第4話 夏の魔法のお返し

 ようやく俺が目を覚ますと、氷を貸してくれたBBQ家族たちは安心したようで、花火を始めていた。

 もう夕陽が消えかかり、薄暗闇に辺りがなっていた。


「お、兄さんが目を覚ましたっすね。じゃ、姉さん、俺たち帰ります」

「うん、君たち心配してくれてありがとうね」


 バスケットボールをしていた少年たちが、ユウキに手を振る。


 俺はボーと事態を理解しようとしない頭を動かそうとした。ユウキの膝に俺の頭が乗っている。


「ばーか。熱中症になる永遠の小学生め。キョウくん、おはよ。いや、こんばんはだね!」

「お前が無理した声をしてどうするんだよ……あ、悪かったな」


 俺は熱中症になって倒れたようだ。

 ユウキが明るく話してくれたおかげで、最初は深刻に受け止めなかった。けど、それでも親友に心配をかけたのは申し訳ないと次に思った。

 汗で化粧も崩れ、土やホコリで綺麗にしていた服も台無しだ。それでも昔の名残りある童顔は、夕闇の中で揺れていた。

 可愛い奴を泣かせる。男女問わず、俺は罪悪感をそれに覚えるんだ。


「大変だったんだな。救急車呼んでもよかったんじゃないか」

「ダメ! それじゃあ、キョウくんの夏の思い出にならないよ!」


 人情味ある看護学生だ。

 その優しさ余って、俺が死んだらどうしたんだろうか。

 止めよう。止めよう。

 せっかく、ユウキが夏の魔法を繋いでくれたんだ。


「まだ俺たちの夏の魔法は解けていないよな」

「ふふふ」

「何で笑うんだよ」

「良い事を思い出してくれたから、嬉しくてさ」


 俺が言った『あの夏の魔法』の意味をユウキは懐かしむように語り出した。


☀☀☀☀☀☀☀☀


 小学生の頃、川で遊んでいた俺たちはふざけ合っていた。その時、ぬるっとした藻が生えた石で、ユウキが足を滑らせた。

 俺は焦ったらしく、川に飛び込んだ。


 幸い大怪我はなかった。

 2人ともずぶ濡れになりながらも、河川敷までたどり着いた。

 ただ、ユウキは右足首をねんざした。

 申し訳なさそうに、彼は俺に言った。


『これじゃあ、歩いて帰れないね』

『夏の魔法を使うか! 俺が家まで連れて行ってやるよ!』

『え?』

『ほら、魔法のじゅうたんじゃないけど、俺の背中にどうぞっと!』


 俺は真夏の暑い中、ユウキを背負って、小学生にしては大変な道を歩いて帰ったらしい。


☀☀☀☀☀☀☀☀


 それが『あの夏の魔法』だ。

 ユウキはそれがきっかけで他人を助けるという、看護師を目指す学生になったようだ。

 記憶から消えかけた話を聞いた俺は、ポカンと口を開けていた。

 ユウキは赤面してから、化粧崩れと衣服の乱れに気づいて、更に赤面してうずくまった。


 小学生の俺は、たぶん某ネズミがマスコットの会社の映画を見たんだろう。

 アラビアンな魔法のじゅうたんが出る奴。

 それで『魔法のじゅうたん』とか訳わからないことを口にしたんだ。

 ただ、ませた小学生だよな。


 大学生の今では、そんなに格好良いことを言うと、冗談きついと、ツッコミを周りから食らうだろう。

 僕を信じて。そうしたら、新しい世界が見えるよ。

 小学生が言うのと、盛りのついた大学生が言うのでは、天と地の差がある。


 でも、あの夏の魔法がかかった今なら大丈夫なんじゃないか。


「じゃあ、これはさ、夏の魔法だからな」

「え?」


 驚いたユウキの大きい目が近づく。膝立ちになった俺はためらわなかった。

 愛には愛で返さないといけないからな。


 優しく唇同士が重なる。


 花火の残り香が惜しむように、この場にあった。

 お互いの顔が見えないくらい、すっかり暗くなっていたんだ。

 真っ赤な顔になっていたせいかも分からないが、帰り道は終始無言だった。

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