コレット・イルザクスの報告書:『暴食の蠅事件』
―――アレク・レッドウッドと行動を共にすることになった経緯は、以上の通りだ。状況を解決するためには、我々は協力すべきだと考えている。
アレク・レッドウッドはスカー・フェイスが何かを企んでいると考えているようだが、具体的にどのような企みをスカー・フェイスが持っているのかについて、具体的な推論を語ってはいない。
アレク・レッドウッドの精神状態は健康とは言えないため、彼の被害妄想である可能性も否定はできない……。
だが。バチカンの戦士として、アレク・レッドウッドは信じるに値する。
『蠅』を倒して、悪人とは言え民間人を救っている。『蠅』から情報も聞き出した。バイエルンの共産主義者とマルジェンカは一緒にいる……らしい。
現状で我々が取れる最良の手段は、この情報を頼りに北上することだけだ。他の選択肢を私は見つけることさえ出来てはいない。だが、アレク・レッドウッドは二日連続で強力な魔物を倒している。どちらもマルジェンカが用意したと思しき、ヴァルシャジェンの眷属たちだ……。
この分では、明日も魔物に遭遇できるのかもしれない。
倒すのみだ。マルジェンカの足取りを追いかけながら、黙々と進むべきだろう。
……バチカンの伝説の一人と、組むことになった。
私とすれば、光栄なことなのかもしれない。だが、不安もある。アレク・レッドウッドは、ゆっくりと魔物になろうとしている。本人はゾンビだと認識しているようだが……そんな生易しいものではないように、私は感じている。
私の一族には、正真正銘の化け物と呼ぶべき者たちが何人かいるのだが……彼らよりも見た目こそマトモではあるが―――怖さについては、アレク・レッドウッドの方が上なのだと直感が囁いている。
バチカンが奇跡を用いたいと願った時のために、私たちの一族は『異能者』たちをストックして来たわけだが。神の奇跡の真似事、あるいは、神罰の真似事をさせられるはずの彼らよりも、アレク・レッドウッドの方に恐怖を覚えたのだ。
アレク・レッドウッドならば。
私たちの一族を、抹殺できるだろう。おそらく、誰も勝てない。
……力ではな。
だからこそ、私がアレク・レッドウッドの首につける鈴に選ばれたのだと感じている。アレク・レッドウッドの『弱点』というか……アレク・レッドウッドは、私を娘のように認識したらしい。
最愛の娘を亡くしたばかりのアレク・レッドウッドにとって、私のような小娘は、誰もがエリーゼ・レッドウッドの代役になるのかもしれない。それを見越して、おそらくスカー・フェイスが私を推薦したのではないかと予想している。
弱くて、女だからだ。
……腹を立てるべきはずだが。不思議なことに、今の私は腹を立てていない。父親のことも大嫌いな、この私がだ。エリーゼ・レッドウッドの父親には、どこか同情してしまっているようだ。
獣のような男なのに、どこか弱々しさも持っている。不器用なのだろうが、情愛も強いらしい。小さなころから傭兵をしていて、インドでたくさん殺して。世界大戦でも、殺した。
罪深く、凶暴な男なのだとばかり考えていたし、その側面は確かにあるのだが。アレク・レッドウッドは、それだけではないようだ。
……私たちは、北上を開始した。『ヴィーゴ』の運転マニュアルを、アレク・レッドウッドは嬉しそうに見ていたな。車が好きか。男は、そういうものらしい。
厚手のコートを身に着けて、私たちは『ヴィーゴ』を走らせる。夜通し走ることになるが、問題はない。バチカンの補給チームが各地にいてくれるからだ。彼らのおかげで夜通し給油と補給を繰り返しながら旅を続けられる。
……私の代わりに。
『ヴィーゴ』を運転させてやった。私も眠らなくてはならないからだ。アレク・レッドウッドは睡眠の習慣こそ残ってはいるようだが、おそらく常人よりは睡眠への衝動が少ないのだろう。どれだけ長く運転しても疲れないようだった。
毛布にくるまって。
アレク・レッドウッドのそばで眠る。悪路のせいで、ときどき私の眠りは妨げられてしまったが。その度に、アレク・レッドウッドの手に気づいた。娘の代役である私が、『ヴィーゴ』から落ちてしまわないように、守ってくれている。
押さえつけるようにして、支えてくれていた。
……何というか。
不思議な人物のようだ。
私のような女から、警戒心を解くのが上手いとはな。誰と『つがい』にさせられるのか分かったものではないと、自分がどんな『道具』としてこの世に生まれてしまったのかを自覚した10才の頃から、ずっと怯えて暮らして来たというのに。
男は、誰もが私を『入れ物』として使う可能性があるから、大嫌いなんだが……。
死んでいるからだろうか。
死んでいるから、安全だと思っているのか?
……いや。多分、そうじゃないな。
そういうことでは、ないのだろう。
認めたくはないことだが、一つ認めるべきことがあるのだ。
私はアレク・レッドウッドを相棒としてそばにいることを、いつの間にか許しているらしい。殺すために、派遣されたはずだったのに。私はアレク・レッドウッドの運転している『ヴィーゴ』の複座で、毛布にくるまれて眠っているのだから……。
星がきれいな夜だった。
覚えていることは、他にない。夜道の多くを、私の代わりにアレク・レッドウッドは走ってくれたのだから。
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