07話.[そうなんだよね]
「え、まだ付き合ってないの?」
「うん、実はそうなんだよね」
月曜日、一緒にお昼ご飯を食べながら望に説明していた。
「キスまでしておきながら付き合うことはしないって……」
確かにそこが気になるところだ。
私が自分を慰めるためにしたあの1回だけならともかく、芽衣ちゃんからもあんなにしてくれたというのになにが不満なんだろうか。
芽衣ちゃんが帰るまでは「キスもできたし付き合えるんだ!」としか考えていなかった自分。
が、帰るときに現実を突きつけてくれたということになる。
「まあでも、千晴が勇気を出せて良かったけどね」
「愛ちゃんにも頑張るって言っちゃったからね」
あそこでなにもせずに手を繋ぐだけで終わるのは駄目だったのだ。
しかもあんなに大人な対応をしてくれたんだからこちらも応える必要があった。
で、結果はキスはできたものの恋人同士というわけではないところで止まっている。
「でもさ、千晴を好きな人間としては複雑なんですが」
「それはどうしようもないよ」
「んー、卵焼きちょうだい」
「どうぞ」
まだその時期じゃないとか言っていたけどじゃあいつならいいんだろう。
高校を卒業してからとか? その場合は遠すぎて精神がイカれそうだ。
だってその間もふわふわとした距離感のままいなければならないから。
彼女はその間もたくさんの人に囲まれて生活するだろうからもやもやも増す。
時間が経過すればするほど瞑だって彼女のことを好きになるかもしれない。
「はい、これキスね」
「別に間接キスぐらいでわーわー言わないよ」
「くっ、経験者だからって調子に乗っていますねっ」
それどころか逆にキスがなかった方が良かったんじゃないかって考えているよ。
普通はキスできれば進展することだと思うけどね。
本当はただのキス魔で相手は誰でも良かったとか?
それっぽいことを言ってくれているけど、好きだとは言われたことないもんなあ。
「私だったらいますぐにでも愛してあげるよ」
「本当にね、断らせてもらったのにこれじゃあね」
けどいまさらやっぱり望にするなんて言えない。
そんなことをしたら最低最悪人間になってしまう。
だからありがとうと言って残りを食べることに専念した。
どうすればいいのかなんて考えたところでわからない。
結局動かなければならないのは芽衣ちゃんだし、芽衣ちゃんにその気がなければ意味のない話だから。
「望、ちょっと」
「ん? 千晴じゃなくて私なの?」
「ええ、千晴に用は一切ないわ」
わざわざそんな言い方をする必要ある? ないわ、だけでいいのにさ。
もし望のことが好きだと言ってきたら応援しよう。
もちろん内にあるどうしようもないぐらいの複雑さを片付けるのは大変だろうけど。
「ここ、失礼しますね」
「ようこそ」
もうひとりの瞑は凄く落ち着いていた。
余計な一言を足して傷つけるなんてこともしてこない。
「唐突ですけど、千晴さんってどういう物が好きですか?」
「どういう物と急に聞かれてもね……」
いま欲しいのは移動が楽になる自転車かもしれない。
けど、それなりの物を求めると数万円になってしまうからなかなか買えずにいる。
安物買いの銭失いと言うし、ある程度出しておいた方が後々問題にもならないだろうからね。
いや待て、どういう物が好きかと聞かれているだけで欲しい物とは言ってないよね瞑は。
「宝箱の缶ケースとか好きだけどね」
あまり雑貨屋さんとかも行かないから適当に挙げてみた。
そう考えるとあまり女子力がないというか、そういう可愛い系の物を好まないというか。
あまり無駄遣いしないということでいいのかな?
「なるほど、それを貰えたら嬉しいですか?」
「扱いに困るような物でなければくれたらなんでも喜ぶよ」
家族以外からなにかを貰えたら嬉しい。
別に無理してくれなくても良かった、その子が友達なら一緒にいられるだけで十分だから。
「大切なのはその物の価値ではなくてその人の気持ちだと思うんだ」
「確かに自分のことを考えて相手の方がなにかをしてくれたら嬉しいですよね」
「うん。でも、だからこそ無理してほしくないって考えるかな」
どんな値段であれ、かけた時間であれ、相手がなにかを消費していることには変わらない。
あと、無闇矢鱈に高い物だったりするとお返しするときに大変になるから。
あとはその相手の人と会う度に余計なことを気にして通常時みたいにいられないだろうから。
「それより急になんで?」
「仲良くしたいって言ってくれたじゃないですか、私も千晴さんのことが知りたくて」
「なるほどね、私は猫が好きだよ」
「そうなんですか? 私はわんちゃんの方が好きです」
「みんなそういうところは違うからね、それでいいね」
その際に相手の好みを否定してしまう人もいるから気をつけないと。
下手をすると自分も染まりかねない、押しつけはしないように意識しよう。
「ただいまー、あ、そこに勝手に座ってー」
「そもそも望さんの席ではないですからね」
「確かにっ」
芽衣ちゃんはこちらに来ることなく席に戻っていた。
先程の態度といい、気になるところばかりで複雑だった。
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