08話.[しれないけどね]

「望、一緒に帰ろー」

「あ、ごめん、今日は用事があるんだ」

「そうなんだ、それなら仕方がないね」


 昨日のお昼後から様子がおかしい。

 誘うと急によそよそしい態度になる。

 あれだけ甘えてきていた望にしてはおかしすぎた。

 それとも、もう叶わないことだから私といるのをやめたとか?

 もしそうならかなり悲しいな、だってそれとこれとは別じゃん。

 友達としていたいと考えるのはわがままなことなのかな。


「帰らないんですか?」

「あ、瞑は帰らないの?」

「急いで帰っても誰もいないので」


 そういえばひとり暮らしだって言っていたか。

 両親に厳しく対応されて、違う家に住まされて。

 もしそんなことになったら私だったらまず間違いなく泣くと思う。

 自分も同性である芽衣ちゃんが好きだからおかしいとは思えないのだ。

 わざわざ引っ越さなくちゃいけないぐらい騒がれることじゃないと思うけど。


「どうせなら一緒に残らない?」

「私で良ければ」

「うん、残っていこうよ」


 芽衣ちゃんは望と出ていってしまったから早く帰っても意味ないし。


「瞑はさ、両親のこと……」

「嫌いではありませんよ、お金を出してくれている時点で感謝しかないです」

「大人なんだね、そんな隔離みたいなことされたらさー」

「生活してみてひとりで頑張るのもいいかもと思えました」


 家事に学校に、学校が終わったら会社と家事に。

 休める時間がなくなるなんてそんな大袈裟なことは言えないけど、それでも実家住みと違って言ってしまえば面倒くさいと感じるようなことをしなければならないわけだ。

 しかも体調を悪くした際なんかにはひとりで寂しさや辛さを乗り越えなければならない。

 逆にいまの状態は両親に甘えすぎなんだろうか、将来のためにも体験しておくべきなのかな?


「それに学校に行けば千晴さんたちがいてくれますから」

「うっ、私だけ瞑になにもいいことができてない……」


 それどころか1番最初に疑った悪い人間でもあった。

 たまたま被っただけなのに狙ってしている! とかって思考をしていたもんなあと。


「そんなことありませんよ、お泊り会に誘ってくれたじゃないですか。本当だったら望さんと芽衣さんがいてくれれば十分でしたよね?」

「ごめん、仲間外れにするのは嫌だと思ったから誘わせてもらったんだ。あ、でも勘違いしないでよ? 別に偉ぶろうとしているわけでもないし、瞑と仲良くしたいと考えていたのは本当のことなんだからさ」


