06話.[吐き出すことは]
「千晴ー」
「おはよー」
望は朝から元気いっぱいだから一緒にいると楽しい。
私も相手に話しかけるときにこうしてにこっとできればいいんだけどと内で呟く。
「どーん!」
「わっ、ひとつの椅子にふたりは無理だってっ」
「いけるいけるっ」
それは私がかなり端まで寄れば、左側のお尻を空中にという努力があるからだ。
「うーん……」
「でしょ?」
「いいのー、ぎゅー」
そんなに必死に腕を抱くぐらいなら無理に座るのをやめればいいのに。
地味に筋力が試されているから筋トレになっていいのかもしれないけどさ。
「ねえ千晴、今日家に来てよ」
「ん? 元々愛ちゃんと過ごすために行くけど」
「嘘つき、昨日は家に連れ込んでたじゃん」
「語弊がある……」
あれは愛ちゃんが行きたいと言ったから連れて行っただけ。
それなのにいきなり望が現れたりすると心臓に悪いから青木家に行く方がいい。
それにあんまり小学生の子を連れて色々なところに行くのもあれだし。
もしかしたら友達の妹だと言っても信じて貰えないかもしれないし。
「ついでに泊まっていって」
「え、それなら家に一旦帰らないといけないじゃん」
「帰るのも駄目、裏で芽衣に会いそうだから」
なんか今日はぐいぐいくるなあ。
もしかして芽衣ちゃんと仲良くしてほしくないとか?
流石にそればかりは聞けないことなので我慢してもらうしかない。
アピールするしないは置いておくとして、私は芽衣ちゃんのことが好きだから。
「いいでしょ?」
「はぁ、それならコンビニで下着を買わないと」
自宅が近くにあるのに本当に馬鹿らしいけど。
なんか生理的にお風呂に入った後に履いていたパンツを履くのは嫌だった。
秋だから、汗をあまりかかないから――そうはいっても場所が場所だから。
「それなら今日は一緒に帰らないと――」
「千晴好きー!」
「わぷっ」
今日は過剰すぎる。
ただ家に行って泊まるというだけでなんだこれは。
でも、愛ちゃんと一緒で望は暖かいな。
「随分と仲がいいのね」
「あ、芽衣おはよー」
「ええ、おはよう」
これは不可抗力だと理解してもらうために両手を上げておく。
こちらからは抱きしめてないから、決してやましいことはないからと。
「それより千晴が望の家に泊まるという話が聞こえてきたのだけれど」
「うん、今日千晴は私の家に泊まるよ、しかも自分の意思で」
無理やり言わせたようなものじゃないか。
望は基本的にはいい子だけどちょっと周りを振り回すところがあるようだ。
芽衣ちゃんが冷静に対応してくれているからまだいいけど。
「それなら私も行くわ」
「だーめ、芽衣が来たら意味なくなるから」
「あら、差別は良くないわね」
「だって芽衣が来たら千晴が取られちゃうもん」
そんなことにはならない、と自信を持って言えないところがなんとも。
それでも愛ちゃんと一緒にいる約束だから酷いことにはならないと約束できる。
流石に少しは空気というやつを読めるのだ。
「大丈夫よ、だって自分の意思で千晴は泊まることを選んだのでしょう?」
「う……」
「そうよね?」
「わ、わかったよ! 来ればいいじゃん!」
「ふふ、ありがとう、私も愛ちゃんにまた会いたかったのよ」
正直に言えば早く自分の席に戻ってほしい。
が、全然戻ろうとはしてくれなかったから大杉さんのところに行くことに。
「大杉さん」
「おはようございます」
「おはよ。あ、でさ、大杉さんも来てよ」
「いいんですか? 私が行っても」
「うん、大丈夫! というか来てくれるとありがたいかな」
仲間外れにするみたいで嫌だったから誘ってみた。
あと、どうせ今度遊ぶのならもっと仲良くしておきたい。
あのときとは違うことが聞けるかもしれないから。
もし芽衣ちゃんのことが好きになっていたら応援するつもりだ。
