第16話 巨人を狩る1

 飛び退きながら外套で体を覆った。エルのそばに無数の破片が四散し、そのいくつもが外套を叩く。

 地面に転がりながら距離をとった。吹き飛んだ壁を見る。その向こうに、大きな影が突っ立っているのが見えた。

 言わばそれは、金属で出来た重厚なデク人形だった。エルの背丈の三倍はゆうにある大きさで、全身に装甲がぶら下げられている。これが兵器として作り出されたものであることは一目瞭然だった。

 エルは、それの胸で鈍く光る緑色の光を見て苦々しくつぶやいた。

「アーティファクト……っ!」

 准将の高笑いが響いた。

「素晴らしい! 素晴らしいぞ! よくぞ動いた、よくぞ間に合った!」

 エルは身構えながらその兵器を睨んだ。

「アーティファクトは――、そいつの胸に埋まっているフォーチュン・セルは貴重なものなのではないんですか? それをこんな辺境まで持ってきてるなんて」

 エルの額に冷汗が流れる。こんなのと生身で立ち会うなんて、自殺行為にもほどがある。

 准将は得意げに言った。

「全てはこの日のためさ。戦闘用アーティファクトに人は敵わない。そこに対抗できるのは同じアーティファクトだけだ。そして、その娘は全てが謎のアーティファクトだ。ならば用意しない手はないだろう? しかし素晴らしい、祖国からわざわざ運んだだけのことはある。どれもこれも、今日の日のためというものだ。これこそ、決戦兵器というものよ」

「あの子をモノ扱いするんじゃない、いちいち癪に障ります……っ!」

「まだそのような口を叩くか。ほれほれ、どうだ、今から謝罪するのなら命までは奪わないでおいてやろう。そうだなあ、これから祖国に帰るまで、雑務を願い出るというのであれば、免じてやる。首に縄をつけて可愛がってやるさ。どうだ?」

「わかりました。二度と軽口を叩けないようにしてやりましょう」

「こ、こいつまだ言うかっ! やれ! あの忌々しい小僧を叩き潰せ!」

 准将が命じると、アーティファクトは唸り声のような音を上げ、エルに向かって突進してきた。単調な動きをエルはたやすく避けたが、近くに立っていた兵士が数名巻き込まれ、端の壁まで吹き飛ばされて動かなくなった。

「お仲間ごととは、気に入りませんね」

「ふん、アーティファクト一体の戦力を考えれば、十人二十人死んだところで釣りがくる」

 アーティファクトは振り返ると、エルに向かって腕を振り上げた。その腕が叩きつけられるよりもすばやく、エルは横に飛んだ。いとも容易く地面が穿たれた。破片が周囲の兵士をも襲う。

 エルは飛び散る破片をものともせず、アーティファクトが振り下ろした腕にナイフを突き立てた。つんざく金属音が響く。歯が立たない。

 准将が高笑いをした。

「無駄だ、そんな刃物で、先時代の金属錬成技術で作られた外部装甲がどうにかなると思っているのか!」

 なるほど確かに。傷も付きやしない。

 アーティファクトの腕が真横に叩き込まれた。地面すれすれまで伏せてこれをやり過ごす。

「外が駄目なら」

 エルは、叩き込まれた腕の内側、関節部分にナイフを突き刺した。

「よし、刺さった」

 切り返された腕を飛び退ける。さらにその腕に二本、立て続けにナイフを突き刺した。

 アーティファクトが唸り声に似た駆動音を上げた。拳を振り上げると、それを地面に叩きつけた。地鳴りとともに瓦礫が舞う。地面に突き刺さった腕へ、エルが肉薄する。アーティファクトの二撃目が繰り出される。またも破片が飛び散るが、エルはものともせずに突貫した。

 アーティファクトは、突き刺さった片腕を引き抜くと横薙ぎ払いしてきた。エルは飛び退こうとした。だが、足元の瓦礫が崩れた。踏ん張りがきかない。

 しまったこれが狙いか。

 エルの体に直撃する。

「うぐっ」

 エルの体が軽やかに吹き飛んだ。

 全身に激痛が走る。汗がどっと湧いてきた。

 真正面からでは部が悪すぎる。一歩間違えればひき肉だ。それに、ここをやり過ごせても、大尉やその他の兵隊が残っている。状況は最悪だ。一度引くか? リリーはどうする? いや、そんなことよりも自分の身だ。死んでしまったら元も子もない。 引けばあるいは……。


 ――この子を、どうかお願いします。――


 リリーと出会ってすぐ、森の中、河畔、女中の最後の言葉が脳裏をよぎった。


 駄目だ、リリーを置いていくことはできない。論外だ。何のためにここまで来たんだ。あんな小さな子供が、大人たちに連れて行かれて、一体どれほど怖い思いをするだろうか。僕は嫌だ。

 エルはゆっくりと立ち上がった。息を整える。体はまだまだ動く。丈夫な体で助かった。

 アーティファクトの右腕を見る。突き刺さったままのナイフが、その駆動部に異音を響かせていた。そうだ、ナイフの刃が通るのなら甲冑を着た人間と一緒だ。そうとなればやることはいつだって同じだ。

 落ち着け。冷静に。静かに。素早く。確実に。

 エルは新たな一本のナイフを腰から引き抜いた。大ぶりで、一際美しく刃が輝いていた。

「……先生、ちょっとだけ、無茶します」

 エルはそのナイフを一度腰に戻し、再び飛び出した。

「まだやるかっ! もう容赦するな!」

 アーティファクトが再び肉薄してきた。強靭な腕をエルへ叩きつける。それを避けると関節にナイフを突き刺した。激しい火花が散る。

 動きは単調だ。一つ一つを確実に捉え、それを避ける。アーティファクトの腕は、エルのたなびく外套を叩くのがせいぜいだ。いや、言葉を代えると、一歩間違えればその腕はいつエル自身を捉えてもおかしくない。そんな首の皮一枚で動き続けた。

 攻撃を避けながら、一本、また一本とあらん限りのナイフを抜いては駆動部に突き刺す。アーティファクトが足を大きく上げた。飛び退く。踏み込まれた足によって地面が大きくえぐれた。その膝駆動部へもナイフを突き刺す。

「何をもたもたしている! そんなガキさっさとひねり潰せ!」

 准将の言葉に呼応するように、アーティファクトは両腕を大きく振り上げた。

 ここだ。

 エルは、腰から美しい大ぶりなナイフを抜いた。大きく息を吸う。精神を落ち着かせ、研ぎ澄ます。息を吐きながら、深く構えた。同時にアーティファクトの腕が振り下ろされる。その腕をめがけて、エルはナイフを振り上げた。



 ッシャーン



 残響が部屋に木霊する。

 そして、アーティファクトの腕を切り捨てた。

 そう、切り捨てたのだ。

 すべての者が、その光景に目を丸くした。

 丸太のような太い腕が、地鳴りを上げながら、砂埃を立てて、地面に転がった。

 アーティファクトはたじろき、悲鳴にも似た駆動音を上げた。その瞬間、エルはがら空きになった腰の駆動部へ飛び込むと、そのままナイフを深く突き刺した。

 金属同士がこすれ合う残響音が響き、静寂が訪れた。舞い上がっていた砂埃が徐々に落ち着いていく。 

 そしてアーティファクトは、ゆっくりと倒れた。

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