ジュズダマと紫の指輪

文月八千代

帰還


 祖母が亡くなったという報せを聞き、仕事を休んで北関東の山村へ向かうことになった。ほんとうなら両親が飛んでくるべきだけど、仕事で海外にいるための代理である。

 時計が示す時刻は早朝。

 まだ覚めきっていない身体にブラックコーヒーを流し込みながら、レンタカーのハンドルを握っていた。


「こんな時間でも車を借りられてよかった。それにしても……世話になったとはいえ、どうして俺が……」

 恨み言のような愚痴を呟きながら、高速道路を約一時間。さらに一般道を同じ時間走っていくと、車は祖母の家に到着した。

 

「おはようございます」

 玄関の引き戸をゆっくりと開けながら、家のなかを覗き込む。

 スン……と鼻から吸い込んだ空気は埃っぽくて、そこに含まれている湿気たにおいが脳を刺激し、古い記憶を再生しようとする。

 けれど僕は「いや、ダメだ」と首をブンブン振りながら、静まり返る家のなかに足を踏み入れた。


 自宅を出たときは暗かった空は、すっかり明るくなっていた。



 屋内に入ったもののどうすればいいのか……。玄関で立ち尽くしていると、奥のほうから「あらぁ、ケンちゃん。もう来たの?」という声が聞こえてきた。

 僕は背筋をビクリと震わせ、声がするほうに顔を向ける。

「あっ……うん。だってほら、こういうのって、早いほうが……」

 おどおどしながら言うと、父の弟の妻――僕にとっての叔母は、コクコクと頷いた。

 

「感心ねぇ。でもね? お義母さん、まだ病院なのよ」

 世間話をするように右手を空中でスナップさせた叔母は続けた。

「一応アタシも臨終には立ち会えたんだけど。ほら、これからの準備とかあるじゃない? だから先に帰ってきたのよぉ」

「へ、へぇ……」 

 どこか軽薄な言葉と、義理とはいえ母親が亡くなったというのに明るい声に圧倒されながら、言葉を返す。

 しかしその直後、さっきより低いトーンの叔母の声が聞こえてきた。

「ねえ、ケンちゃん。あれから……そう、よね。ここに来るの」


 背筋が、ゾクリと冷えた。



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