「ねえ、瞑って呼んでいい?」
「でも、被ってしまうんじゃ……」
「じゃあ、めいめいで」
「ふふ、どうぞ」
よし、今日は瞑ちゃんと特に一緒にいてみよう。
「どーん」
「わっ」
「へへ、ごめんね、めいめいと仲良くしたくて」
うぐっ……こ、これ、かなり疲れるぞ。
ほとんど空気椅子状態のようなものだ。
「いきなりどうしたんですか? 芽衣さんといなくていいんですか?」
「いま芽衣ちゃんのことはいいの、めいめいと仲良くしたいんだから」
「それなら千晴さんって呼んでもいいですか?」
「うん、どうぞ!」
本当は正直なところを聞きたい、だけどそれはいまじゃない。
それは温かいご飯を食べて、温かいお風呂に入った後からでも遅くはないだろう。
「千晴さん」
「めいめい」
結局、疑っていたようなことはなかった。
別に邪魔しようとしていたことなんてなかったのだ。
たまたま日曜日に被ったりしただけでね。
「千晴さん」
「なに?」
ちょっと距離感が近すぎただろうか。
中にはこういうのを嫌う人もいるから難しい。
「それ、辛くないですか?」
「うん、辛い」
だから少し安心した、拒絶されなくて良かった。
SHRまでの時間ももう終わろうとしているから戻ろうか。
瞑を誘うということはできたからなにも問題はない。
今日のお泊り会は楽しくなりそうだった。
「でさ、芽衣がさ」
「あら、それは当然の反応よ」
……なんだろうこの状況。
背後からは望がほとんど抱きしめるようにしてきていて。
正面の足の上には小さいふわふわな愛ちゃんが座っていて。
横には芽衣ちゃんが転がっていて。
瞑は何故か私の右手を握ってきていて。
「望、これはどういう……」
「え、千晴包囲網だけど」
もう夜ご飯も食べた、お風呂にも入った。
私の予定では夜風にあたりながら瞑といっぱい話している時間なのに。
というか今日は望のスキンシップが激しすぎる。
あの後の休み時間だってすぐに抱きついてきたり頭を撫でてきたりしたし。
「私、めいめいとちょっと歩いてくる」
「え、なんでめいめいだけ?」
「女子トークをするためだよ、愛ちゃん」
「ん、気をつけて」
「ありがとう」
ちょうど右手を握られたままだったからそのまま連れ出すことにした。
もちろん歩くつもりなんてない、ただ玄関前で話したかっただけ。
「単刀直入に聞くけどさ、めいめいは芽衣ちゃんのことどう思っているの?」
遠回しは面倒くさいから真っ直ぐに。
彼女は特に驚いた様子もなくこちらを見ながら、
「大切なお友達です」
と、答えてくれた。
私としては求めていたものと違かったから本音を言ってとぶつける。
「千晴さんがいるからと遠慮しているわけではありません」
「……女の子が好きなのは嘘だったの?」
「嘘ではありませんよ、私は確かにそれで失敗してこちらに引っ越してきました」
同じような失敗をしないために人を好きになるのはやめる。
自分が実際に馬鹿にされたり親に失望されたりしたわけではないからこそ言えるのかもしれないけど、だからってやめてしまうのは悲しいじゃないか。
少なくとも相手が私たちであれば言いふらしたりなんかはしない。
昔のその人たちと一緒にしないでくれと考えるのは自分勝手だろうか。
「仮に私が芽衣さんのことを好きだと言ったらどうするつもりだったんですか?」
「そしたら応援してたよ、心の底からは難しいかもしれないけど」
「ふふ、無理しないでください」
いやでもあれだ、芽衣ちゃんが彼女のことを好きになってしまうのが1番だった。
卑下するわけではないけど、こっちは正直に言ってなにもしてあげられないから。
それにどちらにしろこちらからはアピールすることができない。
恐らくそういうつもりで甘えてもこれまで通りの私としか見られない。
