全てを許すその先に…

 宗田ホールディング社長室。

 郷が1通の手紙をデスクの上においている。


 プルル・・・

 内線がなった。


「はい」

(社長、笠原先生がいらっしゃいました)

「通してくれ」


 郷は一息ついた。





 しばらくして茜がやって来た。

 今日の茜は爽やかな可愛い系のピンクのブラウスに白系のスーツ姿。

 なんとなく以前に比べて、柔らかい感じがする茜。


 そんな茜を見ると、郷は昔の霞を思い出す。



 ソファーに向かい合って座ると、郷は1通の手紙を茜に渡した。


「その手紙は、雪乃が最後に書いた手紙だ。読んでほしい」


 言われて茜は手紙を読んだ。


(秋斗さんの一番愛する貴女へ。

貴女を傷つけてしまってごめんなさい。私は余命がなく、子供との残された時間に限りがあり、家族と言うのを作ってあげたくて秋斗さんに契約結婚を頼みました。子供の父親は事故死していて、私が居なくなれば子供は1人になってしまいます。ほんの数年で構わないから家族という形を残したかったのです。秋斗さんを選んだのは、彼の優しさに共感したからです。貴女にとても優しく微笑む秋斗さんが忘れなくて。秋斗さんが困っている弱みを利用して結婚を承諾させました。ごめんなさい・・・。でも安心して下さい。秋斗さんと私は契約結婚。だから入籍は表向きだけで籍は入れていません。勿論、体の関係も一切ありません。子供が産まれてから、秋斗さんは全く血のつながりがない子供をとても可愛がってくれていました。感謝しかありません。本当に・・・。・・・秋斗さんの心はずっと、貴女の下にありました。いつも遠い目をして、貴女を見ていると分かりました。私がいなくなれば、秋斗さんは自由になれます。どうかこの先の全ての時間を秋斗さんと幸せになって下さい。・・・本当に・・・本当にごめんなさい・・・。最後に、願わくば。子供・・・幸弥の事をどうか守って頂けませんか? とても優しい男の子です。・・・有難う・・・そしてごめんなさい・・・。雪乃)


 震えるような文字で書かれていた雪乃からの謝罪文だった。


 茜は手紙を読むと、ホッと一息ついた。


「社長…」


 茜は郷を真っすぐ見た。


「いいえ…お父さん…」


 とても優しい声で、茜がお父さんと呼んでくれた。

 郷の目が潤んだ。


「私、全てを許します。お父さんの事も、雪乃さんの事も。勿論、秋斗さんの事も」

「茜…」


「本当はずっと好きでした。お父さんの事も、秋斗さんの事も。別れを告げられた時、本当は泣きたくて仕方なかったけど。泣く時間があるなら、夢をかなえたいって奮い立だしたのです。目的を果たしたら、また泣きそうになったけど。その時は、北斗が助けてくれました。北斗がお腹にいる事が分かって、この子の為にも泣いている時間はないって思って、ずっと走ってきました」


 茜はそっと微笑んだ。


「でも…秋斗さんと再会してしまって。走り続けなくてもいいんだって、思えてきました。秋斗さんには一度、アメリカで結婚したと嘘をつきました。それで諦められると思ったのですが。できなくて…。やっぱり、彼を愛しているんだって。それだけを痛感させられただけでした。だからもう、全てを許そうって決めました。今、私がここにいられるのは。お母さんとお父さんが、愛し合ってくれたおかげなんだって思っています。だからもう、何も悔やまないで下さい」


 郷はたまらなくなり、茜の傍に行きギュッと抱きしめた。


「茜…有難う…。想像以上に優しい子に育ってくれて、霞には感謝で一杯だ」

「お母さんだけじゃないですよ。義理でもお父さんが居てくれて、弟もいてくれたから」


「そうだな。これからの時間、幸せになろう」

「はい」


 郷と茜は無事に和解した。

 ほんの些細な事ではあったが、霞の助言と、雪乃の手紙が心にあった壁をとってくれたようだ。




 その後。

 茜は郷と他愛ない話で笑い合っていた。

 

「そうだ。来週、幸弥の誕生会を家でやるんだが来てくれるか? 幸弥は北斗君を絶対招待したいって張り切っていた」

「はい、是非いきます。幸弥君は、6歳に? 」


「ああ、早いものだよ」

「そうですね。北斗も、もうすぐ5歳になりますから」


 それから。

 茜が郷と話を終えて降りてくると、ちょうど外出から帰ってきた秋斗がいた。



「あれ? 来てたの? 」

「うん、ちょっと用事で」


「また社長に呼ばれたのか? 」

「うん、でも今日はとっても良い事で呼ばれたから。心配する事はないわ」


「それならいいけど」

「そうだ。幸弥君の誕生会に呼ばれたんだけど」


「ああ、来てくれるのか? 」

「ええ、それでね。幸弥君の好きな物を教えてほしいのだけど」


「それじゃあ、週末に一緒に買いに行かないか? 」

「え? それじゃあ、幸弥君に分かってしまうじゃない」


「幸弥は社長に預かってもらうから。よかったら、北斗君の事も頼んでみるよ」

「え? 」


 それって、デートに誘われている?

