第11話 女装、潜入、家探し その1
潜入。ネイキッドスネーク、スニーキング、あとダンボール?
矢矧は潜入対象の女子寮にそもそも住んでいるので問題はない。『
だが僕は別。
女子寮はある種の聖域、男子禁制のミステリーゾーンである。男の僕が公的な理由もなしに侵入すれば大問題になる。なのに潜入実働メンバーに入れられている。
「わが家には犬くんが『変態という名の紳士』という伝説の二つ名を得るようになった衣服がすべて保管されてるの。こんなにも早く、この封を解く日が来るとはねぇ。うっふふふ。学園生活って思わぬところで面白いものに出会えるわぁ」
ああ、嫌な予感しかしない。
「悪いな、俺は女子寮の面々には顔が割れてて無理やねん。覗きと下着ドロの変質者を捕まえるため、寮監と寮母さんのバックアップを貰って潜入捜査をだな」
「ちなみにその依頼を仲介をしたのはわたしなのよ。表向きでの『体育館ガス漏洩事件』で犬くんの立場が微妙になってさ、わたしとハルアキはあの日たまたますっごい朝寝坊をしてその場にはいなかったんだけど、とにかく犬くんのあるべき名誉の回復のために、ね。だってこーんな稀有な美少年くんを腐らせるのって、学園としても損失でしょう? だから友人経由で女子寮の問題を紹介したのよ」
「それで、女の子に変装して潜入捜査、ですか」
「そういうこっちゃ。ある意味マジの
「凄いわよ、犬くんの女装。女のわたしが見てもまるで違和感なく、立ち振る舞いは当然、わずかな所作まで完璧に女の子。良家のお嬢様って感じ。何よりも素晴らしく美人さん。ただ、最後が、ねえ。くだんの変質者を誘い出すために風呂場でさ、上手く罠にひっかけたのは良いとして、犬くんったらハッスルし過ぎて逃げる変質者を裸で外まで追いかけて、おっきなムスコさんが大暴れする中――」
「女子寮の平和のために全裸でバックドロップを決めたと」
「そういうこっちゃ。この時点で
ああ、それはもう、どう言い繕っても変態紳士です。聞かなきゃよかった。
その後、色々と問題になったらしいけれども、寮監を始めとする管理側の取り計らいで穏便に済ませられたらしい。ただ噂によると犬先輩の影響で女子寮の面々の性癖がかなり歪み、女装少年好きの矢矧みたいなのが大量生産されたとか。
本当にロクでもない話に、呆れるやら、ゾッとするやら。
「そういうわけで愛宕くん、お覚悟を。はい
「スタイリストの魔術師でもあるこの俺の手にかかれば、ケイだったらもれなくAPP18クラスの超絶美少女に大変身待ったなしやでぇ」
「さあ、目くるめく境界なき世界へ行きましょう。さあ、さあ!」
「えっと、皆、目つきが非常にアレというか、僕がSAN値直葬というか」
僕は三人に別室へ連れていかれた。あえて言うなれば、それは拉致である。
以後、僕がどうなっていくかの過程は省略させてもらいたい。
というか、正直、語りたくない。
プロ仕様のメイクセット、豊富なウイッグ、各種パッド、美容コルセット、各種女性向け下着、全サイズ用意された当校女子生徒用の制服。
何をどういう風に弄り回されたかは、ご想像にお任せする。
「わが生涯に一片の悔い無し……っ」
矢矧が昔読んだ漫画の、拳王を名乗るキャラの最期みたいに感極まったところで僕の女生徒への変装は完了した。そして現在、女子寮の矢矧の自室にいる。
そこは六畳間だった。彼女の部屋をひと言で表現すると、和風部屋である。聞けば元に戻せる程度までなら部屋は好きに改造しても良いという。
フローリングに畳を敷き入れて多目的に使えるレトロチックな丸テーブル (ちゃぶ台ともいう)を中心に設置、四枚の座布団が台を囲み、元々備えられていたデスクは撤去されて代わりにやたら古風な文机が隅っこに鎮座している。
部屋に集まったメンバーは先程の通り、矢矧、『
