第19話 それでも歩き続ける
そこから先は無我夢中だった。
泣き止みそうにないリリーをどうやってあやそうか悩むよりも先に、外から騒がしい声が聞こえてきた。それがコーサスの街の自警団のものだと気づくと、この現状をどうやっても説明できそうにないと考えたエルは、リリーを抱えて一目散に走った。崩れかけた城の壁から飛び出すと、城の騒ぎを聞きつけた野次馬に紛れるようにして城から距離をとり、人気の少ない路地へ逃げ込んだ。
「もう……ここまでくれば……、とり……あえずは……」
息も絶え絶えなエルは、ぐずるリリーをゆっくり下ろすと、半ば倒れるように座り込んだ。そこまで来て、自分の体中が悲鳴を上げていることを思い出した。意識が飛びそうだった。人生で一番必死に走った。痛みと疲れでいろんな汗が噴き出ていた。とりあえず水がほしい。背嚢を乱雑に漁る。一口分だけ残った水筒が出てきた。地獄に仏だ。
水を煽りながら耳を澄ます。路地の向こう側にある大通りはいまだ騒ぎに包まれていた。路地の隙間から見える城は、根元の一部がすっぽりえぐられていた。街の人間からすれば、一体何事だろうと思うのは当然だ。
「ぐす……、エル、ごめんね……。ごめんなさい……」
エルが空になった水筒を恨めしく放り投げたとき、話せるくらいまで気持ちが落ち着いたリリーがこんな事を言った。
「あんなこと、しちゃいけないのに……ごめんなさい……」
「あんなこと? リリー、どういうこと?」
「わかんない……わかんないの。わかんないけど、むぁーってなったら、わぁーってなって、それで……、それで、わかんないけど、まわりがごちゃごちゃになって……。あたまがふわーってなって、わからなくなっちゃって……、なんなのかわからなくて……」
リリーは、彼女自身にもわかっていない、何か不思議で特別な力を持っているということか。あの女中、この力を知ってて、それでこの子を隠していたのか。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
エルの前で、小さな子供が、すっかりしょぼくれていた。
「リリー、こっちを見て」
エルは座り込んだまま言った。リリーの目はすっかり腫れぼったくなっていた。まるで、そこだけ真っ赤に化粧を施したようで、なんだかおかしかった。
「僕はね、リリーのおかげで助かったんだ。そんなに悲しまないで」
「で、でも――」
「でも、じゃないの。僕がありがとうって言ってるんだから、そうなの」
「うん……うん。ありがとう…………ありがとうかぁ」
「そうそう」
エルはすっかり疲れていたが、努めて笑顔を振りまいた。そのまま続けた。
「分からないことばかりだよ。襲ってきた大人の人たちも、リリーのそのわぁーってのも、いろんなことが分からないままだ。それでも、僕が君に助けられたのは間違いない」
「………………」
リリーはなにかを言おうとしたが、うまく言葉が出なかったようで、ただただ、頬を涙が流れていた。
「だから、そうだなあ。……うん、その恩返しをしたいんだ。もう少しだけ、一緒にいさせてらえないかな。あの女の人との約束もあるしね。君が納得できる、安心できる場所まで連れていくよ。それまではさ、助け合ったりして、たまには迷惑も掛け合ったりするかもしれないけど。それで、いいかな?」
「…………うん。うん」
「あは、ありがとう。それじゃあ、ここも騒がしいし、安全な場所まで移動しよう」
そう言いながらエルは立ちあがろうとした。だがなかなか立ち上がらない。リリーがきょとんとした目を向けていると、
「……リリー。さっそくで悪いんだけど、手を貸してくれないかな? 足が……ちょっとしんどくて、一人で立てそうにないんだ……」
それからしばらく、小柄なエルの手を、もっと小柄なリリーが一生懸命引っ張ってあげて、
時間をたっぷり使ってから、二人はゆっくりした足取りで移動を始めた。
こうして、僕は不思議な少女と旅をすることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます