第18話 そして、すべてが終わった。
まるで朝霧が晴れるかのように、光が四散した。
感覚が、続いて聴覚が戻ってくるのを感じたエルは、ゆっくりと目を開いた。チカチカしていた目が慣れてきて、どうにか周りが見えてくると、
「………………っ!」
言葉が出なかった。
瓦礫が、砂の世界に変わっていた。
「一体これは……、何が……」
瓦礫の一つもなく、元の部屋の輪郭すらない。丸くきれいにえぐられた空間があり、そのえぐられた分の砂が足元に広がって、きらきらと輝いていた。それは言うならば、突然、異世界に放り込まれたかのような光景だった。
「これが……、これを、リリーが……?」
そうつぶやきながら、エルは自分の胸の中にいるリリーを見た。リリーは不安そうな顔で周りをキョロキョロを見渡し、そして潤んだ瞳でエルを見上げた。
アーティファクトは、足だけを残してその上半身が跡形もなくなっていた。それだけではない。アーティファクトの周辺にいたはずの兵士数人も、すっかり消えてなくなっていた。そこには、空間全体と同じように砂が残されているだけだった。
信じられないといった様子は相手側もそうだった。皆が言葉を失っていた。そのうち、兵士の誰かが悲鳴をあげると、タガが外れたように皆一目散に逃げ出した。
すっかり腰の抜けた准将を残して、そして、誰もいなくなってしまった。
「……まっ、待てお前ら! 俺を置いて逃げるな!」
准将が這って逃げ出そうとするのを、エルが捕まえた。准将の胸ぐらを掴む。
「答えてください、これはどういうことですか」
准将は、すっかり青白くなった顔を必死になって左右に振った。
「し、ししし知らん知らない! こんなの、セルの力じゃない! こんな力、聞いたことがない!」
「散々偉そうなことを言っておいて、いまさら嘘ををついてどうなると思っているんです?」
「嘘じゃない本当だ! こんな危ないものなんて誰が欲しがるか! こんなバケモノ、どう使えってんだよ!」
准将は叫びながら、サーベルを抜くとでたらめに振り回し始めた。エルは一度距離をとって、振り回される刃先をこともなげに避けていく。何度か避けた後、サーベルをナイフで弾いてから准将の腹を蹴りつけた。
「ひぎぃ!」
准将が情けない声をあげながらうずくまった。それでもなお、這って逃げ出そうとした。エルは、その足首を切りつけた。
「いい痛い! 血が!」
「逃げようとするからですよ。話はまだ終わっていません」
「もうやめてくれ! 死ぬぅ! 死んでしまう!」
「殺しません。死なないようにしますので安心してください」
「ひぃ!」
そのとき、エルに強烈な殺意が放たれた。たまらず飛び退いた。鉄塊がかすめる。大尉が、准将を庇うようにして立ちはだかった。
「旅人! 悪いがこの勝負、預からせてもらう」
そういい捨てると、大尉は准将を担いで走り出していった。
「結構です! 勝ち負けには興味ありませんからぁ!」
エルはその背中に言うと、それを最後に、辺りは静かになった。
砂が音を吸い、まるで数分前までの騒動がうそのようだった。
すべてが終わった。
脅威が無くなったのを確認すると、エルはナイフをしまい、リリーの元へと戻った。ずいぶん疲れた。体中の痛みで顔が引きつりそうだ。だが、それ以上に不安そうなリリーがそこにいた。その顔は、今にも泣きだしそうだ。こんな小さな子供に、ずいぶん怖い思いをさせてしまった。一体なんて言葉をかければいいか。
いいや、いろいろあったけれど、今言うべきことはこれだけだ。
「遅くなっちゃってごめん。助けに来たよ」
その言葉を聞いた途端、リリーは緊張の糸がプツンの切れたかのように、顔をしわくちゃにし、
「うわぁぁぁん」
小さな声で、思いっきり泣き出した。
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