「ケイちゃん、ケイちゃん。はあ、至福。圧倒的至福……っ」
矢矧は自らの欲望に辛抱を覚えるべきだろう。座布団に横座りする僕に、彼女は後ろから抱き着いて頬ずりしてきた。密着レベルが大変なことになっている。ああ、密である。やがて彼女は、こちらの胸部に手をあてがい、さわさわと――。
「待って待ってっ。胸パッドの吸着マテリアルの影響で、肌がとても敏感にっ」
「さっきから気になってたんだけど、愛宕くん、その格好になってから声も女の子になってない? あれ? 愛宕くんオンナノコだから問題ないのかしら?」
「知りません! それより見てないで助けてくださいよ『
「ふーふふ。こんな楽しいもの誰が止められましょうか。いや、止められまいて」
反語をつけて満足げに眺めている『
「もう、矢矧さんっ、そこで正座!」
「えー」
「正座しないと、もう触らせてあげませんっ」
半分恫喝みたいに矢矧をたしなめる。よほど効果があったのか彼女はしおらしくその場に正座した。捕食者の瞳が怯えをまとった上目遣いになっている。
そんな彼女を可愛いと思うと同時に妙に心が躍るのを感じた。躾、調教、緊縛、奴隷。危うい単語が脳裏に浮かんで消えた。
「さて、文香さん、少しお説教です」
「は、はい」
僕は矢矧の前にアヒル座りした。骨盤の関係上、一般的に男にはできない座り方と聞くが、いい加減な嘘話らしい。ぺったりと座れる。
彼女の右手を取る。あっ、と小さな声を聞く。まるで叱られる子どものような、そんな声。僕は両手でその手を包んで彼女と視線を合わせた。
「あなたは欲求に対して、もう少し我慢を覚えないと、駄目だと思うのです」
「はい……」
叱りながら僕は包み込んだ両手の中の、彼女の細くしなやかな手に感動していた。なんて魅力的な、女の子の手なのだろう、と。羨ましい、と。草木のように地味に生活したいわりには爆発が大好きな、某超能力殺人鬼も絶賛しそうだ。
「……あの、ケイちゃん?」
「いえ、問題ありません。大丈夫です」
無言がいささか長かったようだ。僕は話を続けた。
「交わした約束では、端的に言えば、お互いに成長を見込むはずでしたよね?」
「それは……はい、そう、です」
「ならば、すべきことをしなければ。成長には行動が必須。ただ座っているだけでは物事は何も達せられません。僕らは今、正体不明の生物を飼うオカ研部長の部屋に潜入し、推理を確信に変える物的証拠を得なければならないのです」
「つまり、すべきことをすれば、色々してもいいの?」
「えっ、いやまあ……その、分別をわきまえるなら、ですが」
「わかったわ、ケイちゃん。我慢して頑張る。終わったら楽しみましょうね?」
「え、ええ……お手柔らかに」
お説教のはずが、どうしてだろう。おかしな展開になってしまった。ちらっと助けを求めて『
「ま、まあ。気持ちも整ったということで。そろそろ犬先輩からも連絡が来ると思いますし、接収用袋に補助端末の確認など、行動の準備にかかりましょう」
「愛宕くんは後が大変そうねぇ。良ければ亜鉛サプリとかプレゼントしよっか?」
「数ある中でそのサプリを選ぶのは、僕的にはいかがなものかと思うのです……」
「ささっと証拠を手に入れてしまいましょう、ケイちゃん」
矢矧――いや、今回からは文香と明記しよう。僕は文香の手を取ったまま先に立ち上がってエスコートしようとした。が、逆に手早くエスコートされてしまい、暖かな眼差しを向ける『
と、ちょうど誤魔化すには絶好のタイミングで三人のスマートフォンにメールが入った。犬先輩からだった。
『対象者は部室で活動中。外出の気配なし。準備万端。ニイタカヤマノボレ』
犬先輩は今回に限っては裏方に回っている。
理由は先立て話していた通り、女子寮の面々に女装時の顔が割れているためだった。彼にはオカルト研究部の部室に在室する鈴谷ありさの動向を探る役目と、電脳的なサポートおよびアドバイザーを担当してもらっている。
