第13話

がちん! と歯が空中を噛んだ。


「助かった!」


バハムートが後ろに引いてくれなければ、腕を失っていたところだ。


さっきまで台所の影にいたはずなのに、気がつけば目の前にいた。ウルフの動きについていけない。どっと汗が流れた。


ここは何度も死ねるドームではない。残機ゼロの現実だ。


「サイコロを振る暇もねえ」


幸運を適応する事象を決定する前に攻撃が来るので、テストの頃からウルフとの戦闘は苦手だった。どうしても行動値の差で押し切られてしまう。


「わ、私に任せてください」


式馬の首を噛みつこうとしたウルフの顎と前足を、バハムートは達人のような所作で弾いた。


「ふん、犬っころめ! 拳の錆にしてくれるわっ!」


「バハムート……」


「大丈夫です。私だってちゃんと強いんですから」


バハムートの素早さはウルフを完全に上回り、先手を取って潰している。攻撃力があるわけではないが着実にダメージを与えていた。


失礼ではあるが、式馬は目を疑った。


魚マスクでネット人格を降さなければまともに喋れないバハムートとは、かけ離れた姿だ。


成長したというより、これがバハムート——魚原たつきの本来の姿なのだろう。


対人がめっきり苦手なだけで対モンスターには強いのだ。伊達に1日で300以上のモンスターを倒し、式馬より早くテストを終わらせていない。素早さに見合うだけのセンスがある。


「ほわちゃーっ! 無限鼻つんつん殺法!」


「キャキャキャキャウンッ」


戦闘中にウルフの鼻をつんつんできるほどの余裕だ。ウルフは逃げ腰になっている。


最後は壁ジャンプからの空中キックにより、ウルフは黒い塵になった。


「強いんだな」


「何を言ってるんですか。『素早さ』極振りが弱いわけないでしょう。常識テンプレですよ。素早さキャラは噛ませになりやすいですけど、最近じゃ普通に強い子も多いんで」


そう言って不格好な型を披露する。


「それだけできるんだったら、このマスクもいらないか?」


「あ……ひゃぅぅっ」


一瞬で魚マスクを奪うと、身悶えながら被った。


「やっちゃった。見せ場だからって調子に乗って変なことばっかり! 何よ鼻つんつん殺法って。長文で語っちゃったし!」


まともに喋れるまでまだかかりそうなことになぜか安心しながら、式馬は棒を取り出してモンスターの場所を探った。


「向こうだ。ウルフだったら任せていいか?」


「ひ、ひゃい……頑張ります」

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