第5話 この夏の魔法は解けない
後、数日で夏休みは終わる。
また仙台で勉学に励む日々に、俺は戻る。
この夏の暑さは惜しい気もしている。
掃除をしつつ、俺は部屋の勉強机の引き出しを数年ぶりに開けた。
そして、宝石もなにもない、ただの銀の指輪を掴んだ。
懐かしい声が聞こえるようだ。
『男同士だから、友情の指輪だな』
『うん。忘れないから、絶対』
中学にあがる時に、ユウキと2人でそろえたものだ。
思い出をかみしめて、俺は帰りの荷物を準備し始めた。
ユウキは何故か、ここ数日、顔を見せてくれない。
うちの母親はまた来年会えるじゃないの、と気楽に笑うだけだった。
心配か。
いや、そういう訳じゃないけど、この夏が名残惜しいんだ。
☀☀☀☀☀☀☀☀
帰る日、俺は母にかなり早い時間に、バス停まで送ってもらった。
ユウキに挨拶できていないなぁ、困った。
でも、この夏の魔法は忘れないから良いんだ。
俺は自分の手の指にはまる、銀の指輪を見た。
バスが来る。
俺が乗り込もうとしたとき、ユウキは向こうから走って来た。
「お客さん、忘れ物のないように、確認してから乗ってくださいね」
運転手が気を利かせて待ってくれた。俺はお礼を述べると、ユウキの目をジッとみた。
ユウキは息を整えながら、俺にこう言った。
「この夏が、あの夏になっても、私の事を忘れないでくれますか!」
「うん。忘れないから、絶対」
俺とユウキは、グータッチをした。
その手の指には銀の指輪が、この夏を忘れないように、確かにはまっていた。
ユウキの手を振る姿が小さくなっていく。見送りには微笑んでいた。
ややあって、その名残りも消える。
俺はバスの席に座り込み、銀の指輪を逆手で押さえて、前を見たまま静かに泣いていた。
バスはこの町に、夏を残して走り出した。
また来年の夏、君に会えるように。
【END】
あの夏の魔法が解けるまで 鬼容章 @achiral08
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