第14話 渦中
地下の空間が、木っ端微塵になっていた。
瓦礫が舞い、どこかで火の手が上がり、全く視界の効かない状況になっている。多くの技術者がいたが、誰も彼もが瓦礫まみれになりながら、あるいは傷だらけになりながらほうぼうの体で逃げ出していた。
「馬鹿者! データを回収するまで逃げるな!」
白衣の男が叫びながら、書類の山をかき集めていた。そのとき、視界の脇を人影が走っていった。
「そこの君! 丁度いい、サンプルの回収を頼む! 部屋の中央だ! 私はこの書類を運んだら――」
その瞬間、男の顎に回し蹴りが飛び込んだ。男はなにかできる間もなく沈黙してしまった。力なく倒れ込んだ男に対して、蹴りをお見舞いした張本人のエルが言った。
「いいことを聞きました。ありがとうございます」
エルはすぐに駆け出した。視界が全く効かないおかげで、騒ぎを横目に自由に動けた。そこにいる誰もが、自分と手の届く範囲のことでいっぱいで、エルの存在に気付きもしなかった。
どうして爆発が起きたのかわからないが、死体の山じゃないということは時間の猶予がありそうだ。不幸中の幸いだ。リリーが無事である可能性が高くなる。
そして、部屋の中央にリリーがいた。
「リリー!」
ベッドの上で横たわっているリリーの体を揺する。反応がない。
「んにぃー……」
いや、ちょっとだけあった。意識が戻る気配はない。それでも、怪我をしている様子もない。苦しくもなさそう。よかった、心配なさそうだ。
そうと分かれば今すぐここから連れ出そうと、リリーを抱え起こそうとしたときだった。
「貴様、何をしている!」
兵士が走ってきた。
「それは我々のものだ!」
兵士はサーベルを抜くと、エルに向けて切りかかってきた。それをエルはナイフで受ける。
「人の命に、誰のものとかあるわけ無いでしょ」
忌々しい。
エルは相手のサーベルを上へ弾くと、その男の脇にナイフを、
「っ」
突き刺そうとするのを抑え、足に斬撃をお見舞いした。男がよろけたところに当て身をし、最後に上段蹴りをこめかみを叩き込んだ。流れるような一連の動きでまたたく間に大の男が昏倒してしまった。
「そこのお前! 止まれ!」
今度は反対側だ。銃を構えている。撃つ気満々だ。
エルはリリーをベッドから引きずり下ろすと、ベッドを倒して盾にし伏せた。直後、銃弾が地面を、ベッドの縁を、壁を叩いた。
流れ弾があちこちに四散すると、全く違う方向から悲鳴が聞こえた。
「うわぁ発砲だ! 撃ち返せ!」
「畜生撃たれた!」
「馬鹿野郎こっちは味方だ!」
釣られるように銃声があたりを包んだ。ありがたい。逃げるにはもってこいの状況だ。
エルはリリーを抱え、半ば這うようにして走り出した。
一旦、部屋の壁まで走り抜けて、リリーをおろした。
辺りの様子を伺った。爆発を聞きつけて、まもなく多くの兵士が集まってくるだろう。そうなると取るべき行動は……、今すぐここを離れるか、あるいは兵士がいなくなるまでどこかに身を潜めるか、だ。
意識の戻らないリリーの顔を見る。リリーの頬に、細い髪に、砂埃が付いてしまっていた。エルがそれを払ってあげようとしたが、自分の手がそれ以上に汚れていることに気づき、手を止めた。
こんな騒がしい場所は、リリーみたいな子供がいるべきところじゃない。早く離れよう。
エルが立ち上がってリリーを抱えようとしたときだった。
「見つけたぞ」
咄嗟のことだった。声が聞こえた瞬間、エルは両手でナイフを抜いた。激烈な衝撃がエルを襲った。どうにか吹っ飛ばされずに踏ん張る。
大尉がそこにいた。たった今振るった自身のハンマーを構え直しながら距離をとっていた。エルの額を冷や汗が流れる。
「いきなりなご挨拶ですね」
エルは自身のナイフをチラと見た。一本は完全にひん曲がっていた。手がしびれる。もろに受け止めすぎた。エルは曲がったナイフを放り捨て、新たな一本を引き抜いた。
「どの口が言うか。食えない輩め」
大尉は頬を流れる血を拭った。
「ち、私としたことが油断した」
あの奇襲に際して、エルは一撃を反撃することでさらなる追撃を防ぎ、リリーを守ったのだ。
「らしくねえじゃねえか大尉。まあいい。下がれ」
別の声が聞こえたかと思うと、砂埃の奥から、か細い男が姿を表した。准将と呼ばれていた男だった。准将は、ニヤリと笑うとエルに言った。
「よう旅人。こんな場所にいるのは一体どういうことだ?」
飄々とした言い方が耳に障る。力も実力もない人間が張る空虚な見栄の音だった。
「生憎ですが、僕も呼ばれた覚えがないので、連れと一緒に退散するところなんです。邪魔しないでください」
「ほざけ。それは俺のものだ」
またこれだ。思わずエルが奥歯を噛み締める。
「一人の女の子を、ものだとか、所有物みたいな言い方をして、こ癪に障る……」
准将は怪訝な顔をすると、
「お前、もしかしてその娘が何なのか知らないで連れ回していたのか?」
エルは何も答えなかった。すると、准将は腹を抱えて笑いだした。
「本当に知らねえのか! それは大したもんだ! そうかそうか、それで一緒にいたとは、いやあ、たまらないねえ」
人を小馬鹿にするような笑い方はひどく不快にさせるものだったが、それでもエルは表情を変えずにナイフを構えていた。それもそのはず、准将の後ろで、大尉が圧倒的な殺気を放ち、ハンマーを構え続けていたからだった。気が抜けない空気の中で、准将だけが浮いていた。
准将は息を整えてから、
「なら教えてやるよ、その娘をあの森から連れ出してくれた礼だ」
「准将、それは機密では」
間髪入れずに大尉が止めたが、
「気にするな大尉。元々何も知らねえやつだ。バラしたところでなんにも出来やしねえよ」
部屋のあたりでは、なおも技術者たちの慌てふためく喧騒が聞こえてくる。どこかの壁が崩れる音が響いた。
「なあ旅人、フュージョン・コアは見たことあるか」
「ありません」
エルは即答した。准将は満足げにうなずいた。
「そうだろうそうだろう。当然さ、あれはいわば人類の叡智の結晶、最後の希望、約束された栄光……! 国家に圧倒的なる栄華と繁栄をもたらす宝だ」
「エリスティン共和国、ルーカシア連合王国府、それにアルガス帝国で、それぞれ言われている言い伝えですね」
「ほう、感心するねえ。ただの旅人にしては博識じゃん。そうさ、フォーチュン・セルは、所有者に圧倒的な力を与える。今やこの世界にフォーチュン・セルは三つしか存在しない。それが三つの陣営に分かれている。そのため、この世界は三つ巴のパワーバランスが生まれている。だから、こんな平和も人情も希薄になっちまった世界であっても、すんでのところで保たれているってわけさ」
「ですが、コアはあくまで大きなエネルギーを生み出す存在でしかないと聞きます。その強大すぎるエネルギーを利用できるようにするには、フュージョン・セルに入れ込まないと意味がない」
言葉の裏を拾われた准将はつまらなさそうな顔をすると頭を掻いた。それから、
「そうさ。コアは誕生や仕組みまで、何もかもが謎だらけで、それを便利に利用するためにはセルが必要だ。エネルギーをセルに置き換えることで、どんなことにも使えるようになる。だが残念なことに、今やセルの開発技術ですら闇の中だ。今この世の中に存在するセルの全ては、使用方法がすでに決まっている“箱入り”ばかり。別の用途に転用する方法がてんでわかってねえ。そのおかげで、どこの国も、数少ないセルを壊しまい、奪われまいと戦々恐々さ。軍事利用もろくにままならない。」
「それとこれとで一体どうしてリリーを執拗に狙うことと関係があるんです」
「話のわからねえやつだなあ。何も俺たちは……といっても、どこの国の連中もそうだろうけどな。何も素直に、あるだけのセルを使い潰すことしかしてねえわけじゃねえ。新しいセルの開発や、“脱獄”してセルを他の用途に使えねえかって研究をしてるんだ。そのためにも、『なんにでも使えるセル』、つまりプロトタイプ・フォーチュン・セルの情報が欲しいわけさ」
「では__」
エルが、次に来る言葉を察して息をのんだ。そして、准将はニヤリと笑った。
「その娘は、原始のフォーチュン・セルだ」
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