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翌日の放課後、克己は再びバスに乗っていた。今度は駅前からシャトルバスに乗り、さらに同乗者は智佳だけでなく、由利も共にして。一応運動するということになるからか、由利は髪を後ろで縛ってポニーテールを作っていた。
「まさか、真岳と智佳ちゃんが瀬戸さんと知り合いだったなんてねー」
「私も、南戸さんと瀬戸さんが知り合いだなんて、知らなかったわ」
「僕に至っては、瀬戸さんのことを今日知ったんだけどね……」
瀬戸の研究所で出くわした際、そんなところから会話は始まった。
瀬戸が仕事で出る必要があるということで由利も渋々帰ることにしたが、その帰り道に由利から瀬戸との繋がりについて簡単な説明があった。瀬戸が研究所としているマンションの一室は、オーナーのコネで借りているということだったが、そのオーナーというのが由利の父親だということだった。由利の家が裕福だという噂――それ目当ての取り巻きがいるという噂も――くらいは克己も聞いたことはあったが、まさかマンションを持っているということまでは知らなかった。
「何度かうちにも来てて、そのときに面白い人だなーってよく話すようになって。仲良くなってからは、私も暇なときに遊びに行くようになったんだ」
由利はそう楽しそうに話していたが、女子高生が一人でアラフォーくらいの男性の元に行くのはどうなのだろうかと克己は思っていた。
いや、一応初来さんもいるからいい、のか……?というか、それなら緒美音さんも同じ状況になるから、それだけ南戸さんは瀬戸さんと仲が良いということだろう……。
その後、一度バラバラ死体が見つかったとされる板滝山を見に行ってみたいという智佳に対し、由利がいつもの無邪気さでついて行きたいと言い出した。断る理由もなく、今日はもう暗くなってきたということで、明日の放課後三人で板滝山に向かうことになったのだった。
そして現在、板滝山行のシャトルバスの中では、智佳がまたもや最後部席の窓際に座り、その横に由利、克己という順に座っている。偶然にも二人の美少女を侍らせているような状況に、克己は奇妙な焦りを感じて思わず周りを確認した。教室を出るときから、智佳と由利が並んで歩く後ろを人一人分ほど距離を空けてついて行ったくらいに、周りから余計な噂を流されないよう用心していたのであった。とりあえずバスの中には朝影高校の生徒はいなさそうだが、板滝山にはバラバラ死体の噂を聞いた野次馬の生徒が来るんじゃないかと内心冷や冷やしていた。
「ってゆーか、真岳と智佳ちゃんって仲良かったんだねー。智佳ちゃんが怒って教室出てったときはどうしたのかと思ってたけど、まさか二人で瀬戸さんのとこ行ってるなんて」
由利は智佳と克己を左右交互に見ながら言った。
はてどう答えたものかと、克己は少し前かがみになって由利越しに智佳を見た。智佳も同様にして克己を見ていたが、口を一文字に締め切っていることから、お前が説明しろという意味だろうと克己は解釈した。
「仲が良いというか、利害の一致って感じなのかな。僕が実は持病で悩んでたんだけど、緒美音さんが学校の案内とか世話をしてくれたお礼にってことで、瀬戸さんを紹介してくれて」
オニのことはもちろん、パートナーという言葉も使うと誤解されそうなので、嘘をつかない範囲内で曖昧に濁した回答になった。もとより克己自身も智佳がどういう意図でパートナーという言葉を使ったのかいまだにわかっていなかった。
「となると、もしかして二人も、オニのことについて何か知ってたり?」
「南戸さん、その話はあまり人がいるところではしない方がいいわ」
智佳がぎょっとした顔で、咄嗟に言った。それを聞いて由利も「あ、ごめんね」と言って口を噤んだ。
克己もまた智佳と同様に驚いていた。瀬戸と親しいと考えれば由利がオニについて話を聞いていても不思議ではないが、瀬戸の口が軽いのか、由利もまたオニ感染者なのかはわからなかった。
