ。」


 そう言って今度は手作りのクッキーを凛に渡す。


「へ?」


 これは仲直りのきっかけになったらいいなと思ったのと、単純に千里さんとの勉強会の時は俺が甘いクッキーを食べたくなったという経験則から、勉強が終わったら渡そうと思っていたものだ。


「クッキー作ってきた。」


 なんか妙に恥ずかしくなったから氷嚢を作って驚かしてから与えるという我ながら意味不明なことをしてしまった。


「最初からそう言えばいいじゃん。」


 そう言いながらも凛は微笑んでいる。


「いきなり、クッキー渡すとかはずいだろ?」


 むすっと言い返してしまう。


「それで氷嚢をわざわざ作って驚かすってイミフだし。」


 ニヤニヤ満面の笑みを浮かべている。

 ふむ。世界一の幼馴染のこんな笑顔を見れたんだ。


 クッキーを作った甲斐があったってもんだ。


「で、食べないのか?」

「食べまーす。普段料理しない人のクッキーを勇敢にも食べてあげよう。」

 豊満な胸を張って言ってくる。

 目のやり場に困って。そっぽを向いて言う。

「さよけ。」


 *


「今日は家で食べていきなさいよ。」


 帰ってきた紗栄子さんが料理の下準備をしながらしゃべりかけてきた。

 それにどう返事をするか悩んでいると


「いいじゃん。クッキーのお礼がしたいし。私も料理し始めたし・・・。」

 凛が尻すぼみの語調で言ってくる。

「普段料理しない人の料理を食べてしんぜよう。」


 だから、俺も凛の真似をして胸を張る。


「言ってろし。『上手い。こんなに旨い料理を作れるのか結婚してくれ』って涙目で言わせてやるし。」

「あっそ。」


 挑発するような凛の言葉に素っ気ない返事をする。

 …ってか、料理食べただけで結婚しようって男がいたらこえーよ!

 結婚詐欺とか疑えよ!?

 なんか凛が心配になってきた。もはや、恋愛対象じゃないの自覚したせいかお父さんの気分だ。


 “そんなチャラチャラする奴にうちの幼馴染はやらん!”


 とかマジで言っちゃいそう。

 いや、もちろん、凛が本気になったら応援するよ!でも、凛には幸せになって欲しいじゃん!

 一七歳・未婚・童貞で父親の気持ちが分かっちゃった気がする。


「君が健太郎君かい?」


 その時、黒縁の眼鏡をかけた如何にも真面目そうな男の人が笑みを伴って声をかけてきた。

 心なしか表情が怖い。エリートの笑み怖い。

 結論  うちの母含めて大人の笑みは怖いものである。


「えーっと。お父さんお久しぶりです。」


 この人は凛の父親だ。ただ、紗栄子さんと違って川遊びにも来ないし、あまり、接点がない。正直、エリートっぽい生真面目な感じがちょっぴり苦手だ。それに、何故か俺は警戒されている。父親の座を奪われるとでも思っているのかな?だけど、凛の父の自覚をしたのはついさっきだしなぁ。


 そして、挨拶をしたら、何故か、手を握られた。


「き・み・にお父さんと呼ばれる筋合いはないんだけどなぁ。」


 いやいや、お父さんの名前なんて知らんよ。なんて呼べばいいねん!

 そして、握手が痛い。ゴキゴキゴキって言っている!なっちゃいけない音がしているんですけど!?


 お父さん(仮)の腕に握手前にはなかった筋肉の筋が浮き上がっているのも見える。

 どんだけ力入れてんだよ、あんた!


 そして、なんで俺はこんなに嫌われてんの?

 陰キャだからか?陰キャだからなのか?世の中よ陰キャに優しくしてくれ。


「あらあら、凛の次はお父さんかぁ。健太郎君も大変ね~。」


 紗栄子さんの方を見るとおかしそうに笑いをこらえている。唇がふるえて、吹き出しかけているのがみえる。

 いや、お父さんが何かに怒っているのに気づいているんだったら止めてくださいよ。

 そして、彼の名前を教えてくださいよ。紗栄子さん。

 念じてみるが紗栄子さんは楽しむ気満々の笑みを浮かべるだけだった。


 “気付いているんならマジ教えろや紗栄子ぉぉぉ!”

 心のなかで叫ぶ。



 五分くらいしてようやく握手(という名の責め苦)から解放される。


「今日は健太郎君も好きなハンバーグを凛が作るから楽しみにしてね。」


 紗栄子さんが、お父さんから解放された俺の方を見ながら言う。


 やったー。


 自慢の義娘(幼馴染)からの手作りハンバーグは神でしょ?

 羨ましいか~?羨ましいだろ~。

 単細胞の俺はお父さんからの怒りもすっかり忘れて調子のいいことを思う。


「紗栄子さん、楽しみにしていますね。」


 そして、思わずいつものように紗栄子さんのことを名前で呼んでしまう。


「健太郎君。友達のお母さんを名前呼びするのも感心しないなぁ。」


 いつの間にか、後ろにたっているお父さんに睨まれる。

 紗栄子さんって、名前呼びしないと悲しそうな顔するんですよ!?仕方ないでしょ?


