第8話

「バハムートさん……ですか?」


SNSのアカウントと、目の前の女子高生を交互に見る。


アカウントに設定された画像はバハムートという名前に合わせたのか、火を吹く屈強なドラゴンだ。


一方、現実のバハムートは女子高生。髪の毛を真っ直ぐに伸ばしているせいで片目が隠れており、全貌を見ることはできないが相当な美人だ。


体の線が細く猫背なせいで実際の背より小さく見える。日の光を浴びていない不健康な白さをしているが、今は耳まで真っ赤だった。


「バハムートさんだよね?」


「ひ……ひゃい」


バハムートが弱々しい声で返事する。自身の持っているスマホと式馬を交互に見て、式馬がSNSのアカウントと同一人物であることを悟ると、真っ赤だった顔が今度は真っ青になった。


「や、やっぱり人違いですぅ!」


バハムートはそう言い切らないうちに猛スピードでトイレへ逃げ込んだ。


式馬ひとりになった待合室に、受付の人が顔を出す。


魚原うおはらさーん。魚原たつきさーん」


「……高校生の女の人なら、トイレに行きましたよ」


「あらそうなの。ありがとうね皆言さん」


バハムートは魚原タツキという名前らしい。


ぴろんと通知が来た。


バハムートさんから返信が来ました:我の真の姿を見たな?


式馬は温度差に戸惑いながら返信する。現実と違って、バハムートはインターネットの世界では相当愉快な人のようだ。


「人違いの人なら見ました、と」


ぴろん。


バハムート:うるさい!我を愚弄するか!


「してません。あと受付の人が呼んでましたよ、と。返信」


トイレのドアが勢いよく開きバハムートが飛び出した。カバンで式馬に見えないよう顔を隠しながら、せかせかとお会計を済ませる。


バハムートは「ありがとうございました」と小声で言って病院を出る。ドアが閉まると同時にぴろんと通知が鳴った。


バハムート:公園にて待つ。


「果たし状かよ」


避けられては居るが会う気はあるらしい。式馬も会計を済ませ、病院の近くにある公園へ向かった。


住宅地の一角にある公園には小学生たちが居るだけで、先に出たはずのバハムートの姿はなかった。


騙されたのかもしれないと思いながらもベンチに座って待っていると、猛スピードで誰か走ってきた。明らかに走り慣れていない、無茶苦茶な走り方だったのにそのスピードは車にも劣らない。


その人はバハムートと同じ近くの高校の制服に身を包みながらも、頭をすっぽりと覆う魚のマスクをしていた。


明らかな変質者に、公園で遊んでいた小学生たちが蜘蛛の子を散らすように逃げだす。


「勘弁してくれ……」


式馬も子供たちに混じって逃げ出したくなった。


魚マスクの変質者はベンチの前でピタリと止まると、へなへなのファイティングポーズで言った。


「き、貴様がシキマだな!」

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