「その話は、バスを降りてからもう少し人気のないところでしましょう」と智佳が提案した。智佳も克己と同じことが気になっていたようだった。
三十分近くバスに揺られたところで、板滝山と書かれたバス停に着いた。バス停の前にある売店では、カラフルなソフトクリームや地酒を主張しているポスターが貼られている。
「いやー、ここに来るの中学生以来かも!っていうか、遠足とか以外で来るのも初めてだなー」
由利がバスから降りて大きく背伸びをする。克己と智佳はバラバラ死体の噂を確認するという目的で来ているため、由利とはどこか温度差があるようだった。とはいえ、最初から眉間にしわを寄せながらというのも疲れるので、由利のペースに合わせることにした。
「南戸さんは、初詣で板滝山寺に行ったりしないの?」
克己が聞くと、由利は首を横に振った。
「あそこは行ったことないなー。毎年年越しのときは県外のホテルに泊まってるからこっちでは初詣しないんだよね」
「なるほど……」
さすがだね、と克己は言いかけたが、嫌みに聞こえそうだったのでやめた。
でも確かに、僕もプライベートで来たことはないな。
「緒美音さんは、板滝山来たことある?」
「いえ、ないわ。もしかしたら小さいときに連れてきてもらったかもしれないけど、そこまで覚えてないし。だから、真岳くんに案内してもらうつもり」
智佳が平然とした顔で言う。学校だけでなくここでも案内役をさせるつもりのようだった。
「ひとまず、板滝山寺に行ってみようか」
高校生三人で警察の真似事をして成果が得られるとは思えない。また、板滝山寺は標高800メートル程度の高さとはいえ、学校帰りの装い――靴こそ三人ともウォーキングシューズだったが、女性陣二人はスカートのまま――で山頂を目指せるほどお手軽でもない。だから克己は最初から、麓にある板滝山寺を見に行くつもりだった。
「鬼が棲んでた、とされているところよね」智佳は克己の意図がわかっていた。
「そう、瀬戸さんの話ではね。出来ればそのあたりのことも確かめたい」
「おっけー。それじゃそこでお話しよっか。私もいろいろちょうどいいし」
由利も承諾したので、板滝山寺に向かうことにした。ちょうどいいという言葉の意味が気になるが、それも着いたらわかるだろうと思い、克己も智佳も気に留めなかった。
整備された山道は広く、歩きやすかった。三人で横並びに歩いていても、下山してくる人たちを気にせずすれ違うことができるほどだったが、その人たちがウェアから靴までしっかり登山用の装備をしているところを見ると、自分たちが制服で来ていることに克己は引け目を感じずにはいられなかった。しかし智佳と由利の方を見ると、智佳の表情に変化はなく、由利も楽しそうに目をキラキラさせているだけなので、克己は自分が常識人なのかはたまた小心者なだけなのかわからなくなっていた。
ただ、由利ほどではないが、久しぶりに自然に囲まれることで克己も爽やかな気分に浸っていた。冬が終わり、枯れていた木が緑一色に生い茂っているのがわかる。日が暮れる前の時間帯に、葉群の隙間から光が差し込んでいる様相はどこか神秘的で、風情を感じることができた。
少し山道を進んだところで、板滝山寺に続く階段があった。せいぜい五十段ほどのたいした高さのものではなかったが、登り切ったときには克己は自身の運動不足を痛感していた。運動能力の高い由利はともかく、一見病弱そうな智佳がまったく息を切らしていないのは意外だった。
「緒美音さんって、意外と体力あるんだね」克己は息を整えながら言った。
「意外とは失礼ね。これでも中学までは剣道習ってたから。というか、真岳くんが体力なさ過ぎなのよ」
「面目ない……」
「あはは、仲良しだねー」
この二人が特別かもしれないが、女子二人に体力で負けているというのも悲しいので、筋トレでもしようかなと克己は考え始めていた。
境内は狭かった。おみくじの無人販売とそれを掛けるおみくじ掛けを除けば、本堂しかなかった。念のためバラバラ死体に関する手掛かりがないか周りに注意をしながら、本堂に近づいた。
「これか……」