「もー、お父さん。健太郎はお母さんに、名前呼びしなさいって言われているんだからいいの。」


 凛がフォローしてくれる。マジ、俺の娘(幼馴染)はいい子だ。絶対志望大学に受からせてやるからな。


「まさか、お父さんでなく健太郎君の味方をするのかぁ。」


 なんか、ボソッと悲劇的な声が聞こえてきた。

 多分、その言葉を紗栄子さんも凛も気付いているだろうに無視される。

 やっぱり、可哀想なお父さんだなぁ。としみじみ思う。

 俺も結婚したらこんな風に雑に扱われるのかなぁ?


 結婚前は可愛く愛を囁いてくれた妻が結婚した途端に雑に扱ってくるのを想像する。

 そして、娘が生まれて「お父さん大好き。」とか言ってくれる。でも、思春期になると「お父さん大嫌い、洗濯物一緒とかマジありえん。キモい」とか言ってくる。

 なんか悲しくなってきた。


 世の中の娘たちは冗談でもそういうことを言うのやめてね。


 世界一好きな人にそんなこと言われるの、マジで傷つくからね。

 お父さん嫌いって言って、「親に向かって嫌いとは何だ。」とか言って怒っている父親、意外と心の中では涙目だからね。

 そこまで考えてお父さんを慈愛の眼で見つめる。


「くっ、笑うがいいさ。老兵は死にゆくのみだよ。」


 その瞳に気付いたお父さんが芝居じみた声で言ってくる。


「お父さん、そんなこと言わないでください。あなたは未来の俺です。」

「健太郎君。」


 熱い抱擁を二人交わした。


「何やってんの。流石にマジでキモイよ。」


 凛が冷えた声で囁く。

 だから、冗談でもキモイとかいうな。

 可愛い娘(義娘)に言われるの、かなり傷つくんよ。俺もお父さんも涙目だよ!


「はい、はい。凛もハンバーグ作った照れ隠しにそんなことを言わないの。お父さんも健太郎君も消し炭のような表情になっているわよ。」


 お母さんが落ち着いた声で言ってくる。

 いや、紗栄子さん。あなたのその表現も、地味にひどくないですか?消し炭って…。


「そ、そんなことないし。美味しくできたから大丈夫だもん。健太郎も美味しいって言ってくれるもん。」


 そう言ってチラチラこっちを伺ってくる。


「すまん、お父さん、俺の勝ちだ。」

「こんな可愛い子を娘にもつ私の勝ちだね。」


 くだらないことを小声で言いあっている俺たちをあきれたように二人がジトッとみてくる。


「「ゴホン、いただきます。」」


 俺もお父さんもくだらないことで意地を張り合っていたのは自覚していたのでそのまま黙って食べる。


「美味しい。(焦げ臭さマイナス10、幼馴染が自分のために作ってくれた価値プライスレス=結論:凛は可愛い。最高。美味しい。一〇〇点。)」

「よかったわねぇ~」

 紗栄子さんが凛をからかう。


「べ、別に~。作ってあげたんだから感謝して当然だし。」


 髪をせわしなくいじりながらこっちをうれしそうに見てくる。頬が少し緩んでいる。

 帰りに甘いものでも買おうかと思っていたけれど、今の表情が甘かったのでやめとこうと心の中で思った。


 *


 帰り際、玄関で紗栄子さんと凛がお見送りをしてくれる。

「その、小三のときのこと言って悪かったな。その、俺とのキスというか人工呼吸というか。とにかく凛にとっては黒歴史認定なことを言っちまって。」


 ようやく、謝ることができた。紗栄子さんがいる中で謝るのは気恥ずかしかったけれど今言わないと俺のことだから凛に甘えて一生謝らない気がした。


「はぁぁ。もうホントにデリカシー皆無。」


 長い長い溜息をつかれた。


「あらあら、凛も大変ね。」


「お母さんは黙っていて。言っとくけど、それ私にとっても黒歴史認定でもないし。デリカシー皆無だとは思っているけれど怒ってはいないから。」


 デリカシー皆無だとは思っているけれど、怒ってはいない?どういうことだってばよ?


「でも、眼があったのにそっぽを向かれたんだが。あれは何だったんだ?」

「ああ、もう。そういうとこがデリカシー皆無なの。とにかく、怒っていないんだからいいでしょ?この話はもうおしまいね。」

「二人のかみ合ってなさが面白いわね~。」


 お母さんの声だけが白々しい響きを持って響くのだった。


 もうわけわからん。モテモテの凛にとっては、キスなんて取るに足らないことだけど、陰キャの俺とキスに近い人工呼吸をしたことを周りに知られることは嫌ってことか?でも、ここには凛の母親しかいないし…

 あ、そっか!母親の前で人工呼吸とはいえキスに近いことをしたことを言われたら恥ずかしいってことか!


 理解。


 もしかして、俺千里さんのおかげで行間(空気)を読む力が上がっている?これが分かる陰キャって天才じゃね?俺ってば陽キャに近づいてきた?


「ああ、悪かったな。」

 紗栄子さんの方をチラッとみて、「紗栄子さんがいるから言われるのが嫌だったんだな、悪かったよ」と、アピールをする。


「はあ、もういいや。」


 何かを諦めたように凛がため息をついた。ふむ。分からん。これだけ完璧すぎる対応をしたのに何が不満なのだろうか?


「じゃあ、紗栄子さんありがとうございました。凛もちゃんと勉強しろよ。」

「けんたろーもね。」


 つり目の勝気な笑みを凛が浮かべてくれる。やっぱり凛はこうでなくっちゃな。

 お邪魔しましたと言って曇天の中にも星が煌めく夜空の下で家へと帰っていった。


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