二日目 『慎ましき暴食』 その12
怯えた青い瞳を見るが。気にしない。昔から女子供の受けは悪い。君にだって、最初のころは煙たがれていた気もする。
「く、来るな!!」
小銃を向けられた。分かりやすい態度だったよ。野良犬以下の扱いをされるのは、慣れている。
「不安になるな。今は、お前と遊んでいる場合ではない。あのサイズの『蠅』を逃すな。民家に隠れられたら、見つけるまでに何人食い殺すか、分かるだろう」
「そ、それは……っ。でも、お前には、討伐の命令が出ている!!」
「後で処刑させてやるよ。仕事が済んだら、お前の好きにするがいい。早く選べ!!オレに協力するか!!それとも、オレに殴られて気絶しているあいだに……オレだけがバチカンの戦士としての義務を果たすかだ!!」
「な、なにを、勝手な……っ」
「3、2」
「わ、分かった!!の、乗れ!!アレク・レッドウッド!!」
「助かるよ。バチカンの同僚」
「……お前は、もう……バチカンの戦士ではない」
「破門されたか」
「……そんなところだ!とにかく、追いかける!!ヴァルゴに掴まっていろ!!」
ヴァルゴ。それが、この乗り物の名前らしい。何だっていい。近未来に流行して、バチカンのパトロンどもの財布を豊かにするかもしれない乗り物のことよりも。戦士としての役目の方がいい。
破門されていたとしても、知ったことか。
これまでと変わらない。魔物を殺す。ヒトに害成す者どもを、殺し屋として処分するだけだ。
ああ。
巨獣のような唸り声を放ち、ヴァルゴとやらが走り出す。早くて、速い。馬のようだ。四輪の車よりも不安定な分、この三輪の乗り物は野性味を持っている。追跡には良いな。
それに……荷台には、色々と武器がある。
「アレク・レッドウッド」
「なんだ」
「う、腕が燃えている。どうにかした方がいいと思うのは、非常識なアドバイスか?」
「いいや。安心しろ。死ぬほど熱くて痛いが、もうこいつを使わなくても済みそうだ」
牛革のホルスターに霊鉄のリボルバーをしまい込む。神罰の青い焔はどこかへと消え去ってくれたよ。痛みから解放された右腕を、確かめるように触る。動けばいい。健康なんて望んじゃいない。あと数日もてばいいだけの体だからな……。
「お前、呪われているのか?」
「ああ。死体だからな」
「し、死体!?……魔物と契約したのか!?」
「しちゃいないよ。マルコが……オレの師匠が、色々と儀式をオレに施した」
「バチカンに彼がした報告とは、大きく異なっているようだが」
「マルコに会ったことがないだろ?目的のためなら、バチカンだろうが教皇だろうがジョージ5世だろうが利用する。正直、生粋のクリスチャンでもないぞ」
「……混乱させてくれる。どうして、そんな人物が……バチカンの伝説なんだ!?」
「職務に忠実だったからだ」
「……っ」
「バチカンの戦士として、異能を使いこなした。世界はキリスト教が定義する魔物しかいないわけではない。バチカンの知恵も技術も及ばない異教の魔物をも狩り殺す。強さがあったから、マルコはバチカンの英雄に祭り上げられた」
「……世の中って、分かりにくい!!」
「その通りだ、ルーキー。残念ながら、そんなものだ。過度な期待はドブに捨てて覚悟を決めろ。世界を守るためには、非常識さもいる」
「何を信じたらいいのか、分からなくなるぞ」
「敵を殺す。それが、オレたちの役目だとだけ信じていればいい」
「……それだけで、まとまるのか?」
「まとまらなければ、力が及ばない相手だぞ。その目的さえ違えなければ、どの信仰の戦士たちだって、協力できる。見るがいい……あんな不気味な害虫なんぞに、食い殺される人間を見捨てられるか?」
焼け焦げた右手で、空を飛ぶ気色の悪い虫を指差す。誰にだって分かるだろう。本能が嫌悪する。あんな魔物がこの世界にいるべきではない。乙女は白い歯を鳴らした。
「……ちっ。『蠅』。ベルゼバブ……っ。かなり大型だ」
「『蠅』を見るのは初めてか」
「……知識はある。訓練もした」
「だろうな。そうでなければ、『処刑人』の役割をもらえはしない」
「私を新人あつかいしないで。年齢よりも、実力で評価しなさい」
「死んだ妻からよく聞かされた言葉だから、そうしてやるつもりだ。認めて欲しければ、ちゃんと協力して運転しろ」
「してるだろ!?……差は、ゆっくりだけど詰めている……あいつ。町の方角へ向かっているぞ」
「ヒトを喰らって隠れる。卵を誰かに寄生して、次世代の『蠅』を増やしたいのさ」
「……教科書通りだ」
「当然だ。その教科書をつくるために、バチカンの戦士たちがどれだけあの不衛生な怪物と殺し合ったことか。魔物はな、習性と本能で動く。自分たちが人間よりも高度な生物だという自負があるからこそ、環境にも状況にも影響されず、本能が求めるままに振る舞う」
「サイテーだ」
「ああ。だから、積極的に殺しまくっている。バチカンだって、救ってくれもしない宗教で金を巻き上げていること以外にも仕事はするんだ」
「本当に失礼ね。冒涜でしょ?」
「世界大戦でたくさん殺し合ったからな。人間も、自然も、文明も壊れた。オレたちはろくでもない獣だった。今さら主を信じられるほど、美しいものばかりを見せられて生きて来なかったんだよ、ルーキー」
「新人扱いするな。アレク・レッドウッド!!」
「どう呼べばいいかい?異端者に、教える名前はないかな」
「……コレットだ。コレット・イルザクス」
「覚えた。コレット。この機関銃を、オレに貸せ」
「……お前に、武器を?」
「ああ。コレット。君のこのヘンテコだが馬力のある乗り物に―――」
「ヴィーゴだ」
「……ヴィーゴに不浄なゾンビ野郎を乗せるだけでも屈辱的に感じるのかもしれないが、オレはこいつを運転は出来ない。役割分担は、おのずと決まる」
「信じたくないけど、信じる。運転している私に襲い掛かるなよ。拳銃は、持っているぞ。魔物に効く聖別されたナイフもな」
「尼僧の姿をした君を襲いなどしないさ。死んだ妻一筋だよ。娼婦の誘いも断る、模範的な父親だった……娘まで、奪われたが……」
「誰が……?」
「ヴァルシャジェンの娘である、マルジェンカ。あの吸血鬼に呪われて、死んだ。死体に霊体が寄生して……改造中だ」
「改造?」
「うちの娘の子宮を使い、マルジェンカは父親であるヴァルシャジェンを出産したいようだ」
「……穢れが過ぎる!」
「うちの娘の悪口を言うな」
「す、すまない。そういうつもりじゃない」
「……いや。こちらこそだ。だが、分かってもらえたかもしれない。この痛みが、死んだオレを……ゾンビになったとしても、バチカンの戦士として行動させる。いや、ただたんに……父親だからかもしれない」
「……分かった。その銃、使って。弾薬は……私の腰裏の弾帯を使う」
「了解だ。運転は任せた。あの『蠅』は、オレが、撃ち落とす」
殺すんだ。いつものように世界を脅威から守る。そして、マルジェンカの野心を砕く。少しでも多くのバチカンの戦士を……バイエルンに誘導する。そうすれば、確率が上がる。オレが仕留められなかったとしても……他の戦士たちの誰かがどうにかしてくれるかもしれない。
……マルコ。
協力すべきはずだったのにな。どうして、オレをハメようとしているんだ?もっと上手くバチカンを動かすことぐらい、ベテランならやれるはずだ。リスペクトも集めているスカー・フェイスの名なら……。
何かを企んでいるのか?この状況で……マルジェンカを祓い、エリーゼをゾンビだか吸血鬼にでもしたいのか?……それは、させないぞ。エリーゼの死を、これ以上、誰にも弄ばせはしない。あの子の祖父であったとしても、その権利はないんだぞ、マルコ。
「ちょっと、大丈夫なのか?」
「……ああ。大丈夫だ。まだ、腐敗は始まっちゃいないさ。怒りでね、血潮が燃えてくれているから。戦士として、戦う。オレは……あの子の父親なんだから。死んでいても義務というものがある」
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