二日目 『慎ましき暴食』 その17
コレット・イルザクスの装備は、実に興味深い。間違いなく最先端の装備だ。もう一度、世界大戦でも始めたいヤツがいるのかなんて、不安になってしまうほどには。
ドブロシも新大陸の悪人どもと組んでいたが、バチカンも似たようなものがあるのかもな。
ピューリタンは働き者だし、世界大戦で傷つかなかった。かつての植民地どもを馬鹿に出来た時代は終わりつつある。クソ。フォードの株なんて買わなくていいだって?……間抜けたハナシだったぞ。
ああ。
悪い癖だ。清貧が大好きなはずの豪奢なステンドグラスに飾られた神の家の前で、オレは死んだ後でも強欲だった。どいつもこいつも、欲深い。
「……私のことを、馬鹿にしているのか、アレク・レッドウッド」
若く素直なプライドが、射抜くように見つめてくる。潔癖な瞳だ。まっすぐで、事故の有能さを証明しようと逸るような瞳。ああ、たまらないな。こういう瞳をたくさん見て来たぞ。バチカンの戦士としての仕事でも、世界大戦の戦列でも。
もっと。
大昔からもそうだった。20世紀になるより前、オレがクソガキだったころから、そういう飢えているくせに潔癖な視線には何度も出逢って来た。そして、何人も、見送って来たんだぞ。
ヒトは死んだときは大事に扱われることもある。わざわざ神父を呼んで、みんなで礼を尽くす服装にまで着替えて、死を悼む。生きているあいだに、もっと大切にしてもらえれば、あの飢えは収まっていたんじゃないか。
そういう瞳をね、応援したい気持ちばかりが湧いてくる年齢じゃない。経験と、父親になったせいだろうな。オレは、これ以上、若者を見送りたくはない。とくに、娘と同じ銀色の髪をした乙女についてはな……。
「軽んじないで欲しい」
知っている。その瞳の持ち主は、みんなそう言うんだよ。だから、ちょっとはテクニックを使うことになる。学んでいるんだよ、オレだって嫌というほど、自分より若いヤツらの葬式のために、普段は締めないネクタイで何度も首を絞めているうちにな。
「……そうじゃない。君を認めていないわけじゃないんだ。コレット・イルザクス。たんに、オレには力よりも、科学的な道具が要るだけさ。オレは……弾薬も使い尽くしそうなんだからな」
「そうなの。そうでしょうね。お前は孤立している。お尋ね者だもの」
「……昔馴染みにも、バチカンは手を回しているか」
「当たり前じゃない」
「……だろうな。知ってはいる」
……まいったことに。この子に頼るしかないようなのが現実だった。世界大戦より前なら、もっと協力者があちこちにいたのに。あのせいで、ヨーロッパは分断されてしまった。国境線など、これほど厳格じゃなくても良かったはずなのに。
税金を納めている国が、どんな旗をしていたとしても。そんなことの違いで、あんなに殺さなくても良かったはずなんだ。おかげで、オレのコネクションも死んでいる。性格に難があるオレの社交性なんかじゃ、国と国を越える力は作れないらしい。
……本当に仲の良かったヤツらも、ずいぶんと死んでいることを、今更ながら思い知ってしまったよ。
ああ、ちくしょう。若造の強気をどうにかコントロールしてやりたかったはずなのに。オレは、コレット・イルザクスのコネクションに頼らないとならないのが現状でもあった。もちろん、彼女を殴って気絶でもさせて、その装備品の一切を奪うという手段もありはするが……。
夫であったことがあり、父でもあったことがあるオレには、その選択肢を行使する若さが足りなかったな。
コレット・イルザクスはオレの沈黙に、自分の優位性を確認したらしかった。さっきよりは飢えの減った瞳になる。細い乙女の腰に両手を当てて、背筋を伸ばす。エリーゼも、たまにしていたな……ああ。まったく。彼女を殴れない理由が、また一つ出来てしまった気がするよ。
「いいか、アレク・レッドウッド。そっちがヴァルシャジェンの情報を寄越すのならば、ちゃんと装備も提供する!」
「ありがとう。それだけでいい」
「でも、私の力も貸す!……お前に、証明してやるわ。私が、弱くはないといことを」
「そんな必要はない。オレには、正直、そんなことはどうでもいいことだ」
「何よ、それ……っ!?」
「君の強さを示すのは、今回じゃなくてもいいだろう。ヴァルシャジェンも、マルジェンカも……その眷属どもとの戦いも、オレたちベテランに任せておいた方がいい。どうせ、大勢が死ぬことになる」
「そんな大変な時に、若者の力は要らないんだ?」
「……今回じゃない時に、君の正義に力も命も捧げてやればいい。オレはな、君たち若者が死ぬ姿を、必要以上には見たくない」
「戦士は、戦うものでしょ。死ぬことも、許容している」
「若いヤツは、その重みを知らなさすぎる。君はな、誰かと張り合うような態度に任せて死んでいいような命ではない」
「私の命は、お前のものじゃないわ」
「……そうだ。君の命は、君だけのものだ。だが、それでも。オレは君を死なせたくはない。マルコやオレみたいなベテランが死ねばいい。古い伝説と心中を決めるのは、19世紀の頃から罪に穢れているオレたちみたいな古いヤツらでいいんだ」
知っているよ。
そんな言葉で守られようとしたところで。その飢えを持った若者は、止まらない。革命家のつもりか?世界を変えられるとでも思うのか?
……そんなものは、幻想なんだ。世界を変える力のために命を捧げたところで、棺桶に入れられた故郷の土に埋められる時。家族の喪失の痛みと苦しみを与えるだけだ。
「家族がいるだろう。君にも」
「いるわ。いるけど。それは……私には関係ない。私は、私だから」
「その感覚は、誇りではない。君は若さのせいで、履き違えているだけだ」
「そうなのか?……家族?父親に母親?……その概念を、お前は私よりも理解できているのか」
「……っ」
「……迷子みたいな顔になる」
いつか君に言われた言葉を、その頃の君と同じ年ごろのコレット・イルザクスに指摘された。どんな顔をしているのだろうかな。ゾンビになっても、そんな顔をしてしまうのか。劣等感というものは、とても強い影響を人生に与えているらしい。
コレット・イルザクスは、冷酷な表情を保てなかった。たまにいるんだ。オレのような者にも同情を抱ける女性がな。数少ないが、コレット・イルザクスも、そのマイノリティの一員だったらしい。
「言い過ぎた。感情的になりたかったわけじゃない。ビジネスだもの。クールにこなさないといけない。感情で動いたって、誰も得なんてしないんだから」
「感情で、癒されることは多い」
「そうね。分かっている。でも。何ていうか。私は職務上の立場で得ただけの情報で、あなたの人生を馬鹿にしたかったわけじゃない」
「孤児だって、幸せにはなった。長い期間ではなかったが。オレは、父親であり夫であったんだ」
そうだ。だから、埋められる日には……。
墓石の前で神父さまに、そう呼んでもらえる。誰かの息子であり、誰かの夫であり、誰かの父だった。
それは幸せを知っていた者に捧げられる言葉じゃないか。その幸せが過ぎ去って、レッドウッド家は死に絶えたとしても。オレには、たしかに幸せな時間があったのだ。それで、十分じゃないか。スラムをうろついていた孤児のクソガキにしては、よくやった人生に決まっている。
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