第3話 フォーチュン・セル
簡素な村だった。
近くの森から切り出してきたであろう木材で作られた家々が、軒を連ねている。土地は広くないが、緩やかな谷間を上手に利用していて、圧迫感はない。村を立ち上げた際の統治者が計画的で優秀な証拠だ。
村を散策することから始めていたエルだったが、その背中に声がかかった。
「なあ、そこのあんた! 今朝着いた郵便屋さんだろ? 一つやるからさ、食べてきな!」
焼き菓子屋の女主人が、一つご馳走してくれた。
「わぁ、いいんですか? ありがとうございます」
「いいのさ。それよりも、こっちもありがとうね、出稼ぎしている旦那から手紙が来たんだ。いつもよりも稼ぎがいいから、うんと土産を買ってきてくれるんだってさ。これはそのお礼だよ」
「へへ、そう言っていただけるのなら、謹んでお受けします」
そう断り、早速一口頂いた。出来たてのアツアツなだけあって、外はカリカリ、中はホクホクだった。
「この村には大したものもないからねえ。見ても面白いものもないでしょ?」
「そうでもないですよ。素敵な村です」
「ははは! お世辞でも嬉しいよ!」
もう一口かじる。少しだけ冷めたおかげで、甘さがほんのり感じられた。
「お話しついでに、一つ教えてもらってもいいですか? 僕、東の森を越えて来たんですよ。そこで──」
「ああ、あの森かい? 魔女でも見かけたのかい?」
「魔女?」
訳がわからずキョトンとした顔で聞き返すと、女主人は今日一番の笑い声を上げた。
「この村のおとぎ話だよ。あの森には魔女がいて、悪戯をした子供を懲らしめるってこと。どこにでもある話さね。ま、元々実りの多い森じゃないし、いい木材もないから、今となっては近づく人もいないんだけどね」
「あれ、木こりとかはいないんですか?」
「この村にはフォーチュン・セルがあるからね。薪なんて殆ど使わないし、エネルギーには事欠かないのさ」
エルは焼き菓子を喉につまらせかけた。
「フォーチュン・セルがあるんですか!?」
「といっても、随分と古いものよ。中央広場にあるから、よければ見てみるといいわ」
中央広場には噴水があった。流れる水にはいくつかの水車が設けられていて、あるものは脱穀機に、あるものは古ぼけた発電機につながっていた。こんなものでも村人全員の食料と電気をまかなえるということだろう。
その噴水の頂点に穏やかな光を放つ握りこぶし大の“それ”はあった。
「フォーチュン・セルだ……」
はるか昔に、世界を一変させた“遺物”だ。膨大なエネルギー貯蔵量と自由度の高いエネルギー変換能から、エネルギー問題をすべて解決した。
そして、文明は滅んだ。
簡単な話だ。生き物が何をするにも、エネルギーが必要だ。そしてそのエネルギーには限りがある。だから人が出来ることにも限りがあった。それがエネルギー保存の法則だ。そして、その制限が無くなった。そこから待ち構えていることは、悠々自適で平和な生活ではなく、際限のなくなった欲望だった。
その昔、エネルギー革命とかいう出来事が起きて、その結果起きたことが、さらなるエネルギーと資産の搾取だったそうな。理屈はそれと一緒で、ただ、それよりも“ちょっと”ひどい状況が起きたってわけで。
そして、文明は滅んだ。
結局、人はいつまで経っても変わらなかったのだ。そう、変われなかったのだ。
「動いているのを見るのは久しぶりだなぁ。しかもこんな辺鄙な村でなんて」
どこかくすんだ光を放っている様子を見るに、相当使い込んでいるようだ。エネルギー貯蔵量はそれほど残されていないのかもしれない。
「こんなのでも、頼るしかないよなあ。それしかないよなあ」
だから直接エネルギーを採取するのではなく、複数に代替変換して、少しずつ利用しているのだろう。姑息だが、賢い手段だ。
ぼーっと見ていて何かを忘れている事に気づいて、そしてそれを思い出した。
「そうだった魔女──っ!」
じゃなかった。
「そうだ木こり──っ」
そうでもなかった。
「いや魔女と木こりのことだよ」
ちゃんと思い出した。危ない危ない。
あの女主人が嘘を言っているとは思えない。動揺した様子からして、村長は何かを隠しているようだ。何を隠しているんだろう。さしずめ、村八分にされた住人が住み着いているとかそういうものだろう。あんまり村のしきたりとか、風習とか、そういったことに首を突っ込むべきではないのはわかっている。
でも、僕の仕事は手紙を届けることであって。そのためには書いてもらうことが必要で。そうでなくても、届けるものがあるかを確認しなくちゃいけないのだ。
「一応、聞きに行かなくちゃいけないよなあ」
出発と同時に行ってみるか。村長の言う通りあれが見間違いで、人がいないのであればそれでいい。
休めるうちに休むのも、旅では重要なことだ。今日はもう疲れた。とりあえず、今日は最低限の買い物だけに済ませておこう。探していたものを思い出す。
「いい具合の砥石が見つかればいいけど」
エルは、焼き菓子の包み紙をもてあそびながら、村長に伝えられていた宿へ向かった。
真夜中の森のなかに、人影が蠢いていた。
複数の影が、月明かりの届かない森の中で、目を光らせている。視線の先は、森のなかに寂しく佇む家に向けられていた。家は、森のなかで唯一月明かりを浴びていた。それが尚更、得も言えぬ寂しさを漂わせている。
「ついに見つけた……」
影の一つが感情を押し殺そうと必死だった。
「大尉に報告だ。これで、本国に栄光がもたらされるぞ」
肩章には、青い光を放つ牙を携えた虎が描かれていた。
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