アピールもしないのに私がいるせいで我慢しなければならないのは違うだろう。
「もう1度言いますが芽衣さんは大切なお友達です」
「そっか」
「はい」
それならもう聞くことはない。
だからってすぐに帰ったりはしない。
私は彼女とも仲良くしたいからだ。
「そういえばいつボウリング場に行くの?」
「それなら今週の日曜日でもいいですか?」
「うん、私は大丈夫だよ――あ、愛ちゃんも連れていけないかな?」
「それはいいですね! みんなで行けばより楽しくなりますし!」
そうと決まれば後で望に頼んでおこうか。
「正直、千晴さんがああしてくるとは思わなかったです」
「今朝はごめんね。でも、瞑と仲良くしたいという気持ちは本物だから」
「はい、ありがとうございます」
相手がこちらのことを意識していないから意味のない話ではあるけど、なんか天然というかたらしというか……とにかく良くない感じがする。
それでも友達と仲良くしたいと考えるのはおかしくないはずと内で言い訳をしておく。
「っくしゅん……うぅ、少し冷えますね」
「あ、ごめん、そろそろ戻ろうか」
ここぐらいでしかふたりきりで話せなかったからなあ。
でも、もうちょっと考えてあげるべきだったな。
「あ、遅いよ」
「ごめんごめん」
愛ちゃんはいま芽衣ちゃんの腰に上に跨っているみたいだ。
芽衣ちゃんも嫌がらずに、それどころか気持ち良さそうにしていた。
適度な重さがマッサージみたいになっているんだと思う。
「めいめい、千晴をちょっと借りるね」
「はい」
いま戻ってきたばかりなのにどうしてぇ……。
私だって地味に体が冷えているんだから暖まりたい。
人が多くいるところはやはりというか自然に暖かいというか。
「なんで瞑だけなの」
「今日は距離が近いよ」
「いいでしょ、同性なんだから」
壁ドンをされても困ってしまう。
寧ろ芽衣ちゃんとばかり仲良くしていないんだからいいでしょうに。
それは阻止できているんだから自信を持ってほしい。
「ね、キスしていい?」
「いや、駄目だよ」
「冗談だよ、でもちょっとここにいよ」
部屋がすぐ横にあるのに廊下で座るとか嫌われているみたいじゃん。
壁に背を預けてこっちの手を勝手に握ってくる彼女。
不可抗力不可抗力、これもただ望がしてきているだけ。
「芽衣が瞑とい始めたから私に友達になってくださいって言ってきたんでしょ?」
「うん、ふたりが仲良良くし始めていたからさ、耐えるためには必要だったんだよ」
「ふーん、誰でも良かったんだ」
「違うよ、望が優しい子だってわかっていたから言わせてもらったの」
誰でも良かったわけではない、それなりに知っていたからこそだ。
事実、愛ちゃんをたまに困らせる以外にはいい子だし。
「ふん、どうせ誰にでも言うんでしょそれ」
「まあね」
相手がいい人だったりいい子だったりしたらね。
そうなのに素直に認められない方がおかしいだろう。
「むぅ……」
「はぁ、なにが不満なのさ」
「芽衣には敵わないけど……ちょっとは私のことも意識してほしい」
「望がいてくれるからこそ愛ちゃんと合法的にいられるんだよ、だから嬉しいよ」
あー……余計に拗ねてる。
まあでも、愛ちゃんといられるから嬉しいなんて言われても微妙か。
「望といられて嬉しいよ」
「千晴のばか……」
そんなこっちを抱きしめながら言われても困る。
甘えん坊の相手って大変だな、芽衣ちゃんもいつもこんな感じなのかも。
甘える側の私たちは自分を慰めるためだけにするからなあと。
「なんでいきなりこんな甘えん坊モードなの?」
「一緒にいるときも芽衣のことばかり考えるからじゃん」
「わかった、望や愛ちゃん、めいめいといるときはちゃんと相手のことを考えるから」
「嘘つき、いまだって芽衣のこと考えたくせに……」
鋭い、どうしてこの子はこんなに鋭いの?
なかなかできることじゃない、相手の内側のことまではなかなかね。
「私のこと気に入りすぎでしょ」
「……千晴は優しいから」
「それは芽――望だって同じじゃん」
セーフ、ばれることはなかった。
実際にそう感じていることだから慌てる必要もないんだけど。
「だってさ、愛に優しくしてくれるの嬉しいんだよ、自分にされているぐらいにはね」
「望とよく似て優しい子だからね、自然とこっちもそうなるの」
要所での対応は私より上手くできていると思う。
あと、空気を呼んでその場から去ることも選択できる子だ。
小学生の私だったらまず間違いなく「ふたりはこいびと同士なの?」とか聞いてた。
「いきなり罵倒されたときは驚いたけどね」
「それは私も悪いけど望も悪い」
「うん、だからこそ愛のために必死になってくれて嬉しかったの」
そりゃ愛ちゃんが悲しそうな顔をしていたら必死にならなければならないでしょ。
本当にすぐに電話がつながって良かった、そうでもなければすれ違いになっていたから。
あと何気に一緒に家に入るのではなく帰るところを選択したのは格好いいと思う。
感謝してほしくてしたわけではないからね、ああいうさり気なさが好感度UPに繋がるんだ。
「お礼させて、愛のネックレスを拾ってくれたのもあったし」
「なにしたいの?」
と、聞くのは違うだろうか。
望にしてほしいことか、これからも一緒にいてくれればそれでいいけどね。
一緒にいてくれているんだから常にお礼をしてもらっているようなものだということもある。
「それならこれからも一緒にいて」
「それはお礼にはならないよ、自分の意思で千晴といたいと思っているから」
「よし、私にとってはそうだからそれで終わり! 戻ろ?」
あんまりこそこそしていると芽衣ちゃんに邪推されかねない。
それだけは嫌だった、私はいつでも芽衣ちゃん1番でいるのだから。
「やだ……まだいたい」
「地味に冷えるからここ」
「それならブランケットでも持ってくればいいでしょ」
実際に持ってきちゃったよ。
結構長く廊下にいるのに疑われないのはなんとも……。
「ほら、かけるから」
「はぁ……」
でも、確かに暖かい。
先程までは冷たかった床も自分の体温で温くなってきているからいい。
「好き」
「応えられないよ」
「言わないでおくなんて無理だから」
「うん、ありがと」
ちょろくて少し心配になる。
ああでも彼女は最初の私に似ているかもしれない。
だからなんとなく頭を撫でてみた。
「ありがとね」
「このまま寝よ」
「それは流石に寒いよ」
「こうして抱きしめていれば十分足りるよ」
こうしてわがままなところもよく似ている。
まあ私の方はもう少し遠慮していたけどねと内で呟いておいた。
で、戻ろうとしても掴まれて無理だったから諦めて寝た。
夜中に何度も起きつつも、暖かさを求めて縮こまって寝て。
「朝か……」
まだこっちを抱きしめたままでいる望。
彼女は本当によく愛ちゃんと似ていて暖かいからそこまで苦じゃなかったけどさ。
「馬鹿ね」
「ぎっ」
「静かに、望が起きるでしょう?」
なによりも冷えた視線が私に突き刺さる。
いま馬鹿と言わないで夜中にでも来てくれれば良かったのに……。
「本当は愛ちゃんが何度も行こうとしていたのよ」
だけどふたりで止めたということらしい。
別にあの瞬間に来てくれても全く問題はなかった。
なんなら自然と解散となって部屋に戻れて良かったぐらい。
「好きって言われていたわよね」
「聞こえてたんだ」
「そうね」
防音室というわけでもないだろうからしょうがないか。
そもそも喋り声がこっちにも全然聞こえてきていなかった。
普通に考えれば部屋のすぐ横でいたんだから聞こえるはずだ、喋っていればね。
だから聞くために黙っていたのかもしれないといまさら気づく。
「でもあなたは断った、それはどうして?」
どうしてって意地悪な質問だ。
芽衣ちゃんだけを見ていると言ったじゃないか。
そりゃ望や瞑、愛ちゃんとは一緒にいるけどさ、そういうつもりじゃないんだ。
「それは芽衣ちゃんが――」
「ちはるぅ……」
「ぐぅぇ……」
これは絶対にわざとだろう。
頑張ってこめかみをぐりぐりしたら「いったい!?」と飛び起きたし。
「みんなといるときにそういう雰囲気にするの禁止」
「みんなといるときに千晴を独り占めして好きとか言ってしまうあなたはどうなの?」
「と、泊めさせてあげているんだからある程度は自由にできる権利があるはず!」
「泊めさせてあげているのではなくて、千晴が泊まってあげただけよね?」
「だから芽衣を泊めたくなかったのっ、すぐに意地悪するし……」
望はあっさりと負けてしまった。
でもしょうがない、彼女に勝とうとすることが間違いなのだ。
しかも間違ったことを言っていないというのもあったから。
「それはあなたでしょう? 私から千晴を取ろうとするじゃない」
「千晴は千晴のものだよ」
「それはそうね、あなたの言う通りだわ」
喜んでなんていられなかった、いつこっちに飛び火するかわからないから逃げたいぐらい。
まるで磁石のようにこっちに望がくっつくから常に要素は整っているわけだし。
「とりあえず離しなさい」
「やだ、今日は私のだよ」
「そんなことをしても虚しくなるだけよ」
確かにそれはそうかもしれない。
別にそういうの抜きで甘えたいということなら自由にしてくれればいいけど。
「おいおい……もうちょっと必死になってよ、そんな淡々と事実を突きつけられたら困る」
「ふふ、でも甘えたくなる気持ちはわかるわ」
これは絶対に嘘だ。
だって芽衣ちゃんが甘えてくれたことなんてほとんどないから。
基本的に一方通行、私ばかりがその気になっているだけ。
これほど悲しいことってない、だからこそ振り向かせたるって気にもなれるんだろうけど。
「それでもここまでよ、あなたは十分千晴に甘えたわ」
「ぶぅ、わかったよ……」
なんか嬉しいような複雑なような、実に中途半端な気持ちだった。
理由はそのままふたりが1階へ行ってしまったからだ。
私ひとりが冷え切っている廊下に取り残されている。
最終的に放置はどうなの? 甘えたい気持ちがわかるのなら甘えてよ。
もしかして試されていたの? なのに私はそのまま甘やかしてしまったから駄目なの?