 あの状況で自分だけ誘われなかったら軽くどころかかなり凹むはずだ。

 私たち3人だけで常に関わってきたならともかく、瞑とだって一緒にいたんだから。


「え、なにその顔」

「ふふ、優しいんですね」

「ちょ、やめてよ、自分勝手な人間にそれを言うのは逆効果だよ」


 そんなに柔らかい表情を浮かべられたらどうしようもなくなる。

 なんか先程まであったもやもやもどこかに吹き飛んでしまったし。

 仮に望と芽衣ちゃんがそういう関係でもいいとすら思えてきた。


「私が瞑の地元に行ったら大問題だね」

「いえ、千晴さんならもっと上手く対応できたと思います」

「買いかぶり過ぎ、すぐに凹んで不登校になってたよ」


 両親は周りからの意見を気にしすぎず留まり続けるだろうけど。

 最近はSNSもあるしすぐに拡散されるからなあ。


「瞑はすごいよ、強いよ」

「ありがとうございます」


 なんだろう、自分を貫けていて格好いいというか。

 私なんかすぐに意見がころころ変わって関わってくれる人も面倒くさいと思う。

 なるべく迷惑をかけないようにと意識していても実際はなにかしらしでかしているだろうし。

 だから私も瞑みたいになりたい。

 誰かの真似をしたところで意味もなく終わることも多いけど努力は忘れたくないから。


「瞑の家に行ってもいい?」

「いいですよ、それならいまから行きましょうか」


 彼女は立ち上がりつつ「あまり遅くになると危ないですからね」と重ねて。

 確かにそうだ、夜に出歩くのは普通に寒かったりとかもあるからあまりしたくない。

 それなら早く移動して、早く堪能して、早く帰ればいい。


「ここですね」

「お、近いんだね」


 外装が綺麗だ、最近できた建物なのかもしれない。

 家賃はどれぐらいかかっているんだろう、これなら6万以上しそうだけど。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 んー、ひとり暮らしだったらこれぐらいの広さで十分なのだろうか?

 広すぎても掃除の手が行き届かなくなるからいいのかな。


「なんかいい匂いがする」

「それは芳香剤の匂いですね」


 過剰過ぎずいい感じだった。

 いると落ち着ける、多分こんなのがなくてもいい匂いだろうけど。


「でもあれだね、キッチンがここというのは臭いの問題もね」

「そうですね、臭いの強い料理を作ると残りますからね」


 開いていたからわかったけどお風呂とトイレが一緒というのも大変そうだ。

 そう考えると大きな一軒家って恵まれているんだな。

 それを当たり前のように維持できている両親には感謝しなければ――じゃなくて、自分の環境が如何に素晴らしいのかを確認するために来たわけじゃない。本当に嫌な人間だな自分は……。


「ねえ、望と芽衣ちゃんってさいい感じ、じゃない?」

「そうですか? 私にはただの友達同士にしか見えませんけど」


 あのときのあれだって望と仲良くしているのがむかついただけなのかも。

 だから馬鹿と言った、そう考えれば辻褄も合うような。

 お泊り会をしたのにそのメインを独占してしまっていたんだからね。


「こそこそとしているところが怪しい! だって私が行くと露骨に避けようとするし」

「色々とあるんじゃないですか?」

「そうかなあ……」


 もし仮にその色々があったら嫌われているということじゃないか。

 もしそうなら好きだと言ってくれていたのはなんだったのかということになる。

 嘘なのだとしたら付き合って廊下で冷えながら寝た自分が馬鹿になってしまう。


「あ、ごめん、あんまり長居したら落ち着かないよね」

「いえ、別に構いませんけど」

「いやいいって、もう帰るから安心してよ」


 色々な冷えた感情が内にあって落ち着かないのは自分だった。

 素直に応援なんてできるわけがない。

 それならあの日に戻って泊まらないことを選択する。

 そうすれば色々と変化が起こってキスすることもなくなっていただろう。

 そう、それさえなければただの友達でいられたのだ。


「千晴さんっ」

「なに?」

「まだいてください」


 今度はなんでそんなに寂しそうな顔で頼んでくるのか。

 断ったら絶対に悲しそうな顔になるに決まっている。

 彼女は卑怯だ、こんなの断れるわけがないじゃないか。


「ご飯を作るので食べていってください」

「わかった」


 誰かと夜ご飯を食べるということを目標にしていたのかもしれない。

 いきなり家にはひとりという状態になったら誰でも寂しいから。

 それでも昔のことがあるから気軽に誘うこともできず――ってこれは妄想か。

 実際の彼女は表面上だけかもしれないけど強かった、そして嫌な子でもない。

 怖いのはほぼ初対面で評価が決まってしまうということだろうか。

 私だって同じ見方を続けていたらまだ裏があると疑っていただろうし……。


「最初ね、瞑のこと疑っちゃったんだ」

「そうだったんですか?」

「うん、わざと芽衣ちゃんと仲良くするのを邪魔していたのかと思った」

「そんなことしませんよ、芽衣さんとそういうつもりでいるわけではないと最初にも説明していたはずなんですけどね」

「だからごめん! 謝ってももうしょうがないけど、ごめん!」


 自分中心にしか考えられないからこうなる。

 もっと気をつけなければならなさそうだ。

 もっとも、もう遅いかもしれないけどね。

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