第23話 どうしてあの子なのか
「た……高い……っ」
商店通りに並ぶ店先で、一人頭を抱えるエルだった。そのお店の店主が、面白がるような、あきれるような表情をしている。
「そりゃそうだぜ旅人さんよ。“子供用で、長旅にも耐えれる道具”なんてそうそうありゃしねえ。ましてやここ、コーサスじゃなおさらな」
「そういうものなんですか?」
「ここは旅の中継都市ですからな。子供なんてそう多くはねえし、ましてや旅をする子供なんていやしねえさ」
そう言われればそうだ。ここは街から街へ行き来する中で足を休め、物資を補給する街。住んでいる住人は商売人ばかりだ。子育てや育児のための施設が充実しているようには見えない。現にリリーを預かってくれる施設の有無を尋ねて振られていた。
「いいモンが欲しいなら、ドストールの街にでも行くといいぜ。こことは違って職人も多いからな。金さえあれば、作ってもらえばいい」
「せめて、そこに行くまでの旅支度を揃えなきゃならなくて」
「ん―、こればかりはなあ。すまんが、他所を当たってくれ」
エルは、店主に礼を言って店を後にした。
通りは、暇を持て余した商人と、休憩時間の時間つぶしに来た古城修理の関係者でひしめき合っていた。エルは人波を器用にかき分けながら、雑多に並ぶ店先を眺めつつ、先を行く。色とりどりの品物が並ぶが、リリーが旅をするのに使えそうなもの――外套、靴、背嚢、そのほかいろいろ――が絶妙に見つからなかった。あったとしても、高い。加えて、質が悪い。子供には重かったり、日に焼けて劣化してしまっていたり、店先に飾るために作ってもらっただけであったりと、実用に耐えられるものではなかった。
「あーもうっ」
頭を掻きむしりたくなる。街からは出られるめどはない。旅の準備をしようにも、必要な道具は揃わない。踏んだり蹴ったりだ。もし自分一人ならどうとでもできるかもしれないが、今回はそういうわけにもいかない。なにせ子供がいるんだ。ここは慎重になってしまう。
「旅人さん、お望みのものは見つかってますかい?」
そんな中、エルの背中をどこかで聞いた引き笑いが呼び止めた。いつの日か、リリーが足を止めたジャンク屋の店主だった。気付けば店の前までやってきていたようだ。
「どうも、こんにちは。先日はありがとうございました」
「ヒッヒ、どうもどうも。今日は、あのお嬢ちゃんは一緒じゃないのかい?」
「先日の件がありますから、宿で待っていてもらってます。崩れでもしたら、危ないですから」
そう言いながら、エルは修理中の古城をちらと見た。まさか古城をあんな姿にしたのがリリーだと考える人はいないだろう。
「そいつは可哀そうだことで。ああいう子は、あのくたびれちまった古城を見たくてうずうずしているだろうに」
「我慢してもらわなければいけないこともあります。危険とわかっているのに連れまわすわけにもいきません」
ジャンク屋の中を見やる。エルがほしい類いのものは無さそうだった。
「また機会がありましたら、伺います。それでは」
素っ気なく答えて、立ち去ろうとした時だった。
「旅人さん、随分とあのお嬢ちゃんを大切にするんだねえ。一体何があるってんだい?」
店主に呼び止められるとは思わなくて、エルは振り向いた。
「ヒッヒ、家族ってわけでもないんでしょう? そんな甲斐甲斐しく世話するってのは、どういういきさつで?」
「何を聞きたいんですか」
エルがそう言い返すと、主人は
「ヒッヒ、そう怖い顔をせんでくだせえ。長いこと一所に店を構えているとねえ、こう、面白そうな人から面白い話を聞きたくなるんでさあ」
はっと自分の口元を手で覆った。自然と顔つきが怖くなってしまっていたらしい。随分と気が立ってしまっている。どうあれ、この店主は害を及ぼす類いの人間ではないことは先日のやりとりで把握していた。エルは一度、気持ちを落ち着かせてから肩をすくめてみせた。
「何もないですよ。頼まれたから面倒を見ているってだけです」
「本当にそれだけですかい?」
「ええ」
「本当に?」
「それだけです」
店主はいぶかしみながら、通りの反対側、はずれのほうをちらと見た。
「旅人さんや、あれをご覧くださいな」
その示す先をエルが見る。そこには、小汚い恰好をした子供がいた。まだ年端もいかぬ子供だ。服の袖口や襟はよれよれで、すっかり汚れている。髪も伸びきっていて、明らかに不衛生だ。人通りの多い中でも、どうにか邪魔にならない場所を選んで座り込んでいた。その表情に生気はない。
「あの子供はね、3か月前にこの街を訪れた商隊が置いていったんでさあ。その商隊は、どうも、この街での商いに失敗したみたいでね、随分と多くの家財を投げ売りしていったよ。あの子供は、その“一部”ですぜ」
「よくある話ですね」
「そうさ、よくある話でさ。だから気になるのさ。旅人さんが連れてるあのお嬢ちゃんと、あの通りでうずくまっている子供、一体何が違うってんで?」
エルは、通りの子供を静かに見た。通りを行き交う大人たちは、その子供を気にも留める様子はない。子供は、そういった状況も含めて、まるで自分の存在を消そうと努めるかのように、小さく、小さく、うずくまっていた。
「……何も違いなんかありません。ただ、あの子と僕の人生は関係がない。それだけです」
「ヒッヒ、そうですかい。話に付き合ってくれてあんがとさん。お礼に、この店の中から一つ、好きなもん持っていって構わないですぜ」
「また今度、考えさせてもらいます」
エルはそう言い残し、ジャンク屋を後にした。
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