04話.[年上らしいなあ]

 土曜日、私たちは約束通りボウリング場に来ていた。

 練習のため高くはなるけど投げ放題にしてもらい、シューズも借りていざスタート!


「こ、これ、もう投げてもいいんだよね?」

「なに緊張しているのよ、もう投げても大丈夫だから」


 なんだけど、下手くそな私がどうして先なのかがわからない。

 どうしてちょっと意地悪なところを見せてしまうのかと話だろう。

 そして案の定、私の投げた球は最初からガターに吸い込まれていく。

 休日というのもあって他にもお客さんは結構いるが、だからこそ笑われている気分になった。


「ほら、気にせずやりなさい」

「うん……」


 見栄を張って7ポンドを使用しているのが悪いのだろうか。

 2投目も当たり前のように失敗したので変えることに決めた。

 小さい子どもが利用する5ポンドを使用して攻めていく。

 ちなみに、芽衣ちゃんは10ポンドを使用しているといった感じ、おかしい。


「千晴、腕の振りをもっと小さくしてみなさい」

「小さくていいの? えと……えい」


 届くのかわからないぐらいのスピード。

 でも、遅くても側面に吸い込まれることなく真っ直ぐに進んでくれた。

 勢いが足りなかったから2本しか倒せなかったものの、凄く嬉しかった。


「ありがとう!」

「無理して振っても悪くなるだけだから」


 こういうときは無駄なプライドなんて捨てるのが1番だ。

 あとは相手がいくら上手くても焦らない、褒めるだけ。

 付き合ってもらっているのに不快な気分にさせるのは違うからね。


「今日は大丈夫なのかな?」


 あの日の彼女は普段とは少し違かった。

 彼女の方から触れてくるなんて余程のことがないとないから。

 そう考えると結構一方通行なんだよなあと事実に気づいたが、気にしないでおく。

 投げて座って、投げてジュース飲んで、投げて座って。

 その繰り返しをしているだけなのに楽しくなる。

 ただそこそこ重いボールをピンにぶつけるだけでお金を取られているのにね。


「どう?」

「これならなんとかできそう!」

「ふふ、それなら良かったわ」


 あのことを聞いてもいいのだろうか。

 私は、誘ったもののふたりきりは断られたからと考えているけど


「ねえ、芽衣ちゃん」

「なに?」

「……この前ってなにかあったの?」

「ああ……まあ、色々ね」


 その色々を言ってほしかったけど諦めた。

 言うつもりがあるのなら自ら口にするだろうし。

 投げすぎても本番のときに楽しみが半減するからと10Gのところでやめた。

 そのまま同じ敷地内にあるファストフード店に入ってお昼ご飯を食べる。


「お金、無理しなくていいのよ?」

「私は芽衣ちゃんの時間を貰っているんだからこれぐらいしないと」


 貯めていたお金はほとんど吹き飛んだけどしょうがない。

 なんかレンタル彼女みたいだな、お金を払わないと一緒にいられないみたいな。

 それでも彼女といられるのなら、例えお小遣い全てが吹き飛んだって構わなかった。


「この後どうする?」

「千晴に任せるわ」


 任せられてもお金もないから行けるところもない。


「それなら芽衣ちゃんのお家に行っていい?」

「別にいいけれど」


 大袈裟でもなんでもなく、誰か特別仲のいい人間ができたら行けなくなるから。

 だからせめて今日ぐらいは彼女の近くにいっぱいいたい。

 でも、ひとつだけ問題があった。

 それはボウリング場の臭いやファストフード店を利用したあとの臭いのままということ。

 おまけに汗もかいている、この状態で彼女の家に上がるのは失礼ではないだろうか。


「1回家に帰ってもいい? 汗もかいているからお風呂に入りたいんだ」

「それなら私の家で入ればいいじゃない」

「え」

「別に初めて利用するわけではないのだから遠慮しないでいいわ」


 いや、なんだか恥ずかしいからなんだけど。

 その後も同様のアピールを続けていたら腕を掴まれてしまった。

 連れて行く気満々の彼女が横にいる。


「はい、タオルと着替えね」

「え、め、芽衣ちゃんのやつ?」

「む、洗濯してあるから大丈夫よ」

「いやそうじゃなくて、私はほら……下着をそのまま着るしかないから」

「余計なこと気にしない、私は部屋にいるから」


 やだ、なんかぐいぐいくるじゃん。

 ここにずっといても仕方がないから入らせてもらうことに。


「ふむ、これがいつも芽衣ちゃんが利用しているシャンプーね」

「そうよ、700円ぐらいね」

「え、安い……え?」

「外出した状態のまま部屋にいるのは嫌なの」


