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 バラバラ男。

 それは、克己たちの住む板滝町、ひいては朝影市において、口裂け女のような一種の怪談として語り継がれている存在だった。夜に一人で出歩くとバラバラ男に殺されるといった風にして、親に脅されたことのある子供は多い。

 しかし、バラバラ男はただの都市伝説ではなく、実際に起きた殺人事件が元になっていることを知らない今の子供たちもまた多い。

 それは、十年前に板滝町で起きた、朝影医者夫婦バラバラ殺人事件だった。

 事件の概要としては、板滝町診療所に勤めている、所長の道長賢二とその妻であり医師でもある道長かえでが、バラバラに切り刻まれて殺されたというものだった。その日診療所に寝泊まりしていた職員が遺体の第一発見者となり、即座に警察に通報して事件発覚となった。道長夫妻は町医者として近隣住民たちから慕われていたということもあり、患者など関係者の数は非常に多かったが、警察は夫婦に殺す動機を持っている者がいないか丹念に調査し続け情報を探った。しかし調査は迷宮入りし、犯人の特定に至らず未解決事件になっている。

 バラバラ殺人というだけ衝撃的な事件だが、鑑識によると、遺体の切り口が包丁などの刃物で切ったにしては綺麗すぎるうえに、骨や筋肉が見えるはずの切断面が肌で覆われていることから、まるで最初からバラバラの形状だったのではと思わせるほどだったという。そういった残忍さと奇怪さによりセンセーショナルな事件となり、板滝町は不本意ながらも一躍ときの町となり、世間を騒然させることとなった。有名になったとはいえ、マスコミや野次馬の数こそ増えたが、ただでさえ少ない純粋な観光客の数はそれまでに比べて明確に右肩下がりを見せた。

 その報道の中で、犯人はバラバラ男という名称で呼ばれていた。もちろんこれはマスコミが勝手に付けたもので、事件発生時に現場近くで不審な男を見つけたという噂があったものの、本当は男なのかどうかすらわかっていない。

 板滝町に暮らす全ての人々がその事件のことを知っていた。バラバラ男という名前で都市伝説として子どもたちに広まったが、大人たちも凄惨な事件を忘れずに後世に引き継いでいきたいという気持ちからそれを止めようとはしなかった。暗黙の了解として、板滝町の住民は事件の痛みを町全体で受け止めることを決めていた。

 当時六歳だった克己もまた、その事件のことを覚えていた。

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