第3話 閉じていた蓋が開き始めて…
それからお昼になった。
茜はバーティスが指定した、金奈ホテルにやってきた。
わりと豪華なホテルで、1階はおしゃれなカフェやレストランがある。
ここのレストランのランチは大人気で、行列ができるくらいである。
バーティスが指定したのは1階のカフェ。
広い窓が広がるテーブル席に、カッコいい顔をした金髪のアメリカ人がいる。
ラフなブルーのシャツに茶系のスラックスに茶色い革靴。
銀の縁取りの眼鏡をかけて、まるでモデルさんの様である。
この男性がバーティス。
茜とアメリカで一緒に仕事をしていた男性で、とても力になってくれた男性。
現在35歳になるが、とても若々しい青年で、未だ独身。
カフェにやって来た茜はバーティスを探した。
「あ、茜! こっちだよ」
モデルのような素敵なアメリカ人が茜をみつけて声をかけた。
「バーティス」
茜はバーティスに駆け寄った。
「茜、元気そうだね。どう? 日本では順調かい? 」
「ぼちぼち順調にやっているわよ」
茜は向かい側に座った。
ウェイトレスが来てカフェオレを注文した茜。
「北斗君は元気? 」
「ええ、とっても元気よ。保育園にもなれて、泣かないで言ってくれているわ」
「北斗君は人なつっこいから、すぐに友達もできると思うよ」
「そうね」
周りにいるお客さんが、バーティスをちょこちょこと気にしている。
モデルのように素敵なバーティスはとても目立っている
外国人であるだけでも目立つ日本に、こんな素敵な人がいれば注目されて当たり前だろう。
茜とバーティスが楽しそうに話している。
すると・・・
偶然にもやってきた秋斗がいた。
秋斗は同僚の女子社員と、ここのホテルの会議室で会議の為出席していて、休憩の為やって来たようだ。
「副社長、ここの席が空いていますよ」
女子社員が秋斗を席に案内してくれた。
「すごい人ですね。ここのカフェ、人気ですものね」
「そうだね」
メニューを見ながら話している2人。
ウェイトレスが来て注文し終えると、女子社員はふと窓際にいるバーティスに目を止めた。
「わぁ、すごい。あの外国人モデルさんみたいですね」
言われて秋斗はバーティスを見た。
すると・・・
バーティスと一緒にいるのが茜である事に気付いた。
楽しそうに話しているバーティスと茜は、まるで恋人同士の様である。
そんな2人を見ていると、秋斗の胸はチクリと痛んだ。
「おまたせしました」
注文した珈琲が届いても、秋斗はバーティスと茜を見ていた。
「副社長、お砂糖入れます? 」
女子社員が声をかけても秋斗は気づかなかった。
「副社長? 」
もう一度こえをかけられ、秋斗はハッとした。
「え? 何? 」
「お砂糖入れます? って聞いているのですが・・・どうかしたんですか? 」
「いや、なんでもないよ。今日は砂糖なしで。ちょっと気合入れないとね」
秋斗はそのままブラックコーヒーをのんだ。
茜があんなに笑っている顔を見るのは、5年ぶりで。
秋斗は2人でよく、近くのカフェに行ってランチしたりモーニングに行っていた事を思いだした。
茜は甘党で砂糖を多めに入れていた。
秋斗はいつも1つだけ入れる。
だけど気合を入れたいときは砂糖をいれないでブラックのまま飲んでいた。
時々話に夢中になり、砂糖を入れ忘れた秋斗が苦そうな顔をしていると、茜は大笑いしていた。
バーティスと茜を見ていると、昔を思い出してしまった秋斗。
「あ、あの素敵な人。帰るみたい」
女性社員が言った。
秋斗は横目でチラッと見た。
笑いながら会計に向かうバーティスと茜。
秋斗はなんだかモヤっとした。
どうしてモヤっとするのか判らないけど…。
スッと席を立つ秋斗。
「ごめんね、先に戻るから君はゆっくりしてて。支払いは済ませておくから」
「はい、わかりました」
秋斗は伝票をもって会計に向かった。
秋斗が来ると、茜が一人で会計にいた。
