第8話 大賢者


 さて、勝手知ったる我が世界の会議室です。

 立ちっぱなしでの話し合いはワタシが辛かったのです。


 あちらの世界でのやり取りからどうもサーシャさん以外の方は皆さん自分が都合の良い解釈をする傾向がある様で、これは腕がなります。

 ワタシがホワイトボードを準備し、お茶の用意をしている間にサーシャさん達は珍し気に会議室を見回っておられました。


「大賢者殿あれに見えるは何だ」


 ああ、あれは東京タワーですね。ウォルフ様の尻尾が水平にブンブンと振られています。確か犬が水平に尻尾を振るのは「興味、関心」を示しているとか聞いたことがあります⋯⋯狼はネコ目イヌ科イヌ属でしたね、可愛いです。


「ここが大賢者様の世界⋯⋯ここに勇者様と聖女様が⋯⋯感激です」


 そうです。そうですよサーシャさん。松田君と西原さんをサーシャさんにご紹介できれば良いのですが。


「何て殺風景な部屋なの! それに! こんな固い椅子に座れと言うの!?」


 そりゃあ会議する部屋ですからね。応接室の様にもてなす部屋とは設備が違います。お怒りのアド何とかさんはあちこち触りまくって⋯⋯ああっスクリーンが降りて来ちゃったじゃないですか。もう⋯⋯変なところ触って壊したらどうするんですかワタシは機械に疎いんですよ。大人しくしていてください。


「大賢者様この箱は何だ」

「父上! こんな小さな中に人が住んでます!」


 これは憧れの反応です!

 王様はテレビを見て箱と言い、王子様は中に人が居ると言う、その反応を生で見られてちょっと感動しましたワタシ。 あっ、そのお店よく行く定食屋ですよ! カレイの煮付けとサバの味噌煮が美味しいんです。取材が入ったのであればこれから少し混みそうですねえ。


「皆さまお席にどうぞ。今お茶をお持ちします」

「あっ、私が」

「いえいえこちらの世界のお茶ですのでお気持ちだけで」


 サーシャさんは本当に良い子です。⋯⋯ふむ、先にサーシャさんが「祈りの巫女」だと証明してから話を進める方向で行きましょうか。


「あっ! 所長! どこに行っていたんですか」

「ああ、西原さん。お疲れ様です。何か急ぎの件ですか?」

「いえ、締めは進んでます。所長、昨日からお忙しい様ですね。お手伝い、有りますか?」

「いえいえ、西原さん達は締めに集中してください。何かあれば会議室に居ますので」


 戻る途中で西原さんに会いました。

 進捗は滞りない様で良かったです。事務方はやはり月末月初は忙しいのでしょう。少し疲れが見えました。

 やはりワタシもやり切るしか有りません。忙しい部下の手を煩わせては上司の名が廃ります。


「あ! 所長! お疲れ様です」

「おや松田君。⋯⋯そうそう、例のお客様はどうでしたか」

「はいっ。契約取れました! 所長に報告しなければ死んでも死にきれないんです! 所長! 会えてよかったです!」


 を、をを⋯⋯。なんだか松田君から熱い想いを告白された気がするのですが⋯⋯。

 それだけ大口の契約が取れたのが嬉しいのでしょうね。ワタシもこんな時が有りました。


 さあ、早く会議室に戻りますかね。

 あー⋯⋯。どうしてこの方達は自分の良い様に解釈されるのでしょうか。

 事故、そう、事故の示談にそっくりです。

 相手が絶対的に悪い。その一点張りで話し合いにならない、自分が危険運転をしたのに威圧して虚勢を張る加害者の様です。


 それでもワタシ達は仲介に全力を注いで解決を導き出すのです。


「一つ一つ確認いたしましょう。サーシャさんのお立場は──」

「大賢者様、サーシャは「祈りの巫女」を偽って──」

「いいえ、サーシャさんは「祈りの巫女」です。ワタシにはずっとサーシャさんの声が聞こえておりましたし、祈りの間でお会いしたのもサーシャさんでした」

「嘘です! 大賢者様はわたくしが一番最初にお会いしたのをお忘れなのですわ」


 このやり取り実は3回目です。アドさんが嘘だと叫んで最初に戻るの繰り返し。ワタシをジジイと呼んだのもすっかりお忘れの様ですね。

 まあ、権力者と言うものは何でも自分の思い通りになると思われるものですからねえ。ワタシはそうならない様にしたいものですが。

 さて、どうしたものでしょう。


「あの勇者様と聖女様を「祈り」でお呼びすれば⋯⋯。お忙しいのは存じておりますが、同じ世界であれば、少しだけでもお時間をいただけるのでは無いでしょうか」


 サーシャさんがおずおずと手を挙げられました。


 ああ、そう言う事ですか。サーシャさんとアド何とかさんに松田君と西原さんに呼び掛けてもらえば証明できます。さっき会った様子なら少しくらいなら大丈夫ですかね⋯⋯それしか無いですね。


