第6話 勇者
昼から帰って来てから西原の様子がおかしい。
仕事の手を止めてはじっと手を見て溜息を吐くを繰り返しているんだよな。
うう⋯⋯そんなに嫌だったのか⋯⋯泣きそう。
そりゃ、よーく考えたら突然手を握るなんてキモイ人だし? 急だったと思うよ。強引だったかも知れないよ。ぼんやりしていたから思わず手を取ったけれど「止めて!」とか⋯⋯落ち込むわあ。
それに変な事も言っていた。「キンキラキンのみかん」。何だそれ。
ダメだ泣きそう。書庫にでも行って落ち込んでこよう。
「おい松田っ何シケたツラしてんだよ。大口とって来た顔じゃねえぞ」
同僚から激励を受けても気分が上がらない。
確かに大口取引の成功は嬉しいよ。この三ヶ月ずっと掛かりっきりだったし、この一週間は最後の追い込みだったのに変な幻聴に悩まされたりしてやっと手にした成功だってのに⋯⋯最後の最後に俺、やっちまったのかなあ⋯⋯。
「ははっ何か安心して気が抜けたよ」
「ばーか。コレからが本番だろ」
そうなんだよ。契約を取ったら終わり、じゃない。定期訪問も頻繁になるし契約先の状況管理は続くんだ。
所長にこれからの事相談したいのに昼を過ぎても容が見えないから同僚に聞けば「書庫で見かけた」と。丁度いいや、探すついでに書庫に行ける。
同僚に書庫で調べ物する旨を伝えて俺は書庫に来た。が、所長の姿はなかった。
「何なんだよ⋯⋯」
朝に聞こえたきり幻聴は治まったのに、湿布薬は消えるし西原には嫌われるしで散々じゃないか。
あーどうしたら良いんだよう⋯⋯次どうやって話しかければ良いんだよ。
まてよ? そう言えば西原は変なこと言ってたな。エナジードリンクが消えたとか。
俺は湿布薬が消えて西原はエナジードリンクが消えた⋯⋯何が起きているんだ?。
「あーもう訳わかんねえよ」
「あ⋯⋯っ失礼しました」
へ? 誰、今の。
書庫の入り口がガチャリと開けられて可愛らしい女の子が入ってきだと思えば直ぐにドアが閉められた。
金髪の女の子なんてウチの会社に居たか? いやいやいやいやウチは保険会社だよ? 服装やら髪型やら規制するのは良くないとは言っても「信用第一」をかかげる弊社には「業務に相応しい服装と髪型」って規定あるよ。
それなのにあんな綺麗な金髪で目なんか⋯⋯あれブルーだった。まだ未成年ぽかったし、お客様か?
俺は急いで書庫を出て女の子を探した。
保険の商品には「旅行保険」がある。
旅行中に事故にあったり怪我をした場合に保証する商品だ。移動交通機関の遅延や、携行品を失くしたり、病院にかかったり、人の手を借りて助けられたりする救助者費用だったりもカバーする旅のお助け的保険商品。
その場で契約が結べる故に海外からの旅行者が保険に入りに来ることも無くはない。金額も手頃な所からあるウチのライトベーシック商品なのだ。って商品を復唱している場合じゃないな。
しかし、足が速い子だな⋯⋯すぐに追いかけたのに既に社内にその姿が見えない。
そのまま俺は外に出て辺りを見回した。
──その時だ──
プアッ! プアップアパパ!!
派手に鳴り響くクラクションに苛つきながら車道を見たらトラックが横断歩道のある交差点に向かっていた。
横断歩道の信号は青色が点滅し始めていたがそこにおばあさんがゆっくりと横断中だった。
トラック側は赤だ⋯⋯居るんだよなこう言うドライバー。信号が変わる前に動き出す奴とか青になるのを見越して止まりたくないからそのまま赤信号でも進む奴。危険だし迷惑極まりない。
そんなのんびり見ていたがトラックは止まる気配がまるっと無い。オイオイ何やってんだ。
このままじゃおばあさんが跳ねられちまう!
咄嗟に俺は駆け出した。
良く話に聞くんだけどさ、死の瞬間てスローモーションになるらしい。
俺が駆け出して直ぐに世界がスローモーションになったんだ。
おばあさんに手が届いた俺、迫るトラック、静かになった世界。
ああ、俺死ぬのか。おばあちゃんごめんね先に逝く事になって。でもこのおばあさんだけは助けるからね。西原、告白できなかったなあ。お嫁さんに出来たらさ、西原の名前「聖子」じゃん? マツダセイコだって笑い合いたかったなあ。
そう言えば所長に大口の契約が取れたと報告出来なかった⋯⋯ってなんで最後が所長宛なんだよ。
おばあさんを抱き上げた瞬間「ドンッ!」と大きな音が響いた。
グッド・バイ。俺の人生。
「きゃあああっ」
あれ? これ西原の叫び声じゃね? あー嬉しいな最期に西原の顔見られるんだ。
「大丈夫ですかっ! お怪我はありませんか?」
「ええ、ありがとう。ありがとうお兄さん」
へ? そろりと目を開けた俺に信じられない光景が飛び込んだ。
西原に支えられたおばあさん。振り向けば他の通行人から「横断歩道前は減速だろう!」と怒られているトラック。
トラックの正面には何かに衝突したかの様な凹みがベッコリと出来ている。
当の俺、無傷。
「西原⋯⋯」
「松田も無事で良かった。走り回ってるかと思ったら外に飛び出してトラックの前に出るんだもの驚いたわ」
何が起きたか全く分からない。
ふと、左腕が重く感じて視線を落として仰天した。
金色に輝く物が纏わりついて居る。金粉? なんで金粉⋯⋯良く見るとそれは何やら「盾」のような⋯⋯盾? えええっ? ええ!? 盾? 何で何で盾? なんかトラックの前に付いている凹みと似た形してるんだけど⋯⋯なんで?
唖然としている俺に構わずトラックは周りの人を威嚇して走り去ってしまい苦情を言えなかったが、通行人がナンバーと社名を控えてくれていてメモを渡してくれた。
「兄さん勇気あるな」
「いや、ほんと凄い脚を持ってるね間に合わないかと思った」
「ははっいやーはは⋯⋯」
一体なんだったんだ。世界がスローモーションになり、盾が守ってくれたって誰が信じてくれるんだよ。
いつの間にかに左腕の金色の盾は無くなってるし金髪の少女は結局見つからないし、一体なんだったんだよ。
「おばあさん無事で良かったね⋯⋯格好良かったよ」
照れながら言う西原に心臓破裂しそうです。凄い嬉しい。もう死んでも良い。いや、死なない。俺は死にませんっ貴方が好きだからっ。
叫びそうになるのを堪えて「だろ? 惚れた?」なんて俺馬鹿。なんで軽薄そうな返し方しちゃうんだよ。西原は厳しい目をして先に行っちゃうし⋯⋯。
あーっ。もう何にも分からない。
来週有給取って、おばあちゃん連れて温泉に行って豪華な食事食べよう。リセットしてから考えよう。
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