第22話 放課後の殺人鬼 その4
放課後、事態は少々深刻な局面を迎えた。
部室に文香と誘い合わせて一緒に向かうと、先行していた犬先輩がスマートフォン越しに誰かと話していた。どうやら相手は『
黙って犬先輩の通話内容を聞く。
どうやら先日の家庭科室の一件で知り合ったパティシエ部の部員の一人、あの日は欠席していた二年生の朧ヨウコが行方知れずになっているとのことだった。
通話を終えた犬先輩の説明では、この朧ヨウコなる人物は独特な持ち味をした少女らしかった。見た目はボブカットのおとなしい雰囲気の女生徒ではあれど、実際は何を考えているのかわからないエキセントリックな性格をしているという。
つまり、犬先輩とある意味での御同類である。
しかも失踪は今回が初めてではなく、先月も朝学校へ登校したかと思うとそのまま三日ほど行方知れずとなり、その後、何ごともなくひょっこりと帰ってきたという。ではその間どこで何をしていたかと尋ねると、彼女はこう答えたそうな。
『信頼できる子が寂しがっていたので、一緒にいてあげていた』
なるほど、さっぱりわからない。
ともかく朧ヨウコについてわかるのは、他人の目など気にも留めないわが道を行くタイプであり、しかも行動への動機説明は言葉が致命的に足りない、放浪癖を持つ困ったちゃんだった。それでもちゃんと漣や曙や潮などの友人がいて部活動にも参加し、成績もそこそこの順位を保っているというから人間とは面白い。
「まあ、あの娘の放浪癖と『放課後の殺人鬼』が必ずしもバッティングしているとは限らんけどな。ただ、いつもならふぁーっと姿を消しても三日もすればフツーに帰ってきていたらしくて、ところが今回は失踪四日目とくるやろ。おおらかな両親にして、これはさすがにヤバんちゃうかと警察と学校に連絡してきたわけよ」
その娘にしてこの親ありというわけか。自然とため息が漏れ出る。
「ケイちゃん……」
不意に、横で聞いていた文香が僕の手を握ってきた。
見上げ気味に振り向くと、彼女は心配気な表情をこちらに向けていた。虎を思わせるいつもの瞳は伏し目がちに、本気で朧ヨウコの身を案じているのだった。格好良い系の女の子でしかも性格の根本は善良。唯一の欠点は、その残念な性癖。
朧ヨウコ失踪の疑いに加え、さらに『放課後の殺人鬼』の情報が入ってきた。
生徒会のバックアップで全生徒・全教師・その他の全職員からも情報がもたらせるよう『
この通達とは、桐生学園日本ミスカトニック校という閉鎖空間では、絶対的な支配者からの命令と同義だった。情報は、一気に三件も寄せられていた。
「おいおい。土日の休みで遅れた分でも取り戻しに来ましたってか?」
怪現象の発現場所をタブレットに書き記した犬先輩はぼやいた。席を立ち、ホワイトボードにマグネット止めされた自作の地図にマーカーで印をつけてゆく。
怪現象の発生点を線で結ぶと、それは二重丸に近い形を取りつつあった。さらにもう一件、連絡がきた。これで合わせて四件。怪現象発生の点と線。やはりそうなるか。若干の予測も加えるに、綺麗な二重丸が出来上がっていた。
「俺はちょいと桐生の姫さんとこへ行ってくる。後で合流するとして、ケイと矢矧ッちはこれら四つの怪現象の目撃者から事情を聞いといてくれへん?」
「わかりました。現場を移動するたびにメールで連絡しますね」
「助かる。そしたら頼むわなー」
そう残して犬先輩は愛犬と一緒に部室を出ていった。残された僕と文香はタブレットを片手に問題の現場へ向かうことにした。
まずは、中央棟三階の化学教室からだった。
白衣を着た化学教師と、数人の生徒たちが僕達を待っていた。
彼らの証言では、部活動の化学実習を兼ねての手作り粒ラムネの生成をしているさ中、それは起こったという。内容はこれまでに他方で事情を伺ってきたものとほぼ同じで、フードを目深にかぶった顔の見えない殺人鬼が突然現れて、同じくして現れた憐れな被害者を無残に殺す、というものだった。
当初、興奮の渦に呑まれかけていた彼らはこれまた他方と同じく、一種異様なほど急激に冷静さを取り戻し、今しがたの衝撃的な『視聴者参加型殺人』がまるで現実味を帯びない夢の出来事のように様相を変化させていくのだった。
帰りしな、彼らは作っていた粒ラムネを僕達におすそ分けしてくれた。ブドウ糖、コーンスターチ、クエン酸、重曹、レモン汁、水で簡単に作れるという。
僕と文香は出来立てのほんのり柔らかくて歪なラムネをつまみながら、次の場所へ向かった。犬先輩への移動のメールも忘れずにしておく。
次は中央棟から南棟へ向かう途中の、二階渡り廊下だった。
