05話.[アホらしいから]

「愛ちゃんっ」

「千晴っ」


 連絡がきたから家に行ってみたら愛ちゃんが急に抱きついてきた。

 よしよしと頭を撫でて落ち着かせる。


「お姉ちゃんが……」

「わかってるよ、愛ちゃんは家で待ってて」


 両親の帰りが遅い上に姉である望が帰ってこなかったから不安になったらしい。

 携帯は契約してもらっていたから望から聞いて登録しておいた私に電話をかけられたと。

 いつだって大切なのは連絡だ。

 愛ちゃんだってしているだろうから無駄だろうけど歩きながらしてみる。


「もしもしー?」

「もしもしーじゃない馬鹿!」


 当たり前のように出ちゃったよ。

 しかも妹の愛ちゃんがあんなに不安になっているのに馬鹿やろう!


「ど、どしたの? そんなに必死になって」

「愛ちゃんが心配してるっ、早く帰ってこい!」

「あっ、今日は両親が遅くなる日だったっ――あ、それならカラオケ店まで迎えに来て!」

「行くから出ててよっ」


 呑気にカラオケなんてしているんじゃない。

 はぁ、本当に私が姉でいた方がいい気がする――なんて調子に乗ったりはしないけどさ。


「やっほー」

「やっほーじゃない!」

「ごめんごめん、急いで帰ろう!」


 もし自分が小学生のときに親や姉などが遅くまで帰ってこなかったら同じように不安になったことだろう。

 そういう知識だけはどこからか仕入れているものだから捨てられた気分になるだろうし。


「次からは寂しい思いをさせないこと」

「うん――って、帰っちゃうの?」

「本当に必要なのは姉である望だから、それじゃあね」


 まったく、小学生を不安にさせるなんてなにをやっているんだか。

 ……1日だけでいいから愛ちゃんを預からせてくれないかなあ。

 そうしたら色々服を着させたりしてお出かけするのに。

 ついでに言えば芽衣ちゃんがいてくれるともっといいかも。

 結婚したふたりの間にできた娘、みたいな!


「って、同性同士なんだけど」


 でもほら、養子にもらったりとかそういうパターンも……なんてね。

 愛ちゃんが遅くまで帰ってこないとかじゃなくて良かった。

 望だったら仮に少し考えなしでもあまり不安にならないし。

 でもまあ、愛ちゃんのあの悲しそうな顔を見たらひゅんってなったけどね。

 2度としてあげてほしくなかった。

 今度からは望が帰ってくるまで愛ちゃんといなければ駄目だろうか。

 もしそうなっても損なことはなにもないから問題もない。

 一緒にあの猫を愛でてもいいし、それこそちょっとお出かけしても楽しいだろうから。


「愛ちゃんは大丈夫だった?」

「うん、望をちゃんと家に帰したから」


 はぁ……でも本当に愛ちゃんになにもなくて良かった。


「づかれだ……」

「お疲れ様」


 どうして電話越しなんだろうな。

 横にいてくれれば凄く癒やされたのにさ。


「会いたい」

「まだ外にいるの?」

「うん、帰っているところ」

「それなら来なさい」


 こういうところで来ていいと言っちゃうから好きになっちゃうんだよなあ。

 仮に自分が男の子だったら速攻で惚れて猛烈アピールをしていると思う。


「芽衣ちゃん……」

「ようこそ」


 過剰な接触は良くないから愛ちゃんみたいに袖を握らせてもらった。

 そうしたらこの前私がしたみたいに手を握ってくれたので内でしょうがないと言い訳をする。


「それは心配になるわよね」

「うん、来年中学生とはいってもね」


 当然のように彼女の部屋で話すことになった。


「最近は愛ちゃんと帰ることが多いからさ、望が帰ってくるまで一緒にいてあげようかなって」


 もちろん愛ちゃんが受け入れてくれるのならだけど。

 そうすることでこちらもいらっとしなくて済む。

 愛ちゃんも少しはマシになるのではないだろうか。


「なるほど、それはいいかもしれないわね、最近は共働きの親もたくさんいるようだし」


 ちなみに私の両親もそれだった。

 それでも17時半ぐらいには帰ってくるから心配もない。

 いや、それどころか自分の方が遅く帰ることが多いぐらいだ。


「あなたは本当に悪い子ね、こうやってすぐに帰ろうとしないで」

「違う違う、愛ちゃんから電話がかかってきたからであってですね」

「そもそも女児と連絡先を交換していることが驚きよ」

「違う違う、望に聞いていたらしくてさ」


 自分が小学生のときは携帯なんかとは無縁の生活だったな。

 いまの若者みたいに携帯をいじったりゲームをせずに外で遊んでいた。

 なかなかにいい生活だったと思う、……いまはもうできないけどねっ。


「それに私がこうして来てくれて嬉しいでしょ?」

「明らかに調子に乗っているわね、1年ぐらい会うのやめましょう」

「え、やだっ」

「ふふ、押し倒すなんて積極的じゃない」


 違う、明らかに受け止められたのにわざと後ろに倒れた。

 ベッドに座っていたのもそういう計算なんじゃないかと思えてくる。

 