なかなかに難しい乙女心のせいでその後も状態が良くなるなんてことはなかった。
日曜日。
私たちはみんなでボウリング場に来ていた。
流石に愛ちゃんの前で5ポンドでイキるのは駄目なので7ポンドを選択。
芽衣ちゃんは10ポンド、望と瞑は9ポンドを選んでいた。
「愛のときだけはガターなしでいいか」
「いらない」
「そう? じゃあ始めようか」
順番はあっという間にやってきた。
でも大丈夫、私は芽衣ちゃんに教えてもらってできるようになったから。
「よいしょぉ」
声はともかくとして最小限の振りで投げた。
相変わらず速度は出ていないものの、ちゃんと前に進んでくれて安心する。
「下手くそじゃないじゃん」
「練習したからだよ」
終わったら順番がくるまで見ているだけだけど見ているだけで楽しかった。
最低でもスペアを取る芽衣ちゃんや、敢えて難しいコースを狙う望、意外と負けず嫌いでそんなふたりに張り合っている瞑、両手投げで可愛く効率良く点を重ねていく愛ちゃん。
対する私は1番微妙だったけど競っていたわけじゃないからね、普通に楽しめたよ。
「私、お友達とこういうお店に来るのは地味に初めてかもしれません」
「そうなの? だったらもっと連れていけば良かった」
「ふふ、これからよろしくお願いします」
口の横にマヨネーズをつけてる愛ちゃんのお世話をする。
「千晴はお母さんみたい」
「愛ちゃんのお母さんだったら安心できるかも、あ、お姉ちゃんの方は駄目だけどね」
いいなあ、愛ちゃんが妹なの。
休日なんかにはひとり寂しく寝ているぐらいしかやれないし。
その点、愛ちゃんがいたらお喋りしているだけでも楽しそうだ。
「はい、私のも食べていいよ」
「ありがと」
別に連日というわけではないからポテトを大量に食べても問題はない、はず。
それに美味しそうに食べてくれるからいい、見ているだけで癒やされる。
「もう、餌付けしないで」
「言い方に気をつけなさい、愛ちゃんはこんなに可愛い子なんだから」
「私から奪おうとしているのわかっているんだから」
「してないしてない」
テーブル席にみんなで座れなかっただけだ。
なにかを食べる際に足の上に座らせておくというのも大変だしね。
だったらとふたりで横の席を陣取ってしまおうとしただけ。
「千晴のこと好き」
「ふふ、ありがとう」
「けっこんしたいぐらい」
「それは葉子ちゃん、でしょ?」
愛ちゃんは首を振ってそのままこちらの手を掴んできた。
正直に言って塩まみれの指で触れられるのはちょっと微妙だった。
ただそこは流石に年上の女、そんな水を差すようなことはせず。
「ありがとう」
「受け入れてくれる?」
「ごめん」
「ん、わかってた、千晴は芽衣が好きだから」
すごいな、無理だとわかっていても言えることが。
私だったらなにも言えずに友達面しておくだけだと思う。
現に強く自分の気持ちを意識するようになってからはなにもできていない。
別に特別芽衣ちゃんといるときに緊張したりはしないけどね。
「千晴もがんばって」
「うん、頑張るよ」
これまで通り甘えるしかできない弱い自分。
ただ年下の愛ちゃんが勇気を出したのにそのまででいいのかと考えてしまう。
望や瞑と楽しそうに話をしている彼女はどうなんだろう。
「私から千晴を取ろうとするじゃない」と言ったとき、どういう気持ちだったんだろう。
「千晴」
「え、あ、なに?」
「この後、芽衣と遊べばいい」
「え、そんな空気の読めないことは……」
「だいじょうぶ、いま芽衣といたいって空気が凄く出ているから」
え、恥ずかしい……青木姉妹はそういうのに敏感過ぎて困る。
でも、確かに愛ちゃんが言うように芽衣ちゃんといたいのは本当のこと。
昨日だって……いや、望といるのも悪くなかったけどさ。
「お姉ちゃん、瞑、一緒に行ってほしいところがある」
「あ、そうなの? めいめい、一緒に行ってくれる?」