 彼女は髪をくくりながら「ベッドにも転べないもの」なんて言ってくれた。

 いやそうじゃなくて、突撃されたことに驚いているんですが。


「この前ああなった原因はあなたよ」

「私なの?」

「ええ」


 ささっと洗って湯船に入らせてもらう。

 溜めながらではあるからまだ全然温かくはないけど。


「だからあなたに罰を与えたの、右腕を使えなかったでしょう?」

「私としては甘えてくれているみたいで良かったけど」

「あれは甘えじゃないわ、罰なの」

「あ、はい……」


 あれが罰なら優しすぎることになってしまう。

 というか寧ろご褒美みたいなものだ、いい匂いがするし。


「それで、私のせいってなんで?」

「内緒よ、教えてしまったら駄目じゃない」


 いや、教えないと駄目じゃない。

 察する能力が低いから気づかないままだよ。


「嘘よ、あなたが小学生にまで手を出そうとしていたんだもの」

「え、なんか語弊がある……」

「親友として困ったの、どうすれば危ない道から戻せるかを考えていたのよ」


 だから寝不足になってしまったらしい。

 それでお昼休みは私の腕を枕みたいに利用したと。


「でも、愛ちゃんが望の妹で良かったわ」

「うん、それはそうかも」


 そういう繋がりがなかったら小学生に頻繁に声をかける犯罪者だ。


「望に頼めばある程度はコントロールできるもの」

「待ってください、狙っているわけではありません」

「犯人はみんなそうやって言うのよ」


 もうこの子の中で犯人になっている……。

 本当になんだろう、それにそもそも愛ちゃんもは好きな人がいるんだから。


「だって私が興味あるのは芽衣ちゃんだもん」

「どうだか」


 彼女と上手く付き合えればちょっとは年上として示せるかもしれない。

 これがまた難しいんだけどね、一朝一夕で身につくことじゃないのがね。


「おぉ、やっと溜まってきた」

「入るわ」

「うん、うん? いや出るよ!」


 なんで当たり前のように一緒に入浴しているのかという話。

 タオルで拭いてつけて履いて着る! たったこれだけで普段通りの私が!


「いや、これ芽衣ちゃんの服とスカートだしなあ」

「そうね」

「うん、先にお部屋に行ってるね」


 自分のやつは袋を貰って適当に突っ込んである。

 しっかりと縛ったから臭いが漏れることもない。


「おぉ……疲れたぁ」

「お疲れ様」

「うん、芽衣ちゃんもね」


 こんなときは是非とも柔らかい膝というか太ももを借りたかった。

 だから言ってみたら思ったよりも簡単に許可されることに。


「ふぉ……やーらかい」

「中学生以来じゃない? あそこまで体を動かしたの」

「そうかもー」


 バレー部生活は今日の比じゃないぐらい大変だったけど。

 なにより朝練があるのが辛かった、眠くだってなるし。

 膝とかを擦るとじんじん鈍く痛んでいたしなあ。


「今日は誘ってくれてありがとう、いい気分転換になったわ」

「来てくれてありがとう、これなら本番のときに恥をかかなくて済みそう」

「ふふ、それに女児趣味の親友を連れ戻せて嬉しいもの」

「女子趣味じゃないです……」


 私はずっと芽衣ちゃんだけをそういう意味で見てきた。

 ……下半身も上半身も頭も独占したい。

 でも、言ったらきっと壊れてしまうから無理だ。


「あと、教室でもどんどん来なさいよ」

「やだ、芽衣ちゃんが来てー」

「わかったわ」


 よし、言質は取れたぞ。

 しかも彼女はわかったと言ったことを破ったりはしない。

 そのために色々と安心できそうだった。




 日曜日。

 暑いわけでも寒いわけでもないから歩いていたら望&愛ちゃんに遭遇した。

 手を繋いでいて本当に仲のいい姉妹に見える、や、そうなんだろうけど。


「愛ちゃん愛ちゃん、ここにもお姉ちゃんがいるよっ」

「千晴はさびしがりや?」

「そうだよっ」


 だって見せつけられたままでは納得できないじゃん。

 目的があるというわけでもないからお邪魔させてもらうことにした。

 片方の手を優しく握らせてもらって前に歩いていく。


「望、これからどこに行こうとしていたの?」

「愛がさ、欲しいグッズがあるんだって」

「へえ、ということはアニメの?」

「いや、アイドルの」


 え……さ、最近の小学生ってなんでも早いのかな。

 アイドルのグッズを求めるということは、ライトを持ってぶんぶんしてそう。

 ま、まさか、好きな年上の人って……。


「葉子ちゃんが好きなの」

「あ、可愛い人だね」


 でも、写真を売るってなんか、ねえ?

 まあここにアイドルは関わっていないんだろうけど、買う人がいるのかな?


