三日目 『強欲なる祈り』 その1
ヴィーゴはまったくもって優れた科学技術のカタマリだったよ。最先端のエンジンは、化け物かもしれない。一晩中、恐ろしいスピードで走り続けて来たのに……エンジンが焼け焦げることもないとはな。
世の中は、どんどん良くなっていくらしい。この最先端のテクノロジーも、近いうちに普及するだろう。電気自動車からガソリン自動車に代わったときも驚いたがな。時速100キロを最初に突破したのはモーター車だったというのに。気づけば、ガソリンが主導になっていた。
一時期はバッテリーとガソリン、どちらでも動く車もあったんだが……どうにも存在感が消えていったな。オレはバッテリーで動くモーター車も好きだった。だって、最初に100キロを超えて走ったんだから。
どの名馬よりも速く走れるようになったことを示す数字だぜ。それに、どれだけワクワクしてしまったことか……。
もちろん。エンジンも嫌いじゃない。猛犬の唸り声みたいに、震えながら暴れるこの力強さの癖もいいが……。
正直、どっちの技術でも、きっと良かったんだろうな。勝るとも劣らずという状況だったはずだ。
技術で有意差がついたというよりも、きっと、他の要素だろう。たとえば、燃料の売りやすさの差だったのだろうか。
ガソリンの方が売りやすかった……と断言するのは早計だ。そいつは技術的な差じゃない。バッテリーの中身だって、別に売り買いするのが難しいものじゃないのだから。
……おそらく。先んじて販路を形成できたことが大きかっただけなんだろう。ガソリン屋の方が車産業と仲が良かっただけさ。
気づけば……いつの間にか、ガソリンとエンジンの独壇場になっていた。面白い技術だと思っていたのだがな。電気自動車というものも。
廃れ始めて久しいが、いつか復活する日も来るのだろうか?今では電気自動車屋の株を買う気にはなれないほど、すっかりと下火ではあるが。
……だが、面白いことに。このヴィーゴにはエンジンもモーターも、どちらもが積まれているんだよ。電気自動車の技術が継がれている。
まったく。レトロな技術を洗練させて、より良いモノに消化するとはな……技術屋の趣味が詰まっているじゃないか!
「……何が、そんなに楽しいんだ。アレク・レッドウッド?」
「ん。起きていたのか、コレット。まだ、眠っていてもいいんだぞ」
ヴィーゴに無理やり取り付けたような複座の中で、銀色の髪の少女はあくびする。
「ふああ……あくびしながら言うのは何だが、私は十分に寝たよ。お前ばかりに運転させてしまっているな……そろそろ、交代してやろうか?」
「いや。こんなに楽しい運転は、初めてだからな。オレに運転させて欲しい」
「……そうか。馬より速いものな。私のヴィーゴは」
あくびをする少女は、きっとこの乗り物の真の面白さに気づいていないな。それは、とても勿体ないことだよ。
「速さが問題じゃない。いや、それも確かにこのヴィーゴの魅力じゃあるが。マニュアルを読みん込んでいて、他にも素晴らしい技術が投入されていることに気づいたんだ。こいつは車の技術の歴史そのものだぞ。こいつには、歴史が詰まっている!二つの動力のハイブリッドを、昇華させているんだ!!」
朝日に向けて、つい大声で主張してしまっていたな。コレットは、男が全力で趣味について語る時に女が見せる、あの冷めた目線をしていた。
「……興味が持てない。テクノロジーなんて、使えればいいし。有能であれば、十分だわ。どうして、男って、そういうどうでもいいことが好きなのか」
「……面白いだろ?」
「ぜんぜん。分からない」
「いや。知れば違ってくる。きっとな。いいか?ヴィーゴは未来を先取りしている。廃れた技術をあきらめずに搭載しているからこそ、この素晴らしい加速と燃費の良さを実現しているんだ。それは、たしかに課題もある。モーターとエンジン、通常運転時では、それらを手動で素早く切り替える楽しみ―――いや、手間はあるが。しかし、だ。この二種類の動力が共存しているおかげで、スピードも出るし、マニュアル通りに動かせば爆発的な加速もやってのける。燃費もいいゆえに、補給の回数が少なく、浪費する時間も少なく済んでもいる。その結果として、こんなにも早い移動が可能なんだぞ!もうバイエルンまで着いてしまったじゃないか!……こいつは、その、革命的な乗り物なんだよ!」
途中から気づいていた。話せば話すほど、コレット・イルザクスの瞳が眠たそうになっていくことに。挽回しようとして、多弁になり、熱を帯びた言葉となったのだが……そうすればするほど、ますますコレットの興味が遠ざかっていったことは理解していた。
多弁な男なんて、嫌われるのは古今東西、変わらない傾向だというのにな。ついつい無駄に熱くなっていた。オレはヴィーゴの持ち主である彼女にこそ、ヴィーゴの凄さを認識して欲しかったんだよ。
「……はあ。『革命』ね。何だか縁起でもない言葉だわ」
「いや。いい意味でも使われているはずだぞ。とくに、技術に対しては」
「政治に対しては、血なまぐさいでしょうに。王様の首を刎ねることを言うのよ?」
「……王様の首なんて飛んでも、別に君が痛いわけではない」
「私の一族には王族の血もたくさん混じっているんだけど?表の系譜には残っていないけれどね」
「……そうなのか」
「ええ。神秘が支配する古いヨーロッパの変わった血筋の大半は、私の一族に注がれているから。ハプスブルク家だけじゃないのよ、ベッドの上での外交が得意だったのは。むしろ、私たちの一族の方が、淫らで汚らわしい。変な能力者とはおよその場合で血縁ね。古代の神話の力を継いだ血筋も、それらに含まれる」
「つまり、君はお姫様か」
「王位継承権なんて、放棄させられているけれどね。複数の国で、貴族の仲間になるわね」
……冗談で口にしたつもりだったのに、本当に王位継承権で百何十位あたりの地位にあるらしい。『聖杯/コレクター』の一族か……知りたくもない深さの神秘主義で構成されているようだ。
コレットの苦悩がまた一つ理解できた気がする。それと同時に、やはりバチカンの戦士は労働組合を作るべきだとも感じていたよ。特殊な出自や、謎の能力で悩んでいる若者同士、協力し合うといいはずだ。
「……何だか、先輩面しているな。アレク・レッドウッド。私のことを心配しているようだ」
「……よくオレの考えていることを見抜く」
「シンプルなんだと思う。お前は、自分で信じているよりは、もっと……シンプルで、分かりやすい性格なのよ」
「出会って半日の君に、そこまで言われるほどだからな。そうなのかもしれない」
「悪いことじゃない。裏表がない人間の方が、近くにいても疲れないから」
「それは良かったよ」
「いじけたの?」
「……いじけてなんてないさ」
「ふーん。やっぱり、単純なのね、アレク・レッドウッドは」
何かを見透かされてしまっていた。車の技術史に対しての造詣は、オレの方がよっぽど深くて複雑なはずだが……それ以外は、たしかに単純なのかもしれなかった。
オレには、ヨーロッパの古い神秘で彩られた複雑怪奇で超常現象に満ちた親戚関係はない……。
せいぜい、義父は包帯をいつも顔に巻いているユニークな見た目で、インドの秘術を使いこなす変わり者であるぐらいだ。彼女よりは、きっとシンプルな人間関係を過ごして来たのだろうよ。
「……さて。アレク・レッドウッド。どこかで休憩しよう。お前と違って、私は食事を摂る必要もあるんだ」
「分かった。朝からやっている労働者向けのレストランでも探すか」
「あるかしらね」
「あるだろう。最近はどこも労働者が自分の権利を主張する。王様の立場は、すっかりと悪くなっているからな。朝から働く労働者のために、どこか気の利いた店の一つぐらいやっているだろう。そこでなら、情報収集も出来そうだ」
「情報収集ね……ドブロシ側の協力者がいるのに?」
「情報は一つでも多く知っておくべきだ。それに、労働者が愚痴をこぼすような店の主は、地域のことを何でも知っているものさ」
「バチカンの戦士は、そんな風に情報を集めるのね」
「19世紀から受け継いだ方針では、そうだ」
「じゃあ。お姫様らしく、古風な方針に従う。はあ、どこでもいいから。何か食べたいわ」
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