「はい、私は大丈夫ですよ」
「それなら会計ももう済んでいるし行こっか」
また空気を読まれてしまった。
逆にお礼をしなければならないのは自分の方ではないだろうか。
「行ってしまったわね」
「あ、ごめん、私が芽衣ちゃんといたくて」
「愛ちゃんの方が大人ね」
勝手に彼女の横に移動して座る。
やっぱりこうしていられるのが1番だ。
なにも考える必要がないというか、うん、そんな感じで。
「帰りましょう、長居したら迷惑だわ」
「そうだね」
トレイなんかを片付けて手を洗ってから外に出た。
もう冬になるとは言ってもお昼は寒いわけじゃない。
それどころか動いた後だから涼しいぐらいの感じだ。
「……一緒にいたい」
「それはさっきも聞いたわ」
だから今度は私の家に招くことにした。
同じようにお風呂にも入ってベッドに寝転ぶ。
ボウリングの球はそこそこ重いから意外にも疲れていることを後から知ることになる。
「転んでは駄目よ、すぐに寝てしまうわ」
「大丈夫だよ……」
こうして彼女の手を握れているんだから。
寝たらもったいないということで意地汚い脳が止めてくれる。
「昨日はごめん」
「なんで謝るの?」
「……なんでと言われても、それはあれだよ」
「だからどれよ?」
なんか浮気したみたいで申し訳ないというか。
だからって望を責めたりはしない、好きだと言ってくれたのは純粋に嬉しかったし。
愛ちゃんからのだってそう、嫌われるより遥かに嬉しいことだから。
「わ、私は芽衣ちゃんが好きなのに他の子と仲良くしてて……」
「自意識過剰ね、嫉妬しているとでも思っているの?」
「え、じゃあどうして泊まるって言いだしたの?」
「それはあれよ」
「どれ?」
彼女は逆側の方を見つつ「あなたが愛ちゃんに手を出さないかチェックするためよ」と早口で言ってきた、彼女の中ではすっかり女児趣味ということになっているらしい……。
「愛ちゃんに告白されてデレデレしていたじゃない」
「もう、なんでも聞いているんだから」
「聞こえるわよ、隣だったんだから」
「私は芽衣ちゃんが好きだから断ったよ!」
「言葉が軽いのよね……」
どうすればいいんだろうか。
このままだとまた手を繋いだだけで終わってしまう。
せっかく愛ちゃんが大人の対応をしてくれたんだぞという気持ちが強く影響している。
「キス……」
「したいの?」
「したい」
ただ好きだと伝えるよりかは内の気持ちに気づいてくれるかもしれない。
そうやって決定づけてしまいたいという焦る自分がいるのも確か。
「それならあなたからしなさい、残念ながら私からできるような勇気はないの」
「え……」
「もしかしてなんでもしてもらうつもりだったの? そんなのじゃ駄目よ」
彼女はわざわざ起き上がってから目を閉じてしまった。
迷って動けずにいる私に、片目だけを開いて「しないの?」と聞いてくる。
もう1度両目を閉じておくよう口にしてから彼女の唇に自分のをぶつけて。
「これが……」
凄く達成感を得ていた。
でもなにかを刺激してしまったのかもしれない、いきなり強制的に塞がれて。
「んー!!」
最初のはともかくとして、後からのはただ苦しいだけだった。
過激なのは求めていない、ちょんとつくぐらいで十分なのに。
「っはぁ……これで満足したでしょう?」
「……それは、そうだけど」
「ごめんなさい、あなた以上に抑え込んできていたものだから」
そうか、それならしょうがないかも。
これまで溜まっていた色々な物を吐き出すことは大切だし。
……自分のか芽衣ちゃんのかはわからないけど、よだれで唇がてらてらとしている。
なんか凄くえっちだったのは言うまでもなく。
あとは単純にあの唇に自分のをつけたんだといまさらながらに実感が湧いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます