第5話 思いがけず乱戦突入
「女中が家を離れたぞ。今だ」
森の奥で、爆発が起きた。
森を振動が包む。鳥たちが驚いて一斉に飛び立った。その方向は、ちょうど向かおうとしていた家の方角だった。
爆発? 火薬なんてものがこんなところにあるのか?
エルが驚きを見せた以上に、驚いていたのは女中だった。
「私としたことがっ!」
その瞬間女中は走り出していた。エルのことなどもはや興味がないかのようだった。早い。人とは思えないほど早く森を駆け抜けていった。
エルは悩んだ。関係のないことだが、無視しちゃおうか? 帰れって言われたし?
そう思いながらも、エルもまた駆け出していた。こういうことを無視出来るような性分ではないことは自分がよく知っていた。
女中が走っていった後を追う。そんな中、爆発がもう一回、続けて小さな爆発音が連続して響いた。どうやらのっぴきならない状況のようだった。
視界の先が明るくなってきた。一度、近くの木に身を隠し、慎重に覗き込む。
件の家だ。それも半壊し、黒煙を上げている。それだけではない。真っ黒なマントを着た大勢の男が、銃を持って家を取り囲んでいる。
「うわぁ、銃なんて久しぶりに見た」
そして肝心なのが、その男たちの真ん中で、女中が大立ち回りを繰り広げているのだ。銃弾を避け、銃を持った男たちを素手でいなしている。多勢に無勢な状況で見事な立ち回りだった。だが焦りの表情が濃い。
マントの男のひとりが叫んだ。
「目標はこちらの手の中だ! 女中を足止めしろ!」
その片腕には、少女が抱えられていた。ぐったりとしている。気を失っているのか。
その少女の様子を見るやいなや、女中の雰囲気が一変した。
「その子に手を出すなぁーっ!」
女中は近くにいた男の首を掴むと、少女を抱えた男へ向かって投げつけた。なんて腕力だ。男が怯み、少女を手放した。
「誰でもいい! 目標を確保するんだ!」
「させるかぁ!」
少女の元へ駆け寄ろうとした女中を銃弾の嵐が襲う。そうしている間にマントのひとりが、少女を抱えて森へと走り抜けようとした。
森の木の陰に差し掛かろうとした時だった。
その男を、木の陰に潜んでいたエルが手頃な木の枝で殴りつけた。男は後頭部を強打され、うめき声をあげる間もなく混沌した。エルが少女を抱える。
「何者だ貴様ぁ!」
男のひとりが叫んだ。
しまった。エルは心の中で独りごちた。とっさに体が動いてしまった。
「こんな事してたら長生きできないって散々言われてたのに」
でも仕方ない。だって、こっちに向かって来てたんだもの。
エルは、少女をゆっくりと地面に降ろした。
「僕は通りすがりのものでして、その、あんまり暴力とかは良くないんじゃないかなと――」
「我々の邪魔をするなぁ!」
男のひとりが、銃床で殴りかかってきた。エルはすかさず左手で胸から小ぶりなナイフを抜いてそれをいなし、間髪入れずに右手で左肩から別のナイフを抜いて男の銃を真っ二つに切り裂いた。
「なっ!?」
ひるんだ男のみぞおちに蹴りを叩き込む。男はうめき声とともに崩れ落ちた。続けざまに他の男がサーベルで切りかかってきた。それを左手のナイフで受けたが、体格差が仇となり握っていたナイフが吹き飛ばされてしまう。
「もらったぁ!」
切り返してきた刃を右手で弾くと、左手で今度は右肩からナイフを抜き、男の腕を切りつけた。
「ぐぅっ!」
傷は浅く、それでも傷みのあまり男はサーベルを落とした。その男にエルは当て身をくらわせ、吹き飛ばした。
今度は別の二人がかりで襲いかかってくる。エルは相手の一振りを避ける。二撃目は来ない。すでに、男たちの喉元にはエルのナイフが突きつけられていた。
「は、早い……っ!」
エルは鋭い視線を二人へ交互に向ける。
「武器を置いてください。僕も、大切な一張羅を血で汚したくはありません」
これで少しは話し合いの余地が生まれると思いきや、
「距離を取れ! ありったけの鉛弾を食らわせてやるんだ!」
そういい、無数の銃口がエルに向けられた。味方ごとお構いなしといった様子だ。
「しまったこれはやばいかも」
エルが冷や汗を流したとき、女中が動き出した。一瞬でエルの元へ飛ぶと、エルと少女の二人を抱えて走り出した。
「うわ、僕抱えられてる! 恥ずかしい!」
だが今の女中は男たちに背中をさらしている。
「逃がすな撃て! この際目標の安否は構わん!」
男たちが女中にありったけの銃弾を浴びせた。女中は走り続けた。銃弾が木の幹を、枝を、葉を、女中を貫く。そして、女中は二人を抱えたまま崖を飛び森の中腹を流れる川に飛び込んだ。
「うわぁぁぁ」
流れが早い。上も下もわからなくなるほどもみくちゃになる。そして瞬く間に飲み込まれ、流されてしまった。
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