二日目 『慎ましき暴食』 その5


 バチカン特性の手榴弾を沼地に放り投げていたよ。三秒間が瞬く間に過ぎ去って、爆発が起きる。泡立ちが爆ぜて飛び散り……沼地のなかにいた『それ』が負傷していた。


『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオンンッッッ!!!』


「……何ですかな」


「贄だよ。あんたたちが殺しちまったエミリアンくんだが……他にもくっついているな」


 タールのようにねばりつく沼の深くから。二つのアタマを持つ魔物が現れる。腐りかけた肉は骨から剥がれ落ちかかっているが。その肉の不在は呪いを帯びた土くれで補われているようだ。


 不気味な姿だ。朽ちてしまった声帯は、まともに発生することも不可能か……特殊な霊媒体質の保持者でなくては、コイツから情報を聞き出せそうにない。


 数日前までただの死体だった人間だから、マフィアではないオレにならコミュニケーションを取れるかと期待していたんだがな。


 クソ野郎のドン・ドブロシについての悪口を使えば、ホームチームの宿敵の悪口を言い合う酔っ払い同士みたいに、すぐ打ち解けられるかもしれん。


 いや。だが、こいつには頭部が二つある。ドン・ドブロシに殺された他のマフィアも混ざっている。


 これでは意識が混在してしまい、情報源にすることは難しかったか―――拳銃を抜いたよ。霊鉄のリボルバーは使わん。体への負担が多すぎるからな。


「すまんが、話せそうにないなら。時間のムダだ。エミリアンくんと、その他の誰かよ。悪いが、もう一度、死んでもらうぞ」


 銃弾を放つ。頭部を二つある贄の胴体に、銃弾が着弾する。手榴弾でダメージがある胴体を、どんどん壊していく。


 容赦する気はない。それに、他の死体と融合する兆候は、厄介でもあるんだよ。この贄は『土くれの巨人/ゴーレム』になりかねない。


 だから。ゆっくりと沼地に近づきながら、至近距離でダメージを与えていく。土と肉を崩す!撃ち抜き、貫き、破壊して、圧倒していく。


『ブギュウうう!!ギュグウウウウウヒいい!!』


 頭部に心臓に、急所へ銃弾を撃ち込んだ。ダメージを嫌がるように、エミリアンくんはこちらに飛び掛かってくる。沼地の中では素早くは動けないものだがね。それはお互い様だったよ。


『ブウウウウウウ!!ギュウウウウウウグウウッッッ!!!』


 地の底から響くようなうなり声と共に、双頭のバケモノは拳を突き出して来る。連続してだな。一つは躱して、もう一つは銃弾を撃ち尽くしたばかりの拳銃の底で叩き伏せた。


 アンフェアなことに。こちらには沼地で魔物と戦ったこともあるのさ。経験の差は大きいものだった。格闘戦は、オレの方に分があるよ。脚の動きが互いに緩慢になっているから、技術力の勝負が行えているな。


 右手で拳銃のグリップをハンマーのように重量として使い。左手ではコンバットナイフを盾のように扱い、バケモノの拳を受け止め。返す刀で斬りつけていく。


 いいレートだ。手榴弾のダメージが抜けきれない彼の動きは遅いまま、打撃と斬撃で次々にその泥と腐肉で編まれたような体を削られていく。


 劣勢を把握したのか。状況を変えようとエミリアンくんは大きく動いた。縦に伸びるような動作で、前のめり。突撃してみせたよ。なかなかに速く。


 だが、予備動作が大きい。頸部のしなりと胴体の歪みが、オレにその突撃のタイミングを全て知らせていた。沼地の泥を蹴り、体をひねった。踊るような所作を用いてエミリアンくんの突撃を躱しながら、背中を取る。


 そのまま、逆手にもったナイフを前のめりになった彼の背中に突き立てた。


 元々、怪力と呼ばれる方じゃあったんだ。君からも獣のようだと褒められた―――あるいは貶されたものだけど。死の女神の祝福が宿った不死者の腕力は、全力で暴れさせたとき、かつてよりもはるかに強烈だった。


 エミリアンくんの背骨を、ナイフが穿ち。引き抜きながら、背骨も肉も大きく断ち切ってやったよ。重篤なダメージになったのだろう。沼地色の人影が、呻き声を遠くに響かせながら泥のなかへと倒れ込む。


 沈み込もうとしている頭部の一つを掴み上げて、その首をナイフで切り落とした。続けざまに、もう一つの首も断ち切る。


 どちらのアタマも、沼地の外へとぶん投げてやったよ。呪われた躰というのは、分断して遠ざけてやれば、呪いの効力は大きく低下するんだ。


 沼地から、泡が立ち上がる。


 ボコボコと、腐敗ガスでも吐き出しているかのようだが。実のところは、魔物と化したエミリアンたちの体が浄化され、呪いが泡となって逃げ出す光景だった。諸説あるが、おそらくそれが正しいと思う。君は、別の可能性も探りたがるだろうが。


 でも。現場の意見としてはね、多くの場合、これでバケモノ退治の一つは完了だ。もちろん、呪いで生まれちまった『蠅』の本体を祓う必要は残っているんだがね……。


「ば、バケモノも、殺せるのですな……っ」


「バチカンの装備と、コツがいるがな。法則が示す順序に従い、的確に急所を穿ち、一種のまじないをかけている。そうすることで呪いというものを祓うことが出来る」


「知識と技術のどちらもいるわけですね」


「そうだ。クソ……っ」


「どうかなさいましたか?」


「泥だらけになっちまったことが、不快なんだよ」


「それだけですか。安心いたしました。これで……我が主は?」


「呪いが送られることはなくなった。あのブヨブヨの体から、『蠅』が外に出るぞ」


「それは、具体的にはどうなるのですか?」


「バケモノ退治の本番だ。ヤツの罪深さと、贄の放つ呪いの強さの合算が、『蠅』の巨大さを決定する。死にはしないかもしれないが、体中に激痛が走るだろう。罰の痛みを感じながら、解放される。心が弱ければ、正気を失うほどの痛みだ。さて、どうなるかな」


「……早く。ドン・ドブロシのもとに」


「ああ。世界を救う片手間に、あんたたちを守ってやろう」


 泥を流す暇もないまま、アルフレッドの車に我々は飛び乗った。エンジンが素早くかかり。古臭いアンティークのエンジンが、あの耳障りのいい音で鳴り響いた。揺れながら、もうもうと黒煙をエンジンは吐き出す。


 素晴らしいオモチャだ。


 芸術品だな。


「……やはり、この車も欲しくなる」


「報酬としてならば、それもやむなしです」


「だが。遅い。北への旅には、使えそうにない」


「……バケモノどもの王がいる地に向かう?」


「そうだ。魔王ヴァルシャジェンが、復活しようとしているんだ」


 オレの最愛の娘、エリーゼ・レッドウッドの子宮を使って。ああ、ちくしょう。まったくもって、不愉快極まりない現実だな。エリーゼの死も、その死体が邪悪どもの企みに利用されていることも。


「正直。あんたの親分を助けるという行為に、それほどのモチベーションは感じられなかったんだが」


「……魔物を狩る者ならば、魔物を狩りたくなるのでしょうか」


「そういうのとは、ちょっと違うんだが。『八つ当たり』をする対象というものが、どうしても欲しくなったんだ。ヴァルシャジェンの眷属を、ぶん殴ってやりたい」


「あれだけ暴れておきながら?……人を殺すことを生業にしたことがある者の感想として、あれだけ『楽しんだ』あとは、とてもスッキリとしているんじゃないでしょうかね」


「いいや。まだまだ足りないよ。オレの怒りを晴らすにはね。ヴァルシャジェンとその娘には、本当にとんでもなく深刻な痛みを与えられているからな……」


「……恐ろしくなりましたな」


「魔王は、恐れるべきだ。神さまと同じぐらいには」


「……いいえ。そちらではなく」


「ん?……ああ、オレのことかい?」


「はい」


「正しい認識じゃある。バチカンの戦士は、誰もが異能の使い手だ」


「魔物を倒すために、戦い方に悪霊払いの儀式をまとっておられる―――それが、具体的にどのようなものかは、私には分かりません」


「当然だよ、それがフツーだ。あんたは、フツーでもないがね……」


「ですが。分かることもございます。貴方は、暴力の囚われだ。心の奥底に、とてつもなく巨大な空虚があり。それを埋めてやりたい衝動があふれています。その衝動を、暴力に変換することを許容している。常人には出来ない行いですぞ」


「……悪口を言われているのかな」


「とんでもない」


「褒められているわけかよ。それはそれで、何だか自分の人生について悔い改めたくなる。手遅れだがな」


 もはや死んでゾンビとなって動いているだけに過ぎない。暴力の囚われ、心当たりが多すぎてイヤになる。でも、君はそんなオレのことを可愛らしいと言ってくれたな。君も、どこかおかしいところがあった。似た者同士は惹かれ合うものだよ。


「尊敬しますぞ、人知れず邪悪な存在を暴力で駆逐されて来た貴方のことを」


「してくれなくて構わないよ。幻滅させることもあるかもしれない」


「……我が主に危険が?」


 いいルイ16世の手下だな。アルフレッドは執事としても、拳銃使いとしても優れた人物だった。血なまぐさく、悪徳と犯罪に満ちたマフィアの世話係らしい鋭さで瞳を輝かせている。


「魔物に憑かれれば、命の危険はつきまとう。こちらとしては、プロフェッショナルとして最善を尽くすだけのことだ。もしも、あの男が死亡したら、あんたはオレに挑むのかな?」


「……仮定の話は好みません。とくに、不謹慎な予想については」


「素晴らしい人生哲学だね、アルフレッド」




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