驚くほど筋肉質、見上げるような巨体のプロレス研究部の面々が三人、僕達を待ってくれていた。彼らの証言もこれまでと変わらず、それでも唯一違うのは彼らプロレス研究部は、正体不明の殺人鬼に組みついて投げ技を喰らわせんとしたことだった。
よくよく勇者とはいるものである。しかし、殺人鬼は動じなかった。
まるで人の姿をした鉛塊の如く、そして機械のように力強く、殺人鬼はプロレス研究部をものともせずに憐れな被害者に殺傷を繰り広げ、消えてしまった。
すでに現実味を帯びない夢の出来事みたいに醒めてしまった彼らだったが、投げ技が決められなかった事実だけは心残りらしく、しきりにうーむうーむと唸っていた。
ストレス軽減には甘いものが良い。ちょうどいいので僕達は先ほど頂いた手作りラムネを彼らに進呈した。すると彼らは喜んで、ザラザラとあっという間にそれを食べ尽くしてしまうのだった。もっと味わって食べればいいのに、もったいない。
次は南棟二階の、女性職員用トイレだった。
もちろん男の僕は立ち入れないので、文香に任せて外で待機した。
メールで位置を伝えようとすると、ちょうど犬先輩と柴犬のセトが教室から出てくるのを見かけた。手を振って彼ら一人と一匹を呼び、こちらへ来てもらう。生徒会室は職員トイレから三部屋向こうにあった。
これまでの証言を犬先輩に報告していると、ちょうどいいタイミングで文香がトイレから出てきた。
それでは次に、と最後の現場に移ろうとすると彼女は少しだけ待って欲しいとのこと。犬先輩は顎を撫でつついつものニヤニヤとした笑みを浮かべていた。僕も事情は察したので、これ以上は言及しない。確かに驚きもすれば失敗もするだろう。
狭い空間で用を足している最中に『視聴者参加型殺人』の勃発など、それで平然としていられるほうがどうかしている。
結局、この場所での怪現象も内容的にはほぼ同一で、非常に狭い場所で殺害行為が行なわれた以外に特段の違いはなかった。
最後の現場は、中央棟三階の空き教室だった。
グリーンのタータンチェックリボンタイとネクタイの男女が僕達三人と一匹を待ってくれていた。彼らは三年生である。
今わざとネクタイに触れる書き方をしたのだが、それは彼らも僕と文香と同じく男女のネクタイを交換していたためだった。どうやら『
それにしても、彼ら二人はなぜこのような空き教室にいたのだろうか。軽く疑問に思うも、怪現象の内容自体はこれまでとほぼ同一で、事件解決に繋がりそうな有効な情報はまったくと言っていいほどなかった。
部室へ戻る途中、ふと、犬先輩は僕と文香に笑いかけてこう言った。
「あすこの空き教室は特定の上級生らがよく利用している、いわゆる逢引き部屋ってやつでな。まあお盛んなアレやったわけや。くははっ」
嗤う犬先輩に、僕と文香は互いに振り向き合って、互いのネクタイに意識が及んで何となく気恥ずかしくなり、二人して俯いた。顔と耳が熱くなっていた。
怪現象は一気に四件上がったがその後に続く五件目はなく、下校時間になったので本日の部活動は終了し、僕達は解散してそれぞれ帰宅した。
帰宅するなり、僕はこれまでにない浮ついた気持ちになっている自分自身に戸惑っていた。一体、このふわふわとした想いは何なのか。
洗面所でうがいと手洗いをした際、洗面台に備えつけられた鏡に映る自分をじっと見つめてやっと納得した。
リボンタイである。文香と交換した、女子生徒用のタイ。
『
えっ、僕が? 誰と? 文香と?
ニヤニヤと道化顔の犬先輩が、わざと露悪的に逢引き部屋と称したあの空き教室。互いのネクタイ交換をした、男女二人が、そこで。
僕は自室へと駆け上がった。誰もいない自宅、誰もいない自室にさらに鍵をかける。ふう、ふうと荒い息を吐く。制服を脱ぎ散らす。なんて、もどかしい。Тシャツを脱ぎ、ボクサーパンツを手荒く取り払って投げてしまう。
しかしリボンタイだけはつけたまま――そうして僕は、堪らず――。
何をするかなんて書かない。何とはナニだ。前と後ろの二か所。察して欲しい。
その手は僕の手であり、また、女装時にしょっちゅうセクハラ染みたタッチをしてくるあの文香の、想像上の手でもあった。
オトコノコ=男の子=男の娘=自宅では恵でもある。これが現在の自分。
彼女と書いてカレシと呼ばれる女の子=お腐れ系女子=矢矧文香。
二人は共犯者。互いに秘密を共有しあう仲。
「文香、さん……っ」
僕は呻いた。ビクンと身体が跳ねた。あまりの刺激の強さに、そのまま気絶した。
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