悲愛へのカウンター(5)

 エヴァンの暴行から2週間。怒濤の2週間だった。

 両親の顔を久しぶりに見た。


 彼らはルカヤには普段通り登校するようすすめた。

 ルカヤだって騒動の中心のひとりであるのに、彼女がいると話がややこしくなるらしい。話し合うのは加害者と被害者の二人。加害者のエヴァンは学校を休んだ。


 勉強する間も兄とジーノが気になって手に着かない。

 走る気にもならなかったが、連日話し合いで、ルカヤはすぐ家に帰ることを許されなかった。

 どことなく周りの目が痛い。誰にも話していないはずなのに、噂が回るのは早いものだ。

 放課後、髪を結んでくれる少女も、隣を走る少年も、いなくなってしまった。


 話し合いの結果はルカヤの心配したようにはならなかった。

 原因が原因だ。あちらの親御さんとしても、詳しい経緯を周囲に説明してまでエヴァンの罪を裁きたくはなかったらしい。

 エヴァンとルカヤの両親は稼ぎが多い。2週間と3日目。取り返しのつかない結果はそのままに、示談で決着した。


「これでいいのかな」


 ベッドに寝転がって呟く。

 兄はリビングで夕飯を作っている。

 親は話がまとまるとまたすぐに仕事に戻った。休みすぎては会社に迷惑がかかる。大人の事情だ、仕方がない。


 理解は出来るが、ほんの少しだけ心細くなる。

 両親は兄にどのような話をしたのだろう。

 エヴァンがあのような行動に出たのには驚いた。震えるような恐怖も味わった。

 だがルカヤは優しい兄も山ほど知っている。

 少年院に入るようなことがなくてよかったという気持ちと、それが兄のためなのかわからに気持ちとで板挟みになっていた。


 やる気が出てこない。携帯を開くと、メールボックスには何通かメールが入っていた。

 通信販売サイトからの販促メールが大部分を占めている。残りは母からだ。

 適当にスクロールしていると、そのなかに一通だけ、全く違うアドレスが混ざっているのに気がついた。

 ジーノからだ。

 仰向けから飛び起きて、ジーノのメールを開く。タイトルは「ごめん」。


『僕の浅慮で君を傷つけてしまった。いくら謝っても足りない』


 メールはそんな一文目から始まった。

 毎日泣きはらし、やっと枯れてきたと思っていた涙腺が緩む。


「私がバカだったせいなのに。貴方は何にも悪くないの」


 口に出しても届くことはない。

 メールには、続けてジーノの両親がルカヤたち兄妹に会うことを禁止した旨が綴られていた。

 大切な息子を傷つけられた両親の気持ちを考えれば当然だ。


 命に別状こそなかったものの、あのときはジーノの額に切り傷ができて、血がどくどく流れでていた。

 そのときルカヤはジーノのために兄を責めることさえ出来なかった。

 ジーノ本人に嫌悪される覚悟もしていたのだ。罵倒されれば甘んじて受け入れるつもりだった。


(こんなに優しい人が私を好きになってくれたことじたい、なかったことにしてしまいたい)


 胸を握りしめ、メールの続きを読む。どこをみてもルカヤを悪し様にいう文面は見つからなかった。

 最後は意外な助言で締めくくられていた。


『僕は君が思うまま走っている姿が好きだった。けれど、今思えば、家にいる時の君はいつも同じ場所にいなければいけないようにしていたね。

 君はもっとわがままな勇気をもっていいんだと思う。つらいことをいうけれど、もしも追い詰められたなら、近しい人を切り捨てる日も必要だ』


 ハトが豆鉄砲で撃たれたような顔になって、ルカヤはメールを何度も見直した。

 そういえば、ルカヤは呼ばれなかったが、話し合いにはジーノもいたのかもしれない。だって彼は被害者本人だ。

 その時にルカヤの家族を見て、思うところがあったのかもしれない。


 すぐに思い浮かんだのは祖母だ。祖母がいなければ、と思ってしまう自分がいる。

 今までは家族を疎ましく思う自分が悪いのだと堪えてきた。

 だが兄もまた祖母に苦しめられているのなら話は違う。

 祖母を露骨に嫌う兄が、ああいった行動に出た理由が、この家庭にあるのなら。どうにかしなければ、とルカヤは思った。

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