第15話 リリー
馬鹿げたことを言う男だ。
それがエルの率直な意見だった。足元で気を失ったままのリリーをちらっと見た。リリーは寝息のような呼吸を漏らしていた。
「この子はアーティファクトではありませんよ」
この数日間の旅を思い出す。
「感情もありますし、ご飯だって美味しそうに食べます。普通の女の子です」
「おいおい、だったら誇り高いアルガスの軍人がこんな田舎まで来やしねえよ」
そこまで言うと、准将はもったいぶって肩をすくめた。
「どこからわいてきたフォーチュン・セルかも、誰が作ったのかも、そもそもその娘が人なのかアーティファクトなのかも知らねえし、ていうかそんなのは正直どうでもいい。重要なのは、その力はフォーチュン・セルが生み出すものであって、そしてそいつが誰のものでもないってことだ。それは重要なサンプルだ。俺たちが手に入れる」
「黙ってください。物言いがいちいち耳障りだ」
エルが准将を睨みつけた。こんな子供をモノ扱いだなんて。
「リリーはリリーだ、誰かのものだとか、そういうことを言われる筋合いはありません」
「ちょ、おいおい、こんなしみったれた時代に人権主義者気取りか?」准将は怯みながらも威勢を張ると、「強いものしか生きていけない。弱いものは即退場。そういう世界だぜ。旅人をやってるなら、賊に襲われたキャラバンだとか、女子供を根こそぎ“持っていかれた”村のひとつやふたつ、見たことあるだろ? 強いものが勝つ。単純な話だ」
エルはなにも答えなかった。
准将が続けた。
「そして俺は強い。俺はそいつを欲している。それだけだ。あの女中から引き離してくれたことは感謝する。だがそれまでだ。それ以上のことはねえ。それ以上首を突っ込むなら、命の保証はないぜ」
リリーは相変わらず気を失ったままだった。こんな力なく、無防備で、儚い女の子がアーティファクトだって?
「准将、そろそろ例の準備が」
大尉の言葉にうなずくと、エルに背を向けた。
「そういうことだ、ガキ。わかったらその娘をよこせ。到底お前には手に余るのがわかっただろう」
せせら笑う准将。気づけば、エルの周りを多数の兵士が取り囲んでいた。
エルは一息、呼吸を整えた。
「わけがわからないことや、理解しがたいことばかりですが、はっきりしたことがわかりました」
「あぁん?」
「……僕は、あなたが嫌いです」
「は?」
気の抜けた声を上げた准将だったが、
「准将、お下がりを!」
大尉はいち早くエルの殺気に気づいた。エルは跳躍肉薄した。准将に向けた一撃を、大尉がハンマーの柄で受けた。
「ひぃっ!」
散った火花に准将が悲鳴を上げた。
「准将に手出しをさせるな!」
周囲の兵士が銃を構えるが、大尉が一喝した。
「馬鹿者! 同士討ちを誘うぞ!」
准将が這い出すように距離をとりながら金切り声で叫んだ。
「い、いいぞ大尉! は、早くその生意気なガキををどうにかするんだ!」
大尉の一振りが襲う。それを地面へいなす。地面にに大穴が穿たれた。レンガが砕かれ四方に散る。ナイフを握っていた手が激しくしびれた。まともに正面から受けていられるものでない。
「大尉さん、どいてください。あなたに用はありません」
エルは小さく踏み込み、一撃を繰り出す。それも受けられた。さらに二撃、三撃と立て続けに繰り出す。
「相変わらず一撃がぬるい!」
大尉が大きく振りかぶった。
エルは鉄塊の一撃を受けずに、半身を引いて避けた。破片が舞い散る中、間髪入れずに連撃を続けた。
続けて鉄塊の横薙ぎが襲うがそれも避け、一歩下がる。大尉がさらに詰め寄ってきたとき、
「これだけ下がれば……」
エルは腰から小包を取り出すと、地面に叩きつけた。途端に、あたりが白煙に包まれる。
「目くらましなど小癪な!」
「相棒が小柄なもので、こういう小手先の技が欠かせないんですよ」
大尉はたまらず目元を覆い、動けずにいた。視界を奪う効果はてきめんだった。そのすきに、エルは身を低くしながら大尉の脇を走り抜け、准将めがけて突っ込む。
准将の実力は大方想像がつく。とてもじゃないが鍛えられた兵士のものではない。小柄なエルでも組み伏せることはできるはずだ。
「ひぃぃ来るなぁぁ!」
白煙の中から迫ってくるエルに気がついた准将は、それこそ悲鳴を上げるネズミのようだった。
エルが、狼狽するばかりの准将まで残り半歩と迫ったときだった。
壁が、吹き飛んだ。
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