ラスト・フライ(2)
カピリジナの一角。とある剥製店にて、ガエタノはしきりに首をひねっていた。
「おかしいなぁ。絶対オレのとこへ来ようとすると思ったんだけれどな」
言葉の割に、窓から外を見張るかたわら、のんびりエスプレッソを口に運ぶ。
エヴァンは炭のように浅黒いくせっ毛がはねるのを忌々しげに睨む。
ルカヤはまだガエタノの真意を知らない。ガエタノの提案だった。
いくら工夫すれども、しょせん一般家である。虐待によって徹底的に自尊心を損なわれているが、気性は相当に粘り強い。
いつかは家を抜け出してしまうのはわかっていた。実家が頼れない以上、助けを求めてガエタノのもとへやってくるのが妥当だと思われた。
だというのに、ルカヤは一向にやってこない。
早く探りをいれて迎えに行くと怪しまれる、といわれて我慢した。もう限界だ。
四日目とくれば、命も危ぶまれる。苛立ちに、つま先でトントン床を慣らす。
「おいテメー、適当いってんじゃあねぇだろうな」
「やめてくれよ。オレは将来、オマエさんの子を取り上げるかもしれねえ男だぜ。信用してくれ」
飄々と振る舞うガエタノにエヴァンの形のいい眉があがる。すうしゅんののち、溜息ひとつで彼に背を向けた。
この数日でエヴァンは何度かガエタノの胸ぐらを掴んだ。ガエタノは一度として友人と冗談を交わしているような態度を崩さなかった。
エヴァンでも学習する。ガエタノに脅しの類いは無意味だ。
「大したやつだぜ」
「そりゃどうも」
「で、そのたいしたやつが思うに、ルカヤはどうしてる? 俺を避けて電車を使わなかったのなら、徒歩で移動したのか? だったら遠くには行ってねえハズだが」
「ルカヤちゃんは接する人間も限定されていたわけだし、そのなかで一番信用できる人間ってどう考えたってオレだろ?」
「…………」
「オマエさんの家から逃げたら、間違いなく来ると思ったのに」
「なにかあったってことか?」
「間違いねえな」
ガエタノは髭剃りたての顎をさする。
「考えられるのは、あー。見知った奴に声かけられたとか? オレはカピリジナに住んでるから、あっちで会ったら不自然だと思ったわけで。カピリジナにいてもおかしくない顔見知り? そんな子いたっけなあ」
指折り数えて候補をあげるガエタノを眺め、エヴァンはおもむろに携帯をだす。
「お。こころあたりでもあるのかい?」
「ああ。前々から怪しいと思って見張ってた。気に入ってたから残念だ」
「嘘つけ」
エヴァンが冷たく澄ました顔で番号をおすのを、ガエタノは無味乾燥にケラケラわらった。
数回のコールを置いて、電話の相手と繋がる。エヴァンはスピーカーモードにすると、挨拶もそこそこに本題をぶっこむ。
「よぉ、アリーゼ。俺の妹が世話になっているみてえだな」
『いきなりね。なんのこと? わからないわ』
「近々迎えにいく」
『あたしの家も知らないじゃない。あなただって教えてくれなかったんだから、お互い様よね。来たところで妹さんに会えないでしょうけれど』
「前に指輪をやったよな?」
スムーズだった受け答えがとまる。
「居場所ならもうわかってるんだぜ」
『しつこい男は嫌われるのよ』
「情熱的なんだよ。これから可愛い子猫(ガッ)ちゃん(ディーナ)に会いに行くから、そこで待ってな」
『……こっちからいくわ。だから来ないで』
ぷつっと通話が切れる。
ガエタノが携帯をのぞきこもうとしたので、エヴァンはすかさず、虫をはらうように手の甲でのけた。
「うまくいくかね」
「あの女にひとりで誘拐なんかする冷酷さはねえよ。誰かのためってなら別として」
「成程ね」
「持ち物がよかった。親が金持ちなんだろう。そのあたりか」
「ホームレスか悪ガキあたりに金を渡せば、人手には困らねえか。はたまた本格的に業者へ依頼してもいい。怖いねえ」
「とにかくだ。一刻も早くルカヤを取り戻さなきゃならねえ。いくぞ」
メールをうち、集合場所を指定する。
エヴァンは「オレもご一緒していいの?」とうそぶくガエタノの首根っこを掴み、善は急げとばかりに出て行った。
「ところで」
「ん?」
「俺ぁテメーが犯人だと思ってたぜ」
「冗談。俺なら身体に傷をつけるような調教はしない」
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