ロンに乞われてアルテュールとの思い出を語る。手元には少し前にロンがくれた栞があって少し褪せた緑に覚えがあった。

「私は元々かなり田舎の出身なの。そこでのんびり家畜の世話をしたり、寒い時期には裁縫をしたりしていてね。田舎だからとくに娯楽もなかったわ。だけど田舎だからこそ、そこに代々伝わる呪術があってね。それの適性が私はすごく高かったから習っていたの。それが私の魔法使いとしての基礎になっているのね。そんな長閑な日々に変化が訪れたのは彼、アルテュールが現れてからよ」

 まだ私がうら若きころ、それこそロンと同じくらいの年頃の時。その日もなんて事のない一日だった。朝起きて家畜の世話をし畑の手入れをして朝ごはんを食べる。午前中に魔術を習って昼ごはんを食べた後に出会いがあった。村の近くの森に薬草を摘みに行ったら男性が倒れていたのだ。びっくりしつつも習ったばかりの回復魔法をかけると男性はゆっくりと目を開ける。そこで気付いた。彼の肌の浅黒さに。

「んん……ここは……」

「ひっ」

 男性はのそのそと起き上がる。座った状態でも私よりかなり大柄なのがわかる。彼は辺りを見回し、私に目を止めて首をかしげた。それから表情を緩ませた。

「君が助けてくれたのかい?」

「そ、そういうつもりじゃ」

「そう? でもありがとう。助かったよ」

 彼の目は鈍い赤で肌の色も併せて人間ではない証だった。魔族だ。不味い、殺される。その覚悟はしかし一瞬で霧散する。その魔族の男性は私に向かって緩やかにほほ笑んだのだ。

「すまないけど水をくれないか? 喉が渇いちゃって」

「え、はい。どうぞ」

「ありがとう」

 ……優しい笑顔だった。彼は渡した水筒の水を一気に飲み干すと、もう一度礼を言う。なんか思ってたのと違うなあ。調子が狂う。

「君の名は?」

「アデール」

「俺はアルテュール。助けてくれてありがとう。落ち着いたらちゃんとお礼をするよ。今は急いでるからこれにて失礼」

 そして彼、アルテュールは去って行った。その後は呆然とするしかなくて薬草もほとんど摘めずに帰途に就いた。

 そしてその言葉通りアルテュールは数日後に私を訪ねてきて、村は騒然となった。突然魔族が村娘を指名して訪ねてきたのですものだから危うく生贄として奉られそうになったのは今思い出しても笑える。

「アデール! 良かった会えて。すまないねいきなり」

「な、本当に来たんですか……」

 友人らが物凄い遠巻きに見ているし、それどころか老若男女問わず遠巻きに囲まれている。アルテュールはこの視線が気にならないのだろうか。

「これを先日の礼に持ってきた。受け取ってくれると嬉しい」

「これは……」

 差し出されたのはドライフラワーにされた花束だった。わずかに魔術の気配がある。

「ああ、気付いたんだね。大丈夫。怪しい術じゃない。ほんの魔除けだ。確認できるかい?」

「そう、みたいね。すごくいい香りがする」

「香油に浸してあるんだ。君の気にいるといいのだけど」

「好きな香りです。ありがとうございます」

 そうお礼を述べるとアルテュールは嬉しそうに微笑んだ。先日会ったときにも思ったけれど彼は背が高く、体格もいい。まるでクマみたいだ。なのに表情は柔らかくて魔族の者とは思えない。

「迷惑でなければ、なんだけど」

「なんでしょうか」

「たまに会いに来てもいいだろうか?」

「え」

「どうも君の顔を見ると元気になるから」

「な」

 それじゃあ、今回はこれで。そう言って彼は私の返事を待たずに去って行った。友人や村人が一気に駆け寄ってくる。事情を説明すると怒り出す人もいたし叱られもした。もらった花束は取り上げられそうになったけど、それは断固拒否をした。かかっている術の安否は村一番の呪術の使い手である人に確認してもらって、問題なしとお墨付きをもらい、私はそれを大切に部屋に飾った。

「実物はもうないのだけどね」

「そうなのか」

 ロンが不思議そうに尋ねる。大事なものなに紛失してしまっていることが疑問なのだろう。

「あの人が亡くなった時にね、一緒に燃えちゃったのよ」

「燃えた?」

 たぶん、そういう術がかかっていたのだろう。彼の命と連動させるような魔術が。彼に何かあったらわかるようにと。

「……魔王様はロマンチストだな」

「そうなのよ。来るたびにそういう品を送ってよこすから、すぐに村の人たちも警戒しなくなっちゃった」

 そうして私たちは魔族と人間の共存の可能性について考え始めたのだ。まだそのとき私はアルテュールが魔王であることを知らなかった。だから彼と語った魔族と人間の共存については絵空事だと思ってた。でも彼は本気だった。

「本当にアデールは魔王様のこと好きだったんだなあ」

「ええ大好きよ。今だってこれからだってずっとずっと好きなのよ」

「あたしもきっとそうだ。父さんのことも母さんのことも大好きだった。いなくなったってずっとずっと大好きなんだ」

 ロンはそう言って遠くを見た。

 

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