ふわふわ
「父さんと母さんがどういう出会いだったかあたしは知らないんだ」
そうロンは話し出した。
「昔、あたしが生まれてすぐ父さんと母さんは別々に暮らし始めた。魔族である母さんが一緒だとあたしと父さんが村の中で暮らせないからって。でもやっぱり最初はかなり敬遠されてたみたいだ。それでも父さんは村の中で人手が必要な時は必ず手を出して困ってる人に親切にして、その分自分が子育てで困ったら相談して回ったらしい。母さんも父さんを通して村に不足しがちな薬草や果物を提供することで、あたしが物心つくころには普通に村の中に溶け込んでいた。同じくらいの年頃の友達もいたし、年上の姉さん兄さんたちからも普通に可愛がってもらってさ。半魔で体力は他の子らよりもあったから農作業の手伝いとかもしておっちゃんおばちゃんとかからも良くしてもらってたよ。全部父さんと母さんのお陰なんだけどさ。二人ともあたしがどこででも生きて行けるようにってたくさんのことを教えてくれたんだ」
ロンは誇らしげに語る。私も彼女の両親はちゃんとした人たちだったのだと折に触れて思う。ちょっとした礼儀作法や生活の上での常識と呼ばれる知識をロンはきちんと持っている。たまに抜けることがあっても指摘すればすぐに覚える。これは両親の教育の賜物だろう。本人は多少ずぼらで最初のころは衛生面での管理を面倒くさがることもあったけど今ではぬからない。
「普段はさ父さんと住んでたんだ。父さんは普段は畑を耕してて寒い時期だと狩りに行ったりもしてたかな。そういう時は母さんも手伝ってたみたいだった。畑仕事の合間に字の読み書きを教わってたんだ。だからここに来てからも図書館で本が読めて嬉しい。難しい字はエメやガスパルも教えてくれるしな」
それから、とロンは一息ついて続ける。
「母さんとはたまに村の外で会ってた。母さんと会う日は午前中に家のことや手伝いなんかを全部済ませて、午後一杯村の近くの森で一緒に過ごした。なにか特別なことをするわけじゃないんだ。二人で切り株に座って果物や焼き菓子を食べながらのんびり話すだけだ。でもその時間がすごく好きだった。母さんがしてきた旅の話や他の魔物との縄張り争い、たまに父さんの良いところとかぽろっと言っててさ。嬉しかったんだ、そういう話聞くの」
ロンは嬉しそうな顔で遠くを見ていた。きっと彼女の目には在りし日の両親が見えているのだろう。彼女は元々感情がはっきりしているし嬉しいときも怒っているときも、それをはっきりと表に出していた。それでもこんな優しい顔は珍しかった。私には少し眩しいかもしれない。
「でも母さんは殺された」
そんなロンの表情が一気に曇った。
「村に魔物を専門とする狩人のグループが来てさ。ちょうどあたしが母さんと約束していた日だったんだ。母さんに会いに家を出たらもう母さんは殺されてた。あたしが母さんに駆け寄ったらあいつらは何か言ってたけど、何言ってたのかなんてわからない。だってあいつらはあたしに手を出す前に殺されちゃったからさ」
語り口は淡々としているけれど、彼女の表情は険しかった。何かを我慢しているみたいに。
「母さんが殺されたのを察知した母さんの仲間がね、『裏切ったな』ってあたし以外の村にいた人間全部殺しちゃったんだ。狩人も村人も父さんも。母さんの仲間たちはあたしの顔を見て『かわいそうに』って言ってた。でも一緒には連れていけないとも。魔族は違う生き物を受け入れられないってさ。一人だけ最後に『ごめんね』って頭を撫でて、それで誰もいなくなった。その後はアデールも知っている通りだ。いきなり村が滅ぼされたから、気付いた近くの村の人たちが国に通報したらしいね。それで王国軍が調査に来てあたしは拾われたわけ」
ロンは最後はあっけらかんと話していたけど、悲しい話だった。私がやるせなくてしょんぼりしてしまう。辛いのはロンなのに。
「でもさ」
明るい声で彼女は続けた。
「アデールが魔王様のことこれからも好きって言ってたから、あたしもそう思うことにしたんだ。お別れも何もあったもんじゃなかったけど、それでもあたしはずっとずっと父さんと母さんのことが大好きなんだよ。これからもさ。もちろん置いていかれたことを何とも思わないわけじゃないけど、それでもそれはそれとして、あたしの大事な二人なんだ」
そっか、としか言えない。するとロンが笑って言った。
「アデールがそんな顔するなよ。これでもあたしはここに来れて良かったって思ってるんだからさ。エティエンヌ王やニコラがアデールを選んでくれたのは正解だったと思うよ。美味しいもの食べさせてもらって、きちんとした生活を出来ている。それってきっと父さんと母さんがあたしにしてほしいと思ってたことだからさ」
「それが、できてるなら良かったよ」
なんとか笑ってそう言った。まだほんの十数年しか生きていない彼女に私はこれからなにを渡せるだろうか。なにを託せるだろうか。彼女の両親程立派なものを残せる気がしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます