第2話 歓迎

 村長の家に招かれ、椅子を勧められた上でお茶をもてなしてもらうと、村長は言った。

「ありがたい話です。えっとじゃの……」

「? ……あ、そうでした。申し遅れました。僕、エルといいます」

「これは失礼。エル殿、本当にありがたい話なのです。このような小さな村に、郵便屋がいらっしゃることなど、滅多にありませぬ。ワシが知る限りでも、あなたで三度目じゃ」

「僕の方こそ、ありがとうございます。このようなおもてなしまでいただいて。手紙屋冥利に尽きます」

 村長は自身の湯飲みを持つと、エルの正面に座った。

「道中、危険なことはありませんでしたかな? この村から外に出るものもそう多くはないゆえ、周囲がどうなっているのかそれほど詳しくないのですじゃ」

「そうですねえ……。前の村から三日ほど歩いてきましたが、野党に一度、獣に二度襲われたくらいでしょうか。いい臨時収入です」

 そういうと、エルは懐から簡単になめした毛皮を一切れ取り出した。ちょうど首に当たる、豊かな毛が携えられた部位だった。長は一瞬息をのむと、なるべく平静を装って、

「それはそれは、ご無事で何より……。とにかくゆっくりしていってくだされ。村のものにも伝えておきますゆえ、次の旅に必要な物資も、好きに揃えていただければええ」

「助かります。ですが、明日の昼には出発しようと思っています」

  エルはお茶を一口すすった。

「なんと、それほど早くに。もっと休まれてはいかがですか」

「歩くのには慣れています。それに、他にも手紙を待っている人がいますので」

「そうかも知れませぬが、せっかくこの村においでになられたからには――」

 そのとき、家の外から歓声が沸き上がった。

 見ろ! ノーマスの弟から手紙が来た!

 ムンの村に住む甥っ子からの手紙だ! 元気にしているらしい!

 孫が生まれたんですって! 今度連れてくるそうよ、あぁどうしましょう!

 それらの声を聞いて、思わずエルの口元が緩む。

「ですので、村のみなさんに、手紙は明日の朝までに用意してもらえるようにお伝えしてもらえますか?」

「心惜しいが……、承知しました。伝えておきましょう」

「ありがとうございます。……そうだ、森の家の人にも、お伝え下さい」

 お茶をすすろうとした村長の手が、僅かに止まった。

「何のことでしょう?」

「あれ? 途中の森のなかに、家が一件ありました。あそこもこの村の圏内なのでは?」

「……ああ、なるほど。そういうことですかな」

 ニッコリと微笑むと、

「あそこは木こり用のもので、冬の間しか使っておりませぬ。今は人は住んでいません。人が寄り付くこともしません」

「住んでいないんですか?」

「ええ」

 エルは眉をひそめた。

「ですか、人影を見かけましたよ?」

 村長は、手に持っていた湯呑を落とした。蒼白した表情で、唇をわなわなと震わせてている。

「まさか……っ! いや、まさかそんな……っ!」

 こぼれたお茶を、布巾で拭き取った。

「それはきっと……。そう、物の怪かなにかの類いでしょう。古い森です、得体のしれない獣がおるのやもしれません。私には、皆目見当がつきませんわい」

「そうですか」

 そう言われてしまうと、確かに、見えたのは一瞬だった。見間違いだったのかもしれない。

 だからといって、物の怪とは妙な例えだ。この文明すら枯れかけた時代に。

「とにかく、村人全員にお伝えておきましょうぞ。どうぞ、短い間ですが、ゆっくりと疲れをとってくだされ」

「ありがとうございます。早速、必要なものを物色させてもらおうと思います」

「ぜひともぜひとも。荷物は宿の方に運ばせておきます。それとですが、この村はそれほど警備のものが多いところではございませぬ。エル殿が村の外でなにか怪我をされては大変です。どうか、村の外には出ないようにしてくだされ。あなた方、郵便屋は人類の宝ですゆえ」

 エルは、無言で会釈をして、村長の家をあとにした。


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