 茜は驚いた目をした。


「その顔は気づいた? 」

「うん…まぁ…」


「ダメかな? 少しくらいは、2人の時間を楽しむ事って」

「ダメではないけど。北斗まで頼んで、大丈夫かしら? 」


「大丈夫だよ。2人とも仲良しだし」

「そうね、じゃあお願いするわ」


 幸弥のプレゼントを買う理由で、秋斗は茜をデートに誘った。


 

 夜。

 帰宅すると秋斗は郷に週末の話をした。


「それは大歓迎だよ。私が見ているから、2人で出かけてくるといいよ」

「ありがとございます」


 快く承知してくれた郷。


「わーい。土曜日は北斗君来てくれるんだ。楽しみ」


 幸弥も大喜びしている。



 


 そして週末。

 北斗をタワーマンションに連れてきた茜。


「北斗君、おはよう」

「幸弥君おはよう」


「ねぇ、ちゃんと持ってきた? お泊りの用意」

「うん。鞄に入れて来たよ」


「よしっ。じゃあ、今日は一緒にお風呂に入れるね」


 ヒソヒソと幸弥と北斗が話していた。


「それじゃあ、すみませんが子供達をお願いします」

「ああ、ゆっくり行っておいで」

 

 秋斗と茜は幸弥の誕生にプレゼントを買うために、駅前のショッピングモールへと向かった。


 駅前には大きなショッピングモールが建っている。

 駐車場も広く、駅からもすぐ近い場所にある為、週末は多くの人で込み合っている。


「相変わらずすごい人だね」


 秋斗はさりげなく茜の手を握った。


「はぐれないようにねっ」

 

 ギュッと手を握られると、茜は嬉しそうな顔をした。


 幸弥の好きそうなものを探して、おもちゃ売り場に行ったり、自転車はどうか? と自転車売り場を見たり、小学生になる準備に机なんかもいいかもと、勉強机を見てみたり。


 

 途中で休憩してフードコートでデザートを食べたり。


 お昼にはレストラン街でランチして、イタリアンを食べて


 楽しいデートの時間を過ごしている秋斗と茜は、仲の良い恋人同士にしか見えなかった。


 

 秋斗と茜が子供服を見ていると。


「あれ? 茜先生? 」


 茜の事務所の香枝が偶然いた。


「香枝さん」


 茜は驚いた顔をした。

 香枝は隣にいる秋斗を見た。


「あれ? もしかして、宗田ホールディングの副社長さん? 」


 秋斗はそっと会釈をした。


「先生、副社長さんと仲いいんですね? 」


 と、香枝は秋斗と茜が手を繋でいるのを目にした。


 茜は香枝に見られている事に気付き、秋斗の手を離そうとしたが、秋斗がギュッと握っていて離せなかった。


 そんな姿を見ると、香枝はなにかを察したようだ。



「先生、北斗君のお洋服ですか? 」

「あ、それもあるけど。北斗の仲良しの子の、服を選ぼうと思って」


「そうなんですね。私は甥っ子のプレゼントを選んでいたんです」

「そうだったの」


「先生、最近とっても顔色が良くなったと思ったら。素敵な人ができたんですね。なんか安心しました」


 茜はちょっと照れて視線を落とした。


「邪魔しちゃって、ごめんなさい。じゃあ、また月曜日に」


 香枝はそのまま去って行った。


「事務所の子? 」

「ええ」

「そっか」

「なんかまずかったかな? 」

「何が? 」

「驚いていたようだから」

「別にいいんじゃない? 隠す事でもないじゃないか。お互い、今は独身なんだし」

「そうね」


 

 気を取り直して、秋斗と茜は幸弥の服を選び始めた。

 すっかり夕方になり、秋斗と茜はそろそろ帰ろうと話していた。


 すると秋斗の携帯電話が鳴った。


「もしもし? 」

(お父さん、今日ね北斗君がうちに泊まるって言っているよ)

「北斗君が? 」


 ん? と、茜は秋斗を見た。


「北斗君が、今日うちに泊まりたいって言っているんだって。明日は日曜日だから、泊まらせてあげたら? 」

「でもいいの? 」

「ああ、構わないよ」

「それじゃあ、そうするわ」


「幸弥、北斗君にお母さんが泊まっていいよと言っているって伝えて」

(うん、分かった。夜ご飯、僕達外で食べるから。お父さんも北斗君のママと、食べて来ていいよ)

「そうか、分かったよ」


 電話を切ると、秋斗はフッと笑った。


「どうしたの? 」

「いや、なんとなく。幸弥は何かを考えているのかな? って思ったんだ」

「え? 」


 驚く茜に秋斗はそっと微笑んだ。


「とりえあえず、せっかく良い時間をもらえたんだから。僕達も楽しもう」


 秋斗は茜の手を引いて歩き出した。

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