リリーホワイト‐そうして僕は世界の終わりと旅をした‐
るどるふ
それは手紙を届ける仕事
第1話 次の村
「ほっ、っと……。ふう……」
小さな影が、丘を登っていた。
「意外と……長いなあ」
その背後には、緩やかな上り坂が長く長く続いていた。
「あんまり汗をかくと……、“手紙”が悪くなってしまうかも……けど……」
煤けた外套に包まれた顔立ちは、どこか幼さが残っている。額に流れる汗が、頬から顎へと伝っていった。
「もう少しで……」
間もなく、丘の頂上だった。
そして、頂上にたどり着いた。
「……っ。わぁ」
登ってきた分と同じくらい、なだらかに長く下り、緩い谷になっていた。谷の真ん中には川が流れ、その脇の一方に村が、もう一方の少し離れたところにはこんもりとした森が広がっていた。それ以外に目立ったものは見当たらない。つまり、見晴らしは最高。
「ようし、も少しだ」
その人物は、笑みを作ると、丘を下りだした。
その足がようやく下りに乗ってきたその途中、
「あれは……」
丘に半分埋まるようにして、錆にまみれた車のフレームと、半壊して錆にまみれた車と、大きな謎の機械が吹きさらしになっていた。
その人物は、近くに転がる小石を拾うと、身をかがめたまま機械のほうへ放り投げた。カラン、コロンと乾いた金属音が、風の流れる音に乗ってきただけだった。
少しだけ安堵した表情で、まずは車に、そのあと機械に近づく。どれもが、ごてごてした部品が詰まっていたであろう空間が空虚に包まれ、なんならぺんぺん草が生えている状況に悲しい表情を浮かべた。何者かに中身を抜き取られて数十年は経っている気配だった。
「ま、金属じゃあ重くて持っていけないか……」
金目の物探しだったようだ。
そうして気を取り直して再び丘を下り始めた。
わずかに吹く風が、額の汗を、外套に篭もる湿気をあっという間に払ってくれた。足取りは軽い。気分もいい。
道は、森のなかに続いていた。その人物も森に入っていく。
大きさに対して、随分と古い森だということがわかった。鬱蒼としている。下草はそれほどなく、大小様々な大きさの樹木が入り混じっている。ものによっては相当な老木で、大樹だった。
「これはすごい」
素直に感嘆の声を上げた。これほど守られた森は、そうそうないということを知っていた。
ふと、目に止まったものがあった。
森のなかに、ぽっかりと光の指す場所があった。簡素な家が建っている。そのそばには小さな小川が流れていた。
妙だった。近くに村があるのにも関わらず、こんな森のなかに一件だけだ。木こりの家だろうか。
だが、立て続けに妙なものを見ることになった。
小川の脇、日の当たる場所、花が綺麗に咲く人場所に、影があった。思わず足を止める。
「女の子……?」
それを確かめようと目を細めたが、そのときには、影はなくなっていた。
怪訝な表情を携えて、その人物は再び歩き出した。
やがて、森を越えた。
視界が一気にひらける。もう村は目の前だ。
森の手前には、畑が広がっていた。畑の脇では、家畜が悠々自適に草を食んでいた。
「おぅーい、旅のものかい?」
呼び止める声が響いた。顔を上げる。老夫婦が畑を耕していた。
「はい! 手紙を持ってきました!」
よく通る声で返した。それを聞いた老夫婦が、ぎょっとした顔をした。
「ば、ばあさん! 大変だ手紙屋さんが来たぞ!」
「ど、どうしましょ! 村のみんなに知らせなきゃ!」
「そうだそうしなくてはならん!」
老夫婦は、持っていたクワを放り投げて村へと走っていった。
「しまった……これは大変なことになるぞ」
額に今までとは異なる汗を浮かべて、それでも歩みを進めた。
よく使われる道らしく、しっかりと踏み固められていて、歩きやすい。おまけに平坦だ。すぐに村に着いた。
すぐ着いたにも関わらずだった。
村の入口の広場にたどり着いた途端、歓声雨やられに包まれた。
「手紙屋さん、ようこそ!」
「よく来てくれたね! 歓迎するよ!」
「どうかゆっくりしていってくれ!」
来られる村人は全員、という勢いだ。そしてもちろんこの理由を知っている。
外套の中に背負っていた背嚢を降ろすと、
「皆さん、手紙を届けに来ました」
その言葉を聞くやいなや、広場は一層の歓声に包まれた。
「どこの村からだい! ノーマス村か、オルコ谷か、それともミミルトの街かい!」
「東の村にいる息子が手紙を送ると言っていたんだ、早く見せてくれ!」
あまりの熱量に困惑する。
「ええっと、その前に……、郵便局やそれに準ずるところはありませんか? ないのであれば、この村の代表の方をお願いします。その人に、手紙をお願いしたいです」
そう言うと、人混みを割って一人の老人が現れた。
「ワシが、この村の村長ですじゃ。郵便屋さん、その手紙の責任、受け取ってもよろしいですかな?」
「はい、お願いします」
「ではこちらに。落ち着けるところへご案内します」
「助かります」
お礼を言うと、先導を受けながら、人混みを割って進んでいった。
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