「違うからね! 別に押し倒そうとしたわけではないから!」

「犯人はみんなそう言うのよ」

「うぅ……」

「いいから横に転びなさい」


 入浴は済ませていたけどカラオケ店まで行ったときに汗をかいていた。

 けれど多少だしいいやと己に自分の一部が甘くしたせいで従ってしまった形になる。


「誰が相手でも変わらずに優しくできるのはあなたのいいところね」

「それは芽衣ちゃんもそうだよ」

「でも、だからこそ不安になるわ、自分のことを疎かにしそうで」


 その自分のことを1番に考えて芽衣ちゃんにこうして迷惑をかけて甘えているわけですが。

 私はわがままで弱いからすぐに彼女を求めてしまう。

 彼女が他の子と仲良くしているのがたまらなく嫌だった。

 だから一緒にいられるときは、相手が許可をしてくれたときは遠慮なくいると決めている。

 対彼女に関してはかなり極端な思考をしている、と言ったらわかりやすいかな?


「日曜日、望と出かけたそうね」

「うん、お散歩中にたまたま出会ってね」


 その前日は彼女といられたわけだから最高の土日と言っても過言ではなかった。


「膝枕もしたそうじゃない、しかもあなたが」

「膝を貸してくれと言われたから」


 なんか彼女に言い訳をしている人間みたいな気分だ。


「ねえ、このまま泊まってもいい?」

「いいわよ」

「ありがとう」


 今日はなにもかもを済ませた後だから問題もない。

 こういうときに時間を稼いでおかないと不安になるから。

 彼女はなんでも肯定ウーマンというわけでもないから嫌なら嫌と言う子だ。

 その子がいいと言ったのだからこちらは素直に甘えておけばいい、そう都合良く思考をする。

 流石に自分勝手すぎるだろうか?


「そういえば今度っていつだろうね」

「さあ、気になるなら聞いてみればいいじゃない」

「だからあなたに聞いているんです、行こうと誘ったのはあなたでしょ?」

「正直に言ってこの前ので十分楽しめたわ」

「それじゃあ駄目だよ」


 私だってそうだ、けどそれなら練習をするために誘うのではなく本番として誘いたかった。

 彼女が相手なら恥ずかしいところを見せても気にならない。

 いやまあ、なるべくそういう部分を見られないのが1番だけどさ。


「それなら明日、聞いてみようかな」

「そうしてみなさい」


 ところで、この距離感でいても嫌がられないということはどうなんだろう。

 それどころか転べと誘ってきたのは彼女だ、あまり悪くも思われてないのかもしれない。


「まだ少し早いけれど寝ましょうか」

「うん」


 彼女はきちんと転び直してこちらにもするよう誘ってきた。

 ……当たり前のようにベッドで寝ることが決定している。

 嫌な相手だったらこんなことさせないよね? それなら私は……と自惚れる自分がいた。


「ねえ、あんまり他の子と仲良くしないで」

「唐突ね」

「嫌だもん、芽衣ちゃんといられないと」


 関わる人間が多ければ多いほど時間が減る。

 ましてや彼女みたいに周りからいい評価を貰っている存在なら尚更のことだ。

 そういう人には甘えたくなるし、困っていたら助けてもらおうとするかもしれない。

 もしそうなれば彼女は拒めない、だから疲れてしまうことだってあるはずで。

 自分以外の人のことで疲労してほしくなかった、私のも……あれだけど。


「私ならこうして一緒にいるじゃない」

「うん、でもこれは学校ではあんまりいられないからだよ」

「独り占めしたいのね」

「当たり前だよ!」


 気になるのは彼女にメリットを用意してあげられないこと。

 なにがいいんだろう、肩を揉んだりとかしてあげればいいのかな?


「残念だけれど独り占めは無理よ、そこそこ忙しいもの」

「……そういうつもりでいたいってだけだよ」

「できる限り相手をしてあげるから安心しなさい」


 よし、寝よう。

 自分の中にある想いはともかくとして、ある程度相手をしてくれればいいから。

 完全に放置して他の人とばかり仲良くする、そういう感じじゃなければ大丈夫だ。

 仰向けだと寝られない性格なので彼女とは逆側を向いて寝ることにした。

 これは決して拗ねているというわけではなく、寝顔を見ていたらしてしまいそうだからだ。


「拗ねなくてもいいでしょう? こっちを向いて寝なさい」

「拗ねているわけじゃないよ、可愛い寝顔を見たらキスしちゃいそうだからだよ」

「キス、したいの?」

「の、ノーコメントでよろしくお願いします」


 明日の放課後にとりあえず愛ちゃんに聞いてみよう。

 必要ないということだったらひとり寂しく野生の猫を撫でておけばいい。

 それさえ無理ならまた20時ぐらいから彼女にお世話になろうと決めていた。


「もう寝なさい、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 それでもあんまり迷惑をかけないようにしなければならないな。

 いられなければいられないほど、一緒にいられればいられるほど強くなるこの想い。

 これらがあるからなかなかにコントロールが難しいものの、頑張ろうと内で呟いた。




「千晴がいっしょにいてくれるの?」

「うん、愛ちゃんさえ良ければ望が帰ってくるまでいるよー」

「それならいてほしい、千晴のことは好きだから」

「私も愛ちゃんのこと好きだよ」


 よし、これでまた愛ちゃんを不安にさせなくて済む。

 まあここが家である限りなにかに巻き込まれていなければ望は帰ってくるんだけどね。

 でもだからって我慢しろと言うのは違う、ひとりにされたら私はいまでも泣くと思う。


「どこで待つ?」

「千晴の家に行きたい」

「わかった」


 それこそ特になにもないけど望まれているのだから仕方がない。

 家に着いたら飲み物を用意して2階に上がる。

 部屋の前で待っていた愛ちゃんに開けてもらって中に入った。


「ここが千晴の部屋」

「うん」


 自分の部屋だから一切気にせずにベッドに座れるのがいい。

 芽衣ちゃんのお部屋はもう慣れているけど、やっぱり自室には敵わないから。


「足の上に座ってもいい?」

「いいよ、よく望がしてくれるの?」


 つまりそういうことらしい。

 胸に後頭部を預けてぼうっとするのが最高みたいだ。


「あ、なでられるの好き」

「望も多分好きだと思う」


 あれから空き教室で過ごそうとかって誘ってくることも増えた。

 で、彼女は自由に寝ているのにこちらだけは頭を撫でることを強いられる。

 いや、面倒くさいってわけじゃないからいいんだけどさ。


「昨日はありがと」

「どういたしまして」


 私からの電話に出たのはたまたま終わったタイミングだったからだと本人が教えてくれた。

 そりゃそうだろう、可愛い妹からの電話を意図的に無視するなんてありえない。


「やっぱり千晴がいてくれると安心する」

「お姉ちゃんも悪くはないんだけどね」

「ん、お姉ちゃんがいてくれても安心する」


 友達になってくれた子だからあんまり悪くは言いたくない。

 だから昨日のはちょっと言い過ぎたと反省している。

 いきなり馬鹿と罵倒されてもそりゃ「なんの話?」と不思議に思うよなという感じで。


「ただいまー」

「へ」

「そこはおかえりーでしょ」


 え、待って、どうやってこの子は入ってきたんだろう。

 だってここは私の家だよ?

 確かに妹である愛ちゃんは連れてきていたけど、いくらなんでもこれはねえ。


「あー、愛が甘えてる」

「千晴は優しいから」

「待て待て、本物のお姉ちゃんも優しいぞー?」


 遠回しに聞くのはあれだからストレートに聞いたよ。

 そうしたら私が閉めるのを忘れていただけらしい。

 はぁ、私もやっぱり人のことを言えないから彼女には謝っておいた。


「なんで? 謝らなくていいよ、それより昨日はありがとね」

「お礼なんかいいよ」


 あれを口実に芽衣ちゃんに甘えてしまったわけなんだから。

 しかも朝までふたりきり、さらに言えばベッドの上でだし。

 約束もちゃんと守ってくれて、毎時間ではないけど休み時間に来てくれた。

 芽衣ちゃんといられることほど幸せなことってないから最高だった。


「それよりなに愛を懐かせようとしているの?」

「言い方に気をつけないと、動物じゃないんだから」

「でも実際、甘えてくれて嬉しいとか考えているよね?」


 そんなの当たり前だろう。

 こんなふわふわな存在とは友達の妹とかでなければ出会えないんだから。

 望がいてくれているから合法的に話すことができるわけ。

 それにもうすぐ冬だから単純に暖かいんだよなあという感想だった。


「望様には感謝しております」

「嘘つき、愛が目当てなんでしょ」

「望も愛ちゃんも大切な友達だよ」


 だからこそ嫉妬に狂うだけの存在にならずに済んだ。

 私の中にあった本当の気持ちというやつに気づけた。

 私は芽衣ちゃんのことが心から好きだ、残念ながら言えないけどさ。

 そうだな、このままの関係を続けて振り向かせられたらいいかな。

 理想はあの子の方から言ってくれること、かなり難しいけどね。


「大丈夫、愛ちゃんが好きなのは望だから」

「ふーん」

「そんな目で見ないでよ、私と望だったら望に決まっているじゃん」


 もし芽衣ちゃんが他の子と関わらずに私とだけいてくれたのなら容易だった。

 でも、現実はそうではなくて実にたくさんの人から求められている。

 別に好意を向けられていることばかりというわけでもないし、仮にそうであっても駄目だなんて言う資格はないから困っている状態だった。


「それに千晴、いま芽衣のことを考えてるってわかるんだから」

「うぐ、そ、それは本当のことだから言い訳できません」


 あまり依存しすぎないように気をつけよう。

 自分でもしそうならなかった場合のダメージを高めていたらアホらしいから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る