気になる子供
「あ、そうだ。颯太さんは、いつまで日本にいるの? 」
「ああ、そうだね。3年はいる予定だけど。アメリカでも仕事が待っているから、呼ばれればいつでも戻るけどね」
「そうなんだ。でもお父さん、新幹線の運転手だったんだ」
「うん。昔はね、鉄道オタクみたいな人だったから。でも電車の事故に巻き込まれて、死んじゃったんだ」
「そうだったんだ」
「母さんがずっと1人で、育ててくれて。俺と姉貴はいつも、母さんの為にご飯作っていたよ。おかげで自炊が苦にならなかったよ」
(結婚したら、家族そろってご飯食べたい)
茜が言っていた事を思いだした秋斗。
茜からはお母さんしかいないと聞いていた。
お父さんは事故で亡くなったと聞いていた。
結婚したら家族そろって・・・。
そう言っていた茜が、夫だけ遠いアメリカに残して日本に帰って来るとは考えられないと秋斗は思った。
父親の事を知らないと答える北斗。
アメリカから帰って来た颯太も、茜の夫に関しては知らないと答えた。
秋斗は何となくモヤっとした気持ちが込みあがってきた。
16時を回る頃、颯太は北斗を連れて帰って行った。
幸弥はまだ北斗と遊びたいと言ったが、そろそろお母さんが帰ってくるからと言われた。
北斗が帰った後。
郷は部屋にこもって考え事をしていた。
北斗を見た時。
郷は何故か秋斗と重なって見えたのだ。
秋斗が小さい頃、きっと北斗のような感じだったのではないかと。
現在4歳の北斗。
まだ顔立ちがハッキリしているわけではないようだが。
秋斗と北斗を見ていると、他人の空似には見えなかったのだ。
「あなた」
部屋で考え事をしている郷の下に紗矢がやって来た。
「どうかしたの? 何か考え込んでいるようだけど」
「ああ、別に」
「ねぇ貴方。あの北斗君なんだけど、なとなくだけど秋斗さんに似ている気がしたの」
「え? 」
「なんだか秋斗さんの小さいときって、あんな感じじゃないかな? って思えて。だってね、髪質なんてそっくりだったわよ。サラサラしていて。頭のつむじなんてそっくりだったの」
「気のせいじゃないか? 」
「そうだと思うけど。幸弥があんなに気に入っている子って、珍しいから」
「そうだな。子供どうし気が合うのだろう」
「笠原先生って、新しく顧問弁護士になった人でしょう? 」
「ああ、5年前まで我が社にいた社員だ」
「え? そうなの? 」
「ああ、もともと法学部卒業で司法試験合格までしていたそうだ」
「そう、すごい人が居たのね」
紗矢と話している郷はどこかよそよそしくしている。
紗矢が部屋から出てゆくと郷は机の引き出しから古くなった手帳を取り出した。
手帳の中には写真が一枚あった。
それはまだ若かれし頃の郷が、とても綺麗な栗色の髪の長い女性と写っている写真。
「霞(かすみ)…あの子は…」
写真を見ると郷の目が潤んできた。
霞と言う女性。
この女性は郷と恋仲の女性だった。
大学で知り合った霞とずっと交際していた郷だった。
大学を卒業して、郷は暫く海外に留学していたが、霞も同じ時期に留学していた。
2人は交際を続け将来結婚しようと約束していた。
郷は日本に帰り父の会社を継ぐために、宗田ホールディングに入社する事になった。
しかし大きなトラブルが発生して、金銭面が苦しくなっていた父から資産家の娘との結婚を強制させられた郷。
霞とは無理やり引き割かれた状態になり、そのまま会えないまま30年以上の月日が流れようとしている。
霞はその後、国際弁護士になったと聞いていた。
そして鉄道員と結婚した事も聞いていた。
てっきり幸せな家庭を築いているのだと郷は思っていた。
だが…
郷は手帳の中にもう一枚の写真を隠していた。
それは…
茜の写真。
顧問弁護士としてやってきた茜の写真を、郷はじっと見つめた。
「自分に嘘をついたら、一生後悔する。幸せになんてなれない。…それは、私が十分に分かっている事だった…。すまない…」
写真を手帳にしまうと、郷は何かを決意した目をした。
運命のいたずらで引き割かれてしまった秋斗と茜。
しかしそこに至る前に、郷も同じ思いをしていた。
これは繰り返される過ちなのだろうか?
数日後。
いつものように毎日は進んでいる。
仕事に行く準備をしてる茜。
紺色のスーツを着て、鞄の中身を確認する茜。
茜の住んでいるのは駅から15分ほどの場所にある、2LDKの賃貸マンション。
オートロックでオシャレなマンション。
茜と北斗と2人で暮らすには広々としている。
リビングにはソファーと、食卓テールと椅子があり、テレビが置いてある。
「北斗、準備できた? 」
北斗は自分で服を着て、ズボンを履いて準備している。
「あ、すごいわね。自分で着替えたんだね。偉い、偉い」
北斗に靴下を履かせながら茜が言った。
準備ができて茜は北斗を保育園に送っていく。
北斗を保育園に送っていくと、茜はそのまま仕事に向かう。
茜は個人の法律事務所に所属している弁護士。
主に企業を担当していて、個人の民事も担当している。
「おはようございます」
いつものように事務所にやって来た茜。
「茜先生、おはようございます」
事務員の真面目そな分厚い眼鏡をかけた男性が挨拶をした。
この男性は司法修習生で、現在28歳。
ずっと司法試験の落ちてばかりで法律事務所でバイトをしながら勉強している。
名前を田山修一(たやましゅういち)と言う。
背が高くてわりと良い顔立ちをしているが、分厚い眼鏡でがり勉に見えるため、女っけがないと言われている。
「先生、さっき電話がありまして。アメリカのバーティス弁護士が、日本に来ているそうで先生に会いたがっているとの事です」
「バーティスが来ているの? そう言えば、日本の取引先に来る予定があるって言っていたわね」
いつものようにデスクに座って仕事を始める茜。
「はい、茜先生」
女性事務員の南山香枝(みなみやま かえ)が茜に珈琲を入れて持ってきた。
「有難う南山さん」
「今日も砂糖多めにもってきました」
砂糖のスティックを3本置いて香枝は自分デスクに戻った。
茜がパソコンを開いてメールチェックをすると。
さっきの話題のバーティスからメールが届いていた。
開いてみると
日本に行くから会いたいと言うメッセージだった。
そして会いえる日が書いてあった。
その日付は今日のお昼だった。
茜は予定を手帳で確認した。
指定の時間はちょうど空いていたので、バーティスに会いに行くことにした茜。
デスクに戻った香枝が化粧直しをしている。
「ん? 南山さん、そんなに化粧してどこ行くんですか? 」
修一が声をかけた。
「今日は企業に書類を届けに行くの」
「ああ、それで。でもそんなに気合入れても、仕方ないんじゃ」
「いいの、いいの。ちょとね、素敵な人が居るかっ」
口紅を塗って、ご機嫌の香枝。
修一は少し呆れた顔をしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます