少女の名前はリリー
第6話 少女の名前はリリー
気づけば、ずいぶんと流されていた事を知った。
谷の水を一心に集めていた川だったのだろうか、ずいぶん激しい流れだった。それでもあまり水を飲まずに済んだらしいのは不幸中の幸いだった。手がしびれている。酸欠の影響か。動かせそうだ。折れてはいない。
ぼんやりと考えている間に、自分が気を失っていて、そして川の縁に横たわっていることに気づいた。
飛び起きた。頭痛がした。脇には気を失ったままの少女がいて、そして女中が力なく倒れていた。
「大丈夫ですか!」
女中のもとへ駆け寄った。そしてその有様を見て息をのんだ。煤けていた衣服は、銃弾によって穴だらけだった。それは、無残の一言以上に表現しようがないほどだった。
これでは……。
女中は目を開き、ゆっくりとエルの姿を視界に捉えた。
「気がついたのですね……。無事そうで何よりです」
自身の悲惨さなど気づいていないかのような、淡々とした声だった。しかし、か細い。
「あなたのおかげですよ。……僕も、向こう見ずな行動に出てしまいました」
「いえ、あそこで……動揺を誘っていただいたおかげで、逃げ出すタイミングが掴めました。…………それにしても……、無関係なのに、手を貸していただけるとは……」
「悪い癖です。よく怒られました、長生きしないぞって」
気やすめな冗談だった。
「……あの男たちは一体何者だったんですか」
女中はその質問には答えず、右腕をゆっくりと持ち上げると沢の先を指出した。
「……そこの藪を抜けると、すぐに獣道に当たります。それをまっすぐ辿っていけば、半刻ほどで街道に抜けます。その先を目指してください。数日も歩けば新たな街にたどり着くでしょう。戻るのはおすすめしません。……連中は、飢えた獣のように執念深い」
そのとき、少女が目を覚ました。まるでぐっすり眠ったあとのような、気を失っていたとは思えない、どこか気の抜けた雰囲気の目覚めだった。そんな少女を見て、女中は微笑んだ。
突然見せた表情の変化に、エルは心底驚いた。
女中は続ける。
「この子は私の……いえ……、私たちの希望です……」
少女が体を起こした。眠気眼をしばしばさせると、
「……あれぇー、ここどこぉ……?」
右を見て、左を見て。そして、傷だらけの女中を見て、
「……穴だらけぇ。大丈夫ぅ?」
まるで他人事のような雰囲気だった。女中は、持ち上げていた腕を少女へ伸ばした。
「出来ることなら……、あなた…の未来を……、見……ていたかった。そしてあなたが……この……を……っ」
女中の手は少女に届かない。徐々に、言葉がかすれていく。エルに視線を移すと、
「手紙屋さん……。この子を、どうかお願いします」
はっきりと言った。伸ばした腕が地面へ落ち、それっきり動かなくなった。
「手紙屋さん……か」
エルが呟いた。頼まれてしまった。
少女は、いまだ不思議そうに女中をつついたり、ゆすったりしていた。
「ねえ、どうしたの? おねんね? つかれた? ねえ?」
その女中の胸元が鈍く光っている。
エルははっとなり、「ちょっとごめんね」と言って少女を退けると、女中の胸元をはだけさせた。
「まさか……」
そこに埋まっていたのは、フォーチュンセルだった。それが、最後の瞬きを見せるかのように眩く光ると、徐々に明かりを失っていき。
そして、消えた。
エルは、女中が撃たれた銃槍を探った。その内部は、金属でできていた。
「アーティファクトだったのか」
フォーチュンセルを動力源とする人型機械の総称だ。大昔に生産技術は失われてしまったと聞いている。実際に可動しているものを見るのははじめでだ。
いや、はじめてだった、というべきか。
エルは女中の衣服を整え直すと、少女へと向かった。
「ねえ、君の名前は?」
「んー? 名前?」
「そう。君の名前」
「んー? ん~……、あ」
小首をかしげ、大きくかしげさせて、くりくりとした目をパッと開いて、
「リリー。わたし、リリーって名前なの」
にぱっと笑顔になった。
「僕の名前は、エルだよ。エル・ホワイト。よろしく」
「よろしく、エル」
「よろしくね。それでリリー、突然のことで悪いけど、よく聞いてくれるかい?」
「うん」
「今、この女性から、君をよろしくってお願いされたんだ。」
「じょせー?」
「うん。だから、君を安全な場所まで連れて行くよ。こんな森のなかの小川のほとりで放っておくわけにはいかないからね」
「あんぜんなばしょ?」
「そう。とりあえず、近くの大きな街までだ」
「おうちは?」
「君のお家は……その、ちょっと戻れないかな。怖い人達がたくさん来たんだ」
「こわいひと……こわいひと……。そっかぁ」
しゅんとしたリリーの頭を、優しく撫でる。
「約束だ。君が安全だって思える場所まで、僕は君を守る。出会っていきなりだから不安かもしれないけど、この人にもお願いされたんだ。こんな僕だけど、いいかな?」
「あんぜん……まもる……。うん、うん。えっと、うん。おねがいします」
不思議な子だ。おとなしいし、どこか感情の起伏が緩い。まあ、ここでぐずられても大層困るわけだけども。
「さあいこう。そろそろ日も暮れるころだ。暖を取って休もっか。寒いかもしれないけど、もう少し移動するよ」
「うん」
エルはリリーに手を差し伸べ、ふたりは歩き出した。
ふたりの跡には、微笑みだけをうかべた機械人形が横たわっていた。
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