第17話 巨人を狩る2

「な、なぜだ! なぜ我々のアーティファクトが! 先時代の叡智の結晶が! こんな、こんなことに!!」

 准将がわめいた。顔を青くし、唾を吐き散らし、悲鳴にも似た声を上げた。

 エルはアーティファクトの胸から起き上がり、頭や外套に積もった砂埃を払った。

「僕は学がないもので、よくわからないですけど――」

 エルはそう前置きした上で、

「人の形をしているなら、弱点も人と同じじゃないんです? 大柄な相手を倒すには、鍛えようのない関節と相場が決まっています」

 アーティファクトの駆動部のいたるところにナイフが突き刺されていて、それはまるで前衛芸術品のようだった。そのすべてのナイフが絶妙に噛み合い、アーティファクトの動きを制限させていた。

 エルは、アーティファクトの腕を切り捨て、とどめを刺すのにも使った大振りで美しいナイフを眺めた。

「うーん、これだけ集中してないと刃が通らないなんて。先生に知られたらなんて言われるか……」

 そのほかのナイフと一見しても一際輝く刀身をしていた。なにより、屈強な金属の腕を切り捨てたにもかかわらず、刃こぼれ一つしていなかった。

「それで、決戦兵器とやらはあのざまですけど、まだやりますか?」

 そう言って握っていたナイフを小さく振るって見せた。

 ポーカーフェイスを決め込もうと努めているが、全身汗だくだ。正直これ以上動き回るのは厳しい。できればここで観念してほしいけれど……、

「ええいこのポンコツが! お前を運ぶのにどれだけ苦労したと思っているんだ! さっさと動け! 戦え!」

 准将が地団太を踏んでいた。アーティファクトは残された一本の腕と中途半端にしか動かなくなった二本の足でどうにか立とうとしていた。そのたびに全身から軋む。

「もう誰でもいい! あいつを殺せ! 娘はそれからだ!」

 准将はやる気のようだった。周りの兵士たちにもいまだ動揺が走っているが、それでも命令となればやる気だろう。

 こちらはすっかり足に疲労が溜まっている。リリーを抱えて走れるか微妙だけれども、ここまで来たらもう腹をくくるしかない。

「おい旅人」

 大尉が、エルを見据えながら言った。

「生身の人間が、アーティファクトを倒す様など初めて見た。だがそれまでだ。観念するんだ」

「残念ですが、まだ立てます。ナイフも握れます。なので足搔かせてもらいます」

「もうよせ。それ以上傷ついて何になる? お前はよくやった。出会って数日の娘に命を懸ける必要はない」

「……“もう少し頑張っていたらどうにかできたのかもしれない”と思いたくないんです」

 大尉は何も答えなかった。代わりに兵士に指示を出す。

「娘を捉えろ。旅人が抵抗するなら容赦はするな」

 エルはナイフを構えた。万事休すか。その時だった。

「ん……」

 エルが完全に回りを囲まれたときだった。気の抜けた声が聞こえてきた。リリーが目を覚ました。あたりをキョロキョロ見渡し、瓦礫だらけの建物を怪訝な表情で眺めていた。

「ここ……どこ……?」

 その瞬間、すっかりおとなしくなっていたアーティファクトが雄叫びを上げながら這いだした。下半身を引きずり、途中にいる兵士たちをまきこみながら、狂ったようにリリーへと猪突猛進し、その小さな体を鷲掴みした。

「リリー!」

 アーティファクトは全身の関節から異音を上げながら、リリーを握りしめていた。

「ははははは! いいぞポンコツ、やればできるではないか!」

 リリーは、まるで他人事のように自分を掴み上げるアーティファクトを眺めていた。それから周りを見渡し、それから傷だらけのエルを見ると、少しだけ目を丸くして、再びアーティファクトを見た。今までになく不機嫌そうな顔をしていた。

「あなた、わるい子」

 そうつぶやいた瞬間だった。

 リリーの体が青白く輝き出した。光はアーティファクトの腕を包む。


 ォォオオオオォオオオォオ


 アーティファクトが悲鳴のような音を上げた。

 リリーを掴んでいた手が、腕が、光りに包まれていた場所が、“消えてなくなっていた”。

 掴まれていた腕がなくなり、地面に降り立ったリリーは、光の残滓を放ったまま周りを見やった。

「……わるいこ、わるいひと」

 まるで電気が爆ぜるように、炎が燃え上がるように、風が巻き上がるように、光が濃くなっていく。ゆっくりと、片手を掲げた。

「みんな、きらい」


 光が溢れだした。


 建物を、アーティファクトを、人々を包んでいく。視覚が、聴覚が、感覚が、鮮烈な光が、瞬く間に空間を包んでいった。兵士たちの悲鳴すらも包んでいく。

 エルは、途端にリリーに向かって走り出していた。


 光の中に飛び込む、


 その中心に、まばゆさの先に向かう。


 そこにいる小さな体を、リリーの小さな体を。

 

 半ば飛び込むように抱きかかえた。


 リリーが、驚いた顔をした。




 瞬間、光が止まった。

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