過去に板滝山寺を訪れたときにはまったく意識していなかったが、確かに本堂の左右の角に接した壁に、それぞれ一体ずつ鬼の絵が描かれていた。片方の鬼は微笑んでいるように見えるが、もう一方の鬼は怒っているように見えた。
「これが病鬼、なのかな」
「たぶんそうだけど、そもそもこれ鬼なの……?」
智佳の言う通り、頭に日本の角が生えていることから鬼だと認識したが、肌の色や着物を羽織っているところなどから、ただの鬼ではなく角を生やした人間に見えなくもなかった。
「それは、病鬼だよ」由利が言った。「右側の怖い顔をした病鬼が災いを招き、左側の優しい顔をした病鬼が災いを払うって言われてる。だから、お願いごとをするときは、人を呪いたいときは右側を、人を救いたいときは左側に向かって祈願する、とかなんとか」
克己と智佳が別人を見るような目で由利を見ていたのに気づき、由利は語尾を適当に濁した。
「詳しいのね、南戸さん」
「まぁねー。うち、お父さんとお母さんが二人ともオカルト?スピリチュアル?っていうのかな、そういうのに結構うるさい人たちだから、なんか覚えちゃって」
「スピリチュアルって言うと、風水みたいなもの?」
克己が聞くと、「そうそう!」と言って由利は勢いよく頷いた。
「金運を上げるために玄関の照明の色を変えたりとか、お金の入りをよくするために物を置かないようにするとかさー。二人ともそういったことをしてるから今うちがお金に困ってない生活ができてるみたいなこと言うんだけど、宝くじが当たったとかならともかく、単純にお仕事頑張ってるからじゃないかなーと思ってる」
由利の両親とは反対に、由利は願掛けのようなものは信じていないようだった。
「それじゃあ南戸さんのご両親は、ここで病鬼にもお願いしたということ?」
「そー。これが、話そうとしてた内容でもあるんだけどさ」
由利は後ろを振り向いて、境内には他に誰もいないことを確認した。
「お父さんがね、私が生まれるときに何度もここに来てお祈りしたんだって。ただそのときは今みたいに風水とかにも詳しくなかったから、病鬼についてもよく知らなかったみたいで。無事に私が生まれてくることを、この左右の鬼に両方にお祈りしてたらしいんだ」
先ほどの由利の説明では、片方が災いを呼び、もう片方が災いを払うというまったく逆の効果だった。その両方に対して同じ祈りをするというのは、病鬼の御利益が実在したとしても、良い結果を生むとは思えない。
「それでまぁ、見ての通り私が生まれて今に至るわけなんだけど。そのおかげかわからないけど、私結構健康的だし、結構要領良いし、結構見た目も良く育ったと思ってる」
由利は嫌みなく自然に言い放った。少なくとも容姿に関しては結構というレベルを超えていると思ったが、そんな口説き文句のようなことを克己が言えるはずもなかった。
「でもその代わり」由利は一呼吸置いて、克己を見た。「真岳は知ってるかもしれないけど、私って結構不幸体質じゃない?」
「……そう、だね」克己は呆然と答えた。
「実は小さいころからそうなんだよねー。たいしたことじゃないんだけど、何もないところで躓いたり、買ったばかりのシャープペン無くしたりとか。私がそんな感じだから、病鬼の災いのせいだ―とか言って、両親が風水とか厄払いみたいなものにハマっちゃって。今のところ高くて胡散臭いもの買わされたとかはないからいいんだけどさー」
不幸、体質――
そうか、そういう見方もできるんだ。
由利の話を聞きながら、まるで黒一面のオセロ盤が一枚ずつひっくり返るようにして、克己の中で由利のイメージが反転していくのがわかった。
「最近だとストーカーっぽい人まで現れてさ。もしかして、ペペがいなくなったのもその人のせいなんじゃないかって思い始めてるんだよね」
「ストーカーされてるの?」智佳が聞くと、由利はごまかすように笑った。
「いや、でも目にしたわけじゃないから気のせいかもしれないんだけどね。ただペペがいなくなったタイミングと同じくらいだからもしかしてーって思っただけ」
「ぺぺって、確か南戸さんちの飼い犬の名前よね」
「そうそう!智佳ちゃんには見せたことなかったよね、ほらこの子」
由利は嬉しそうにスマホを取り出し、先日克己に見せた写真を智佳にも見せた。克己は嫌な予感がしていた。
「なんだか、迷惑そうな顔してるわね」
克己の予想通り、あのとき克己が言い淀んだことをためらいなく智佳は言った。しかし由利はそんな智佳を不快に思うことなく、「えーそうかなー」と笑った。
「っていうか、ごめんね、話それちゃった」由利はスマホをスカートのポケットに戻した。
「そんな私の生まれの経緯を瀬戸さんはうちの親から聞いたみたいで、私が病鬼について知ってるってこともあったから、オニの話も瀬戸さんからしてもらったんだ」
「もしかして、南戸さんのその不幸体質も、オニだと言われたの?」
「ううん、違うって。由利ちゃんのはオニとは違う文字通り体質だよーってきっぱり言われちゃった。まぁでも言われてみれば、バラバラ男みたいなのに比べたら私のなんてしょぼすぎるしねー」
確かに人より少しだけ不幸を招きやすいというだけでは、人の体をバラバラにして破壊したり、自分の体をバラバラに分解できることに比べれば、オニとは呼べないのかもしれない。克己が他者の痛みを共感するように、由利も他者の不幸を体験するというわけでもなさそうだ。
だが果たしてそれだけで由利のものがオニではないと断定できるのだろうか。
「瀬戸さんとオニの話してたってことはさ、やっぱり二人もオニと何か関わりがあるんだよね?もしかして、いわゆる感染者ってやつだったり?」
由利の質問に対し、克己と智佳は目を合わせた。智佳はここまで来たら隠しても仕方ないと判断し、他言無用としたうえで、克己と智佳のオニについて説明した。
「なるほどねー。だから智佳ちゃんはそんなに包帯巻いてたんだ。ってゆーか、真岳もオニ感染者だったんだねー。だからたまに痛そうな顔してたんだ」
「えっ、気付いてたんだ」
「もちろんオニ自体に気付いてたわけじゃないけど、同じクラスになったときから、たまに痛みを我慢してるような顔してる人だなーって少し心配に思ったくらい」
もしかしたら、由利が最近自分に話しかけてくるのは、それが理由で興味を持ったからかもしれないと克己は思った。しかしそれ以上に、由利以外にも自分が痛みを共感している様子を見られていた可能性があると思うと途端に恥ずかしくなった。
「心配は無用よ、南戸さん。真岳くんはドMだから、苦しんでいるように見えて内心喜んでいるの」
「えっ、そーなの?蹴ってあげよっか?」
「いや、違うから……って、本気で蹴ろうとしなくていいから!」
由利がスカートから伸びた長い脚を少し後ろに振り上げたのを見て、克己は咄嗟に後ずさった。
「冗談だって。大げさだなー。少し脛を蹴ってみようとしただけなのに」
「いやそれ冗談になってないから!」
あはは、という笑い声が聞こえて、克己と由利は同時に声の方を向いた。智佳が、研究所に行く途中のバスで見せたような無垢な笑顔を再び見せていた。
「智佳ちゃんって、笑うとめっちゃかわいーね。もっと笑った方がいーよ」
「え、なにそれ。じゃあもう笑わないようにするわ」
智佳は一片の照れも見せることなく、そっぽを向いた。
「ごめんって。からかったわけじゃないよー」
由利は楽しそうに智佳に近づく。由利が智佳の目線の方に移動するたび智佳が逆の方を向いた。そんな女子二人による戯れを眺めながら、克己もまた笑った。
それからもう少し周囲を探索したあと、暗くなり始めたので板滝山から帰ることにした。バラバラ死体の噂に関する手掛かりは見つけることはできなかったが、お互いの身の上話をすることでより親交を深めることはできた。
バスで駅前まで戻ったところで、由利が学校に自転車を取ってくると言うので、朝影高校の校門前で解散することになった。
「ごめん、緒美音さん」
由利が自転車を取りに校内に入ってすぐ、克己は智佳に頭を下げた。智佳はきょとんとした顔を見せた。
「さすがに理由もわからず謝られるのは気持ち悪いわ。どうしたの?」
「南戸さんに気を付けた方がいいって言ったことを、謝りたくて」