そして問題の鈴谷ありさの、自室前だった。僕ら三人は廊下を移動中に、スマートフォンをチェックするため自然に足を止めたような恰好をしていた。
「それじゃあ、鍵を開けるわね。それでちょっとだけお願いがあるの。鍵開けを思いながら、肩でも腰でも、わたしに触れていてくれない?」
『
「あら、二人して仲の良いこと。よし、ご期待に沿わせて……はいお待たせ」
扉の鍵は数秒で解除された。彼女に触れるとは何を意味するのか、それ以前になぜ彼女がこのような特殊な技能を持つのか。好奇心にかられて色々と尋ねてみたいが、今はそのときではないので何も聞かない。
僕ら三人は周囲を見まわした。廊下が無人であることを確認して皮手袋をはめ、そつなく内部に侵入する。念のため、入ってすぐに扉に鍵を下ろしておく。
「うん? この部屋、少し埃っぽくないかしら」
「そういえば、そうですね」
鈴谷ありさの自室は文香の部屋と同じ、六畳間の一人部屋だった。
入ってすぐの左手には外衣用の備えつけクローゼットがあり、しかも部屋主の設定ではスリッパ脱ぎコーナーでもあるらしく白の専用のマットが敷かれている。
部屋内部はガーリーな白と桃の可愛いカーペットが最初に目に入り、カーテンは淡い桃色の洒落た一枚に取り換えられている。さすがにベッドとワークデスクまでは改造を加えてはいないようだが、それでも全体的に白色と桃色で統一された、やけに乙女チックな部屋になっていた。
これがオカルト研究部の部長の部屋とは、なんともはや。
もっとこう、現実離れした退廃的な部屋を想像していた。例えば本棚に嘘くさい魔術書や雑誌のムーがビッシリ並んでいるとか。あるいは得体の知れない道具類が所狭しと陳列されているとか。蛍光色で変な柄の壁紙を使ってみたり、UFOのポスターがこれ見よがしに張られていたり。偏見が酷いですか、そうですか。
描写を忘れていたが、映像で見た鈴谷ありさは目元を髪で隠したいかにも根暗っぽい少女で、失礼ながら部屋のイメージとは真逆方向にかけ離れていた。もしかしたら全然関係ない女の子の部屋に忍び込んでしまったのかと思うも、この部屋で間違いないらしい。やっぱり偏見が酷いですか、そうですか。
僕はスリッパを脱いで上がろうとする。ところが思いもせず『
「ごめん。わたしってば、くしゃみをするとき何かに掴まる変な癖があってさ」
「なんでしょうねこれ。埃っぽくて、マスクを持ってくるべきだったかも?」
「天井から、音が」
確かに天井からどんどんと音が響いていた。まるで床を踏み鳴らすように。
「一体なんなのかしらね。愛宕くん、わかる?」
「いえ、さっぱり。でも妙にリズム感が。ドンダダドンダダ、ドンドンドンって。これ節を取ってますよね。それも結構激しくて、埃が天井から」
「そういえば、この部屋の上って……」
文香が言いかけたとき、寮内放送のピンポンパンというよくあるジングルが。
「こっらあああああっ! ダンス部いい加減にしなさああいいいい! ダンスは体育館か、もしくは講堂で! 部屋で踊るなと何度言えばわかりますかっ!」
「やっぱりダンス部だったわ。今日は体育館や講堂が使えない日なのかも」
やれやれと文香は肩をすくめた。
聞けばダンス部の寮生がいて、寮側からは再三制止するのを我慢できずに、複数人数集まって自室でダンスの練習をしているらしかった。
「部長の織田、副部長の羽柴、松平! 今すぐ寮監室へ出頭ぉ!」
戦国武将みたいな苗字の彼女らは寮監のお説教が約束されたようだ。天井から埃が舞い落ちているのが傍目からでもわかる。まったく元気なものだった。
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