第9話

リアルな魚マスクのせいで表情がわからない。


物理的に死んだ魚の目をした女子高生が、ファイティングポーズをしながら話しかけてきた。


式馬のゲーム脳がエンカウントのBGMを脳内で流し始める。


戦闘開始。


式馬もファイティングポーズを構えたら、バハムートがびくっとした。


「な、何をする気だ! やるのか! 暴力反対だぞ!」


「やらねーよ。……バハムートさんだよな?」


「無論。我こそはバ、バハムートなり!」


待合室の内気な様子とは違い高らかに宣言するバハムート。だが声は震えていた。


「俺は式馬だ。まさか同じ街にテスターがいるとは思わなかった」


「ふん! 我の奇跡的な運命力によるものだな!」


「奇跡か……。まさかバハムートさんのそのスピードって」


「神より授かったチート能力、ステータスなり」


「テストが終わったら消えただろ。どうして使えるんだ」


式馬は思念操作でメニューを呼び出した。どこを見てもステータスの文字はない。あれはテストで手に入れた力だから、テストが終わって没収されたのだと思っていたのだが。


バハムートはカタカタと魚マスクを動かす。多分首を振っているのだろう。尾びれについた値札がパタパタと揺れた。


「見えないだけで力は残っている。『素早さ』に振った我の力を見よ!」


人類を超えた速さで繰り出される反復横跳び。魚マスクが3人にブレた。


式馬が『幸運』に極振りしたように、バハムートも『素早さ』に極振りしたのだろう。


「ステータスが消えていない……だから出会えたのか」


世界で7人しかいないテスターが、たまたま同じ街にいるなんてあり得ない。


しかもたまたま同じ時間に同じ病院に受診しに行き、SNS上で返信したらたまたま目の前にいたなんて、奇跡としか言いようがない。


どれが欠けても2人は出会わなかった。


「幸運のせいだ。俺はテストで全てのSPを『幸運』に振ったんだ」


「ば、博打ではないか」


「その賭けに勝ったからドームを脱出できたんだ。負けていたら、今でもドームでモンスターに殺され続けてるだろ」


「ふん! 我は1日もかからずに終了したがな!」


『幸運』の引き出し方を習得する必要のあった式馬と違い、『素早さ』は体の動きがそのまま補助される。その差によってバハムートは早くに現実へ戻れたのだ。


1日で終わらせられること自体が『素早さ』の強さなのかもしれない。

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