克己は由利の痛みが共感できないところから、由利が普通の人間とは違う、どこか不気味な人間だという認識を持っていた。そんなイメージが先行したせいで、由利がしばしば周りに自分の不幸話をしていたことも、誰に対して気兼ねなく声を掛けることも、手村に対して痛みを感じていなかったこともすべて、由利の中の得体の知れない腹黒さのようなものから来ているのではないかと疑っていた。
「でも、実際はそうじゃない。いや、そうじゃないなんて言い切れないけど、そうじゃない可能性だって十分大きい。生まれたときから不幸体質で、いつも気を張っていなきゃいけない状況だったら、他人の痛みに同情する余裕なんてないかもしれない。誰にでも話しかけることなんて、そんな状況でも無邪気に人と接せられるってことで、むしろすごいことのはずなんだ。それなのに、僕が痛みを共感できないと判断したせいで……」
痛みを共感することで、人を傷付けずに済むなんて、コミュニケーションに役立つだなんて、いったいどの口が言えたのだろうか。逆にそのせいで人の良し悪しを勝手に決めていたのでは救いようがない。
「とりあえず、頭上げて」智佳が克己の頭を指でつついたので、克己は頭を上げた。
「心配しなくても、私は南戸さんのことを悪い人だとは思ってないわ。せいぜい個性的な二年三組の一員として相応しいって思ったくらい。別に真岳くんを信用していないわけじゃないけど、人に対する評価は自分で決めるから。っていうか」
智佳は腕を組んで克己をじっと睨んだ。
「謝るんだったら、その相手は、私じゃないでしょう」
「あ……」
考えるまでもないことだった。智佳にも謝る必要はあるが、さらにその必要があるのは間違いなく由利だ。勝手に悪いイメージを持って距離を置こうとしていたのだから。
「緒美音さんや瀬戸さんからオニの話を聞いて、改めて自分の持つ力を自覚してから、今回の南戸さんの件もあって、痛みを知るっていうことがどういうことか少しわかった気がする」
克己は独り言のような小声で言ったが、智佳は黙って克己の話に耳を傾けていた。
「人の痛みを知るためには、オニに頼って、共感しているだけじゃだめなんだ。例えその人が痛みを感じていなかったとしても、自分だったらとか想像しなきゃいけない」
もとより普通がそうなんだ。普通は他人の痛みを感じられないから想像で補うしかない。そんな当たり前のことがいつの間にか抜けていたような気がする。
「私なら痛みを共感するってだけでお腹いっぱいなのに、さらにそこに想像も上乗せしちゃうわけね」智佳はため息をついた。
「真岳くんって、優しいというか、単純っていうか……」
あきれた様子を見せながらも、智佳の口元は若干笑みを見せていた。克己も真似るようにして、口角を上げる。
「明日、南戸さんに会ったら謝ってみるよ。たぶん変な顔されるんだろうな」
よくわからない理由で謝られて困惑する由利の顔が頭に浮かんだ。それとも、快活に笑ってくれるだろうか。
「それじゃあ私はその横で笑う係ね」
「笑うって、緒美音さんも一緒に来るの?」
「あら、嫌なの?南戸さんと二人きりになりたいって言うなら遠慮するけど」智佳は二人きりというところを強調して言った。
「いや、まぁ確かにそれはそれで嫌だけども……」
克己が由利を教室から連れ出して二人きりになっているところを誰かに見られようものなら、まず告白だと勘違いされるだろう。それなら今日のように智佳と一緒のときに言った方が無難かもしれないと克己は納得した。
それが智佳の優しさなのか、はたまた単純に克己を笑いたいだけなのかは、眼前の智佳の底意地悪そうな微笑みからは判断が難しかった。
「――やめてください……!」
克己と智佳が校門を離れようとしたところで、女性の悲鳴のような声が微かに聞こえた。
「この声って、もしかして、南戸さん……?」
克己がそう言うや否や、智佳は校内に向かって駆け出していた。
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