「望は?」

「あー、アイドルとか興味ないかな、みんな同じ人間に見える」

「ちょ、好きな子がここにいるんだから」

「え、だって多すぎてうざくない?」

「だから好きな子がいるんだから!」


 わかるけど小学生の前で毒を吐くのはやめよう。

 好きな人にとっては凄く素晴らしい対象なんだから思っていても黙っておくべきだ。


「千晴、だいじょうぶだよ」

「そうなの?」

「ん、お姉ちゃんはいつもこんな感じだから」

「そっか、でも私の方がいいお姉ちゃんになれると思う」

「それなら千晴がお姉ちゃんになって」


 はいきた、本人からこれを聞けたのは大きい。

 対する望は頭の後ろで手を組んで「私の妹を取らないで」と至極もっともなことを言った。


「たまにしちゃうからわかるけどね、なんかちょっと悪く言っちゃうの」


 愛ちゃんがふぉぉって感じの顔をしながら見ているところを見ながら話をしていた。


「だってさ、なんか寂しいじゃん……」

「だからって相手が好きなのを悪く言ったら駄目だよ」

「……いま自分もしちゃうって言ったのに」


 妹の興味が自分から離れてしまうのは確かに寂しいだろうけどね。

 こういうのを続けていれば余計に心は離れていく。

 そうならないに越したことはないけど、仲良くなっておく必要はありそうだ。

 両方は無理でも片方の相談に乗ってあげれば上手く仲直りできるかもしれないから。


「ごめんって、とにかく愛ちゃんの前でだけは言わないであげて」

「……それならかわりになにかしてよ」

「望に? できることならするけど」


 帰りは愛ちゃんを肩車してあげてもいい。

 何気に力はあるから大丈夫だ、望は流石に無理だけど。


「この後、愛は友達と約束しているんだ、だからふたりきりで行動しようよ」

「わかった」


 正直に言って帰ってしまった時点で終わりのようなものだから助かった。

 ちなみに愛ちゃんは貴重なお小遣いでCDを買っていた。

 1枚しか買えないから握手券商法とは違うけど、そういうやり方は良くないと思う。

 だって例えばバイトをしている高校生だったら推しに会うために同じCDを何枚も……ってことになっちゃうし、その多量に買ってしまったやつを捨てて事件にとかもあったから。

 しかも何枚も買ってやっと10秒とかっておかしい!

 ま、それを理解して買っている人ばかりなんだから外野がとやかく言うべきじゃないけどさ。


「友達と遊びに行ってくる」

「了解、気をつけなよ?」

「ん、お姉ちゃんも千晴をちゃんと見ておいて」


 子ども扱い……どうしてこうなったのか、まあいい。


「それでふたりきりで望さんはなにがしたいので?」

「ふーむ、私の家に来て」

「ん? まあそれぐらいならこれまでもしていたし」


 対芽衣ちゃんの家よりかは気を使うけど問題はない。

 それに自分にできることならすると発言したのは自分だから。

 少しは芽衣ちゃんみたいに守るようにならないとね。


「はい、ここが私の部屋」

「おぉ、芽衣ちゃんのお部屋とはまた違うね」

「芽衣の部屋に行ったことがあるんだ」

「うん、もう60回以上」


 中学時代の帰りは必ずあの子の家に寄っていたから。

 そのためにあの子の両親と遭遇しても緊張したりはしない。

 けれど個人的にはふたりきりの方がいいかなあと。


「ま、自由にしてくれればいいから」

「これで目的は達成?」

「んー、あんまり達成じゃないかも」


 我慢させるかわりにという話だから確かにそうか。


「膝を貸して」

「太ももね」

「屁理屈いらない」


 ふぉ……髪がくすぐったい。

 芽衣ちゃんは大人だなあ、感じていてもなにも言わなかったんだから。


「なに勝手に芽衣とボウリングに行ってるんだよー」

「あれ、ばれちゃった? 練習しておかないと連続ガターだからさ」

「別に上手くできなくても笑ったりはしないよ」

「わかってる、だけどそれとこれとは別だよ」


 遊びにしたって最低限の努力は必要で。

 それにどうせならそこそこの結果を出して楽しみたいから。

 別にそれで偉ぶって馬鹿にしたいとかじゃないけどね。


「私がめいめいの相手をしておいてあげるから任せて」

「いや、純粋に楽しもうとしてくれればいいから」

「でも、気になるんじゃないの?」

「気になるよ? 芽衣ちゃんが他の子と仲良くしていたら嫌だと思う。それでも、だからって他の人を利用して近づく人を遠ざけようとするのは違うよ」


 それぐらいは自分にだってわかる。

 本気になれば自分の力で振り向かせようとするさ。


「余計なことを気にしない、大杉さんと仲良くしたいなら止めないけどね」


 この前みたいに髪を撫でて言った。

 本当にどちらかと言うと愛ちゃんの方が年上らしいなあ。


「じゃあ千晴も余計なことを気にしないで芽衣と仲良くしなよ」

「うん、教室で来てくれるって言ってくれたし」

「だけど今日は私が千晴を独り占め」

「じゃあお客様に独り占めされておくよ」


 初めてなんて大袈裟なことは言えないものの、私が勇気を出して友達になってくださいと頼んだ子だ、彼女はそれを悩んだりすることなくすぐ受け入れてくれたんだからこれぐらいはね。

 こうして甘えてもらえたりするのが嬉しいということに気づいてしまったのだった。

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