どうやらバーティスは先に帰ったようだ。
茜がお金を出して支払いをしようとした時。
「待って! 」
秋斗がやって来た。
茜は驚いた顔をして秋斗を見た。
「あの、これと一緒に会計して下さい」
自分の伝票を出して秋斗が言った。
「かしこまりました」
茜は驚いたまま何も言えなかった。
結局、秋斗に払ってもらってしまい茜は戸惑っていた。
「すみません。…あの…さっきの、払いますから…」
戸惑い気味に茜が言う。
「いや、気にしないでいいよ。偶然でも会えたんだから。あのくらい、構わないよ」
「すみません…」
なんとなく気が引ける顔をして、茜は歩いている。
しかし秋斗はどこか嬉しそうな顔をしていた。
「ねぇ、さっきの人って同じ職場の人? 」
尋ねられ、茜は一瞬戸惑った顔をした。
だが…
「…私の夫です…」
「え? 」
驚いて秋斗は足を止めた。
それに合わせて茜も足を止めた。
嘘だろう? と言う顔をしている秋斗を、茜はまっすぐに見つめた。
「アメリカで、結婚したんです。私」
そう言って、左手を見せる茜。
左手の薬指にはまっている指輪。
その指輪を見て、秋斗はまたなんとなく胸がざわついた。
「もうすぐ5年です。夫との間には、子供もいます」
「本当か? 」
「はい。夫はアメリカで弁護士をしています。今日は、日本で取り引きのあるお客様に会いに来ていたんです」
まっすぐに秋斗を見ている茜。
だが、秋斗はその茜の目を見ていると。
5年前に別れを告げた時の茜と重なった。
「ごめんなさい。…夫と私の分まで、払って頂いて。有難うございます」
作り笑いにも似たような笑顔を茜は秋斗に向けた。
「ねぇ。今、幸せかい? 」
秋斗が訪ねると、茜はまた笑った。
「ええ、とっても幸せ。だって…大切な宝物をもらったから…。ずっとほしかった、家族を」
家族と言われると、秋斗はドキっとした。
「貴方も家族がいるでしょう? 幸弥君の事。北斗に聞いています。いつも仲良く遊んでくれる、とっても優しいお兄ちゃんがいるって」
「幸弥は…」
ピピピ…
秋斗が何かを言いかけた時、茜の携帯電話が鳴った。
「あ、ごめんなさい。仕事の電話がはいったから、先に行きますね。それじゃあ」
携帯電をとりだして、茜は先に歩いて行った。
歩いていく茜を、秋斗はその場で立ち止まってじっと見ていた。
「茜。…君はずっと変わらないままなんだね。…」
去り行く茜を見つめて、秋斗はフッと一息ついた。
ホテルの外に出てくると。
茜は少し浮かない顔をしていた。
左手の指輪にそっと触れる茜。
「ごめんなさい…」
小さな声で謝る茜。
茜は秋斗に嘘をついた。
バーティスは本当はただの仕事仲間で、アメリカでお世話になった人。
夫ではない。
とっさについてしまった嘘に、茜自身も驚いて後悔していた。
でもこれでいいと思った。
秋斗は別の人を選んで家族を作ったのだから。
これ以上は近づいてはいけない人だから。
そう言い聞かせた。
夕方になり。
会議を終えた秋斗が会議室からでてくると、反対側からバーティスが歩いて来た。
近くで見るととても魅力的で、女性なら誰もが振り向く男性だ。
近づいてくるバーティスを秋斗はじっと見つめていた。
秋斗に気付かないまま、バーティスは通り過ぎて行った。
通り過ぎたバーティスを秋斗はもう一度見た。
「彼は茜を、幸せにしてくれるのだろうか? 」
ぼそりと秋斗が言った。
遠ざかるバーティスをみていると、なんとなく家庭的な人には見えなかった。
どこか冷めているようで、自分のことしか考えていないように思えた。
それに…
北斗とバーティスを重ねてみても、似ても似つかない。
北斗は純粋な日本人の顔をしていた。
本当にあの人は北斗の父親なのだろうか?
なんとなく疑問がわいてきた秋斗。
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