 アドさんは王様と王子様に見えない様にサーシャさんとワタシを睨んでますけど⋯⋯午前様になった時のうちの奥様に比べたら怖くも何とも無いです。


 

 結果。

 アドさんには松田君に「湿布薬」を、西原さんに「エナジードリンク」を。サーシャさんには松田君に「エナジードリンク」を、西原さんに「湿布薬」をお願いしてもらいました。

 暫くして松田君が「エナジードリンク」を西原さんが「湿布薬」を持って会議室へ来てくれました。


「所長がエナジードリンクを持って来て欲しいと言っている様だったので」

「私も所長が湿布薬が欲しいと言ってる気がして⋯⋯大丈夫ですか?」


 会議室に来た二人は異世界の人達に一瞬驚いた顔をしていました。

 そりゃそうですよね。ゴージャスなドレスや毛布みたいなガウン。なにより男性陣のタイツ姿。

 確か貴族のタイツは権威を表し、足の美しさ、特に脹脛の美しさが男性美とされていた時代がありました。

ワタシもタイツ⋯⋯いえ、止めておきます。


 サーシャさん達には松田君と西原さんがはっきりと勇者と聖女に見えたのでしょう「なんて凛々しく美しい」などと感嘆の溜息が漏れてました。

 あれ? そう言えばワタシは普通のおじさんに見えているようですが⋯⋯おじさん、だからでしょうね⋯⋯悔しいです。


「もしかして所長、劇団との契約で動かれていたんですか」

「アスガルドは劇団名だったんですね」


 劇団では有りませんが忙しい二人にこれ以上時間を取らせられません。劇団と言うことにして置いて仕事に戻ってもらい、ワタシは王様と王子様に「これでサーシャさんが「祈りの巫女」と証明されました」と声を掛けるとアドさんは真っ青になり、王様は怒りの表情を浮かべ王子様は唖然とした表情でサーシャさんに手を伸ばそうとしてウォルフ様にその手を叩き落とされていました。

 ウォルフ様の尻尾はブンブンと振られとても嬉しそうです。


「アドリア。お前は「祈りの巫女」を偽った。然るべき処遇が下される事は覚悟しておけ」

「サーシャ⋯⋯君が「祈りの巫女」だったんだ。私が間違っていたんだ」

「そうだろう! さあサーシャ私と共にビートへ行くぞ」


 ウォルフ様次の議題ですその話は。このまま行きますよ。


「次に移りますよ。次は何故ウォルフ様が「祈りの巫女」を望んでいるかです」


 これには王様が即座に大反対をされました。どうも「祈りの巫女」は国にとって重要な職らしいですね。

 サーシャさんを王子様のお妃にと声をあげていましたが、皆さんお忘れですか? 王子様のお妃はアドさんです。


「ぐうっ⋯⋯この二人には離縁、させる。アドリアは「祈りの巫女」ではなかった、また、巫女としての仕事をしておらん。国を騙す女を次期の国母にはできん」

「サーシャ、私は君が好きだった。君は正真正銘「祈りの巫女」だ。私には君しかいない戻って来てくれ」


 何とまあ⋯⋯恥知ら⋯⋯いえ、ダメ男が言うセリフを王子様が言ってはなりませんよ。

 サーシャさんはジト目で王子様を見て盛大な溜息を吐きました。


「陛下、殿下。自国の決まりをお忘れとは嘆かわしいです。アスガルドの王族は一度婚姻を結べば子を成すまで離縁できません」

「そ、そうですわっ! わたくしは王太子妃! それに後ろ盾である侯爵家を蔑ろにはできないはずですわ!」


 わあ。それは知りませんでした。当然ですが。

 この話し合いが終わりましたら王子様とアドさんに離婚保険をお薦めしましょう。


「では、話を戻します。ウォルフ様、何故「祈りの巫女」にこだわるのでしょうか」

「俺は「祈りの巫女」にこだわってなどいないぞ? 「祈りの巫女」がサーシャだからもらい受けに来たのだ」


 ああああ⋯⋯なんて言葉が少ない。説明が足りない。最初から「サーシャ」さんを望んでいると言っていればアドさんが「祈りの巫女」だと思い込んでいる王様も王子様もすんなりとサーシャさんをウォルフ様に引き合わせたでしょうに。


「ウォルフ様はサーシャさんとお知り合いだったのですか?」

「知り合い程度では無い。サーシャは俺の初めての人族の友人で結婚の約束をしたのだ」

「えっ!? 私とウォルフ王が友人で結婚⋯⋯、⋯⋯、⋯⋯約束⋯⋯あっ! あの時の子犬⋯⋯」


 サーシャさんには心当たりがある様ですね。それにしても子犬ですか⋯⋯。さぞ可愛いらしかったのでしょう。


「そうだ。まだ人型になれなかった俺が怪我をしてしまった所をサーシャが助けてくれたのだ」

「でも、あれは三年前です。あの子は小さかったですよ⋯⋯」

「獣人は子供の姿が長い。成獣となれば人型になれる様になる」


 ほほう。身体は小さくとも中身はほぼ大人。そんな子居ますね。あざと可愛いかと思えばバシバシ麻酔針撃ちまくる凶悪さを持つある意味子供らしい子が。


「助けられた俺はサーシャを生涯の主だと誓ったのだ」

「あの頃は殿下の婚約者になったばかりで良く森に逃げ込んでいました。そんな時怪我をした子犬を保護したのです。辛かった日々に出会った子犬⋯⋯ウォルフ様が私の心の支えでした。私が泣いていると寄り添ってくれて、嬉しい事があった時は一緒に喜んでくれた子犬がウォルフ様だったなんて。大賢者様、私確かに子犬にお嫁さんにしてくれる? と聞きました」

「子犬では無いが⋯⋯俺は勿論だと答えたぞ。狼語で、だったが」

「ウォルフ様⋯⋯私、嬉しいです」


 おや? おやおやおや? サーシャさん満更でも無いのですね。うーんウォルフ様ですか、父親としては少々心配ではあるのですが、ウォルフ様は根は素直な良い子だし、一途に大切にしてくれると思いますよ。王子様の様に肩書きを求めているのではなくサーシャさんを望んでいる訳ですし。

はい、ワタシは認めましょう。


「認めないぞ! サーシャはアスガルド王国の「祈りの巫女」だ! 歴代の国王は巫女の加護を受けている。例外は無い! 加護が受けられなければ私の立場はどうなる!」

「そうだ。サーシャよ。正妃になれなくとも王太子の側室としてお前を迎えよう」


 王様と王子様の都合は「祈りの巫女」の肩書きが有れば良いのでしょうね。


 ふむ。それでしたら一つ提案してみましょうか。


「サーシャさん「祈りの巫女」とはどんな仕事があるのですか?」

「有事の際に「勇者様」「聖女様」「大賢者様」をお呼びする役目です。有事のない時は毎日、国の安寧を祈るのです」


「ほうほう。それではアドさん貴女は毎日祈りを捧げて下さい」

「何でわたくしが!」

「貴女は王太子妃です。「祈りの巫女」では無いとしても巫女を演じ切って下さい。王太子妃として」


「国王様、王太子殿下。お二人はアドさんを「祈りの巫女」として扱ってください」

「何故だ! この女は私を騙したのだぞ」

「アスガルドの安寧の為です。アドさんを「祈りの巫女」とすれば貴方様に巫女の加護が有ると表面上は取り繕えますよ」

「⋯⋯確かに。国を思えば大賢者様の言う通りだ」


 流石、王様です。王様には納得していただけた様ですが、まだ不服そうなのはアドさんと王子様です。お二人の問題は依頼されておりませんからね。王族の問題は王様と王子様、アドさんとアドさんのご実家で解決してください。離婚保険のご相談を受けたらワタシがちゃんと仲介しますから。


「サーシャさん、貴女はビート国へ嫁がれてもアスガルドに祈りを捧げて貰えませんか」

「ええ、ええ、そんな事で良いのなら」


「ウォルフ様アスガルドへの攻撃を止め、これから先、アスガルドとの友好を約束してください」

「約束しよう。サーシャの故郷だ」


 ウォルフ様はサーシャさんを迎えにいらして、サーシャさんはそれに答えた。それによりビート国はアスガルドへの攻撃を止め、友好を約束した。


 アスガルド国内としてはアドさんは「祈りの巫女」を演じ、王様と王子様はアドさんを巫女として扱えば「巫女の加護」が王子様にあると表面上は示せます。

 そしてサーシャさんがビート国とアスガルド国の安寧を祈れば両国は巫女の加護を受けられると思うのです。


 其々が希望を叶え、其々が責務を負う。

 それがこの話の落とし所ではないでしょうか。


「さて、皆さまそろそろあちらの世界へ帰りましょう」


 会議室のドアを開けて皆さんをアスガルドに届ければこの案件は終了です。

 「大賢者」の力がこれで使えなくなるのかと思うと寂しく思いますが、しがないおじさんだったワタシが異世界の戦争を止められたのです。


 この達成感は幾つになっても気持ちが良いものです。


 しかし、ワタシも少しだけ疲れました。次の連休で家族と温泉にでも行きますか。楽しみです。

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