二日目 『慎ましき暴食』 その2
目隠しを丁寧にされるなんて珍しい。捕虜になったことがある男としては、ちょっとした驚きのイベントでもある。古めかしい前世紀的なクラシックカーに乗せられて、すぐに車が走り始める。古臭く骨盤に悪そうな振動を感じたね。
「この年代物のアンティークのことを、ちょっと運転したかったよ」
「ならば、この車を報酬に指定するという手もありますぞ。私の宝物ですが、捧げましょう」
「勤労意欲が理想的すぎるね」
「マフィアや暗殺者にも、恩義を大切にする風習はあります」
「ドン・ドブロシは何を君にしてくれた?」
「私の一族に大きな富を」
「なるほど」
「……バチカンは、貴方にどのような報酬を?」
「寄付をくれた清貧なるカトリックの信者たちから、恨めしそうに見つめられる程度の報酬かな。君のように、華々しい報酬にはありつけなかった」
ルイ16世の手下の方がね。神さまの戦士でいるよりも、豊かで文明的な暮らしが可能となるものだ。世の中は、どこか間違っている。いつものことだけど。どうして悪事で稼いだ金の方が、清らかな労働の対価よりも価値を持っているのか。
神さまよ。あんたに7日間で作ってもらった世界はね、どうにもこうにも欠陥が多くて困っている。罪なき子供が不幸になる世界を、作るなんてね。罰を好むあんたは、やっぱり血に飢えて狂暴なところがあるんだと思う。
そういう性格は、何万歳も生きているのならば、そろそろ直すべきだ。
ああ。くだらない嫉妬のせいで、ヒトは罰当たりなことを考えてしまうものだな。改めるとするよ、一応は聖職者みたいな立ち場と言えなくもない。そこらの神父さまや牧師とか、どっちでもない僧侶とか尼僧たちよりも、よっぽど神秘的な暮らしをしているんだ。
ザ・聖職者だと思うんだよ。精神科から精神を安定させる薬を処方してもらえる、科学的な暮らしもしているがね。きっと、オレはあの連中よりも、あんたに近いところで苦しんでいるのさ。
メメントモリの体現者みたいなもんだぜ、生前がバチカンの戦士だったゾンビは……。
「……有意義な会話をしようか」
「貴方がお望みならば」
「……事件については、あんたの雇い主に訊くとしてだ。オレにとっては好奇心をくすぐられる『処刑人』の方だ」
「動かれているそうですよ。詳細はまだつかめてはいませんが、貴方を追跡しているのでしょう。心当たりがおありなのでしょうからな」
「あると言えばあるし、無いと言えば無い」
「複雑な状況なのでしょう」
「そうだね。世界が滅びかけているんだよ、実は」
「……冗談でしょうか?」
「いいや。各地で魔物が暴れている理由は、ヴァルシャジェンという魔王の復活が近いからだ」
「ヴァルシャジェン?」
「北欧神話というものがあるが」
「演劇は好きなのですが、耳にしたことがありませんな」
「歴史からはバチカンが削り取ったよ」
「削り取った?……その存在を隠ぺいしたと」
「そうなる。強大すぎる邪悪な魔物。そういうものを、バチカンが直営する戦士たちは歴史から削り取る。人類を守るためにね。色々な手法をする。遺跡を破壊したり書物を焼いたり、偽物の神の物語を創作して誤魔化すこともある」
「ヴァルシャジェンは、サタンやベルゼブブのような存在なのでしょうかね?」
「どうだろうか。そういった実在しないかもしれない悪魔よりも、もっと現実的な脅威であることは確かだよ。まだ死んでいて復活もしていなというのに、魔物どもが各地で大暴れだ。ヴァルシャジェンの魔力が一部だけ注がれてもこの有り様になる」
「……脅威ですな」
「言ったじゃないか。人類は破滅の危機を迎えている。世界大戦の時よりも、もしかしたら悲惨なことになるかもしれない。戦士が、ずいぶんとあの大戦で減った。ナショナリズムの高まりのせいで、宗教界の国際協調も不可能だよ」
「……どこか距離感を持った物言いに聞こえますぞ」
「投げ槍になっているわけじゃないよ。ただ、オレはあまり世界に興味が持てなくなっていてね」
「何かが?」
「プライベートなことさ」
「秘密ですか」
「そういうことだ。知らない方がいい。他人の不幸など、あんたは山ほど耳にして来た口だろう」
「まあ、人並み以上には、色々と」
「じゃあ、十分だ。オレのことは気にするな。それより、こっちの疑問に答えて欲しいな」
「『処刑人』について、何が知りたいのでしょうか?」
「どんなヤツだい?」
「年若い人物だそうです。軽んじられる年齢だと。しかし、実力を……少なくとも、政治力はお持ちの方らしい」
「若いのに権力がある。親の七光りか」
「でしょうね。その例外に出会ったことはありません。実力や才があろうとも、権力というものは、そう易々と手に入れられるようなものではございません」
「正しい認識だ。そいつも、おそらくそんなヤツだろうさ。どこぞの名門の子息。はあ、興味が失せるぜ。なあ、そろそろ仕事のハナシをしたいんだが?」
「……そうですな。始まりは三日前のことです」
「だろうね。ヴァルシャジェンはその頃から本格的に復活の作業を始めた」
「この不幸な事件はヴァルシャジェンとやらのせいだと?」
「おそらくな。だが、あんたはヴァルシャジェンに報復を企てようとするな。特殊な戦士でなければ倒せんぞ」
「……やはり、バチカンの仕事ですかね」
「悪しき魔物から世界を守るまではね。情報をくれ」
忠義に厚い男だとしても、無理はすべきではない。ヴァルシャジェンやその娘マルジェンカ、そいつらが任命した魔物の騎士ども。誰を相手にしても、ルイ16世の手下が勝てる相手ではない。現に、こうして外部に助けを求めているわけだしね。
「……三日前です。ドン・ドブロシの体調に異変が起きました」
「どんなことが起きた」
「……その。大変に『暴食』を重ねているようになりました。また、その、言い難いのですが、食べるべきでないものまで、食べてしまうように……発作的に食欲に負けてしまうようでございまして……」
「そいつは大変だったな。魔物に憑りつかれて、肉体を変質させられている最中だろう」
「……助けられますか?」
「状況次第だ。確約は出来んが、全力は尽くす。そいつが現れたタイミングはヴァルシャジェンの企みに一致しているし、オレの道に現れたんだ。あんたの雇用主を助けてやりたいとも思わんが、ヴァルシャジェンの眷属ならば、殺しておきたい」
「ドン・ドブロシに危害が及ぶことは?」
「あるよ。とっくにな。そいつは覚悟していてくれ。専門家だってね、神さまではないんだ。どんな悲劇からも、誰もを救えるとは限らん。だが、バチカンの戦士として、全力は尽くすことだけは約束してやる。不満なら、車を停めろ」
「……いいえ。もはや、貴方にすがるしか、状況を解決する方法がありません。引き返してもらっては、こまるのです」
「ふむ。まるで、こいつは―――」
「―――何か?」
「……気にするな。分かったよ。互いの職業がすべきことを、全うするようにしようじゃないかね、ミスター・アルフレッド」
「ええ。そろそろ目隠しを外していただいても大丈夫ですよ」
「……秘密の場所にご到着か…………ほう。こいつは思ったよりも広々とした場所だ。不気味な沼地のほとりでも想像していたが」
「牧場ですよ。特別な牧場と言いますか……ドブロシ家の私有地です。あそこに見える古いドブロシ家の屋敷に、ドン・ドブロシがお待ちです」
草原の先に、古い屋敷が見えたよ。大きくはあるが、あちこちガタが来ていそうだし。特徴的なことに、大きな家畜小屋と半ば一体化している。
「マフィアの親玉が住むというよりも、古い地主さまの屋敷といった印象を受けるよ」
「ドブロシ家は元々この土地で商いに成功した農家の一族ですから」
「慎ましい生活を守るべきだった。自ら悪徳に向かうから、『蠅』に喰われることもある」
「……『蠅』ですか?」
「そうだ。おそらくね。外れてはいないと思うよ。独特のイヤなにおいが宙を漂っていやがるんだからね。豚小屋のにおいも知っているが、こいつはそれだけじゃない。とある魔物に特有な体臭だ」
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