03話.[強くないことも]
「愛ちゃん」
「あ、千晴……さん」
学校帰りにたまたま出会った。
と言うより、待っていてくれたのかもしれない。
それにしても小学6年生か、勉強とか全くしないで遊び回っていたのが懐かしいな。
「呼び捨てでいいよ」
「千晴を待ってた」
「はは、ありがとう、帰ろっか」
せっかく待っていてくれたのならと連れて行くことにした。
今日も猫が来てくれれば必ずいい方向に繋がる。
本人に猫が苦手じゃないか聞いてからしているから万が一もないし。
「ここ、千晴の家?」
「そうだよ」
うーん、だけどロボットというわけでもないから必ず来てくれるわけでもないと。
また、仮に来てくれてもこのタイミングではない可能性もある。
なかなかに難しいところだ、頼むから来ておくれ!
「にゃ~」
「猫だ」
本当に有能だよ君は!
流石男の子って感じ、別にそういうつもりで来ているわけじゃないんだろうけど。
愛ちゃんは少しだけぎこちない感じで撫でていた。
妹ができたらこんな感じなのかなとありもしない日常生活を思い浮かべておく。
「私、好きな人がいる」
いきなりだな……。
もし姉だったら嬉しいようで悲しいかもしれない。
良かった、愛ちゃんの姉じゃなくて。
望だったら上手く対応できるかもしれないけど私には無理だよこれ。
「同級生の子?」
彼女は首を振って、少ししてから「年上の人」と小さく呟く。
そうか、小学生からしたら年上の人って立派に見えるものか。
対小学生だからと優しくしてくれていても、それをそのまま受け取る可能性もある。
でも、恋をするというのは悪いわけではないから微笑ましかった。
叶わない可能性の方が高いけど、だからって臆してばかりじゃなにも始まらないから。
彼女はいまの大杉さんに似ているかもしれないと急に思った。
「人を好きになれるのっていいことだと思うよ」
「千晴は?」
「恋愛に関しては特に得になることを言ってあげられないかなあ」
中学時代は勉強と部活だけで忙しかった。
高校生になったら逆にある程度の余裕はできたものの、時間があるからって誰しもが人を好きになってアピールできるというわけでもないから困る。
恋愛経験豊富じゃなくてすまない、私とはこういう人間なんだ。
「じゃなくて、好きな人っていないの?」
「1番好きなのは同性の子かな」
「そうなの?」
「うん、中学生の頃からずっと一緒にいてくれた子なんだ」
まあ、多分この思いが想いに変わることはない。
ただの友達としてこれからも一緒にいられればそれで良かった。
大杉さんや他の子と付き合っても真っ直ぐにおめでとうと言うだけ。
「そうやって誰かがいてくれるのはうらやましい」
「いまいる友達を大切にすればいいんだよ、それか中学生になったらでもいいかな」
部活動をすれば普段関わることのない人とも関われる。
なんなら先輩とだって仲良くなれるかもしれない。
……1歳違うだけで偉そうにする先輩には苛ついていたけど、いまとなってはいい思い出だ。
「あ、けど同じ子ばっかといると甘えてしまうから気をつけてね」
「いっぱいの人と関わる必要があるってこと?」
「いっぱいじゃなくてもいいから、せめて他にひとりぐらいいてくれるといいね」
そうすればその子に特別な子ができてもある程度は平静を装って対応できる。
それでもその子とだけいられればいいということなら、臆せずに行動するしかない。
「送るよ」
「ん」
猫にお礼を言ってから歩きだした。
頑張って袖を掴んでこようとしたから手を握っておく。
柔らかく小さい手だ、昔の私にもこれぐらいの可愛さがあればねえ……。
「これから恋以外にもいっぱい楽しいことがあるよ」
強制で入った部活だったけど楽しかったし。
誰かと一緒になにかを目指してやるというのが色々とね。
まあ、そういうのが影響して大変だったということもあるんだけど。
「だから視野を狭めないようにね」
「どういうこと?」
「ひとつのことにのめりこみすぎないようにってこと、周りを見ることも大切なんだよ」
「そっか、わかった」
そういえば愛ちゃんは私と違って全く生意気じゃないな。
母になにかを言われても必要ないだとか言って拒んていた私とは違う。
「中学生になったら部活はなにがしたい?」
「たっきゅう」
「おぉ、いいね」
最初は走り込みをやらされるだろうけど時間が経てば必要だったことに気づく。
もっとも、その場だけでは意地悪されているようにしか感じないのが難しいんだけど。
「クラブでやって楽しかったから」
「そういう理由でいいんだよ」
私は何故か過酷そうなバレー部を選んでいた。
けど、いまとなっては選んで良かったと素直に言える。
だってバレー部を選択したからこそ芽衣ちゃんと出会えたわけだし。
「1番好きな人ってなんて名前?」
「めいって名前かな」
フルネームで言うのは違うから響きだけ伝えておく。
それだけで芽衣ちゃんのイメージがわかるということもないだろう。
「会ってみたい」
「わかった、それなら頼んでみるよ」
「ん、ここまででいい」
「うん、それじゃあね」
恐らく芽衣ちゃんなら受け入れてくれるはずだ。
なんて、単純に自分があの子といたいというのもあった。
「え、小学生の子が私と会いたいって?」
「うん、だから会ってあげてくれないかなあ」
ひとりでいるところに突撃した。
こうでもしないとなかなか居づらい。
大杉さんといるときに同じことをすると邪魔しているようで気になるのだ。
「わかったわ」
「ありがとー!」
また当然のように抱きついてからしまったと思った。
前とは距離感が違うんだからしっかり線引をしておかなければならないのに。
「ねえ」
「あ、ごめん」
ゆっくりと離れて両手を上げる。
自分は無害ですよアピールをしても意味はないが。
「あ、今日でいいのよね?」
「うん、望の妹だから家に行けば会えるし」
それでも待ってくれているのが1番だ。
わざわざ家に行くというのは大袈裟すぎる。
「それなら放課後にね」
「よろしくね」
こっちはとにかく気をつけないと。
すぐこうして昔みたいに接してしまう。
彼女は段々と変わり始めているんだ、こっちも合わせないとならない。
それがまたなかなかに難しいんだけど、わかろうと努力をしなければならない。
でもそれは自分が認めたくない生活になるということだから複雑だった。
「千晴」
「……うん?」
「もう終わったわよ、早く行きましょう」
「うん」
学校から出てすぐのところで愛ちゃんが待っていてくれた。
彼女と芽衣ちゃんが自己紹介を済まし、家まで送っていくことに。
「いい?」
「いいよ」
手ぐらいならいくらでも貸そう。
「仲がいいわね」
「望の妹さんなんだ」
「そうなの? 意外なところで繋がっているものなのね」
確かにそうだ、まさかこうなるとは思わなかった。
たまたま手伝った相手が同級生で友達の妹だった、なんて。
「芽衣ちゃんさ、大杉さんとどうなの?」
「瞑とどうなのって聞かれても、普通に仲良くできているわよ?」
そういうことが聞きたかったわけじゃないんだけど。
だってそれは見ていればわかる、だからこそ遠慮しているわけだし。
「そっか、仲良くできているなら良かった」
引っ越してきた理由がもう嘘だとは思えないし、大杉さんも彼女がいてくれて安心できるだろうし。大袈裟に言ってしまえば運命的な出会いかもしれない。
「もっと仲良くできるといいね」
「そうね、不仲よりはずっといいもの」
「うん」
そういえば学校でなにを言おうとしたんだろうか。
そういうことはやめてくれとか? それとも……いや、わからないな。
「今日は来てくれてありがとね」
「ふふ、これぐらいでお礼なんか言わなくていいわよ」
いかんいかん、一緒にいるとすぐ甘えてしまう。
自分が気をつけろって言ったくせにこれじゃあなあ。
「ここまででいい」
「え、家まで送るよ」
「ううん、だってこの人といたいだろうから」
「ちょっ……あ、まあ、そうなんだけどさ」
「だいじょうぶだから」
おいおい、年下に気を使わせるって……。
小さい歩幅ではあったものの、愛ちゃんは歩いていってしまった。
「ふふ、気を使われてしまったみたいね」
「情けないよ……」
「いいじゃない、私もあなたといたかったし」
私といたかったって社交辞令かな? 愛ちゃんがああしてくれたからかな?
「やけに瞑のことを気にするのね」
「事情を聞いたからさ」
「ふぅん」
芽衣ちゃんのことなら気にしているんだけどなあ。
すっごく紛らわしいなこれ、ちゃんと口にしないと誤解が生じそうだ。
「安心しなさい、私と瞑は仲良くできているから」
「うん、それなら良かった」
小学生の子が大人の対応をしたんだ、私もそうしなければならない。
あくまで私は友達、極端な行動をすることなく上手く対応する。
「私とも仲良くしてほしいなーって」
「ふふ、わかっているわよ、寂しがり屋だものね」
そうだ、寂しがり屋だからしょうがない。
誰かと仲良くしようと放っておかれるのは嫌だ。
「でも、今日はここまでね」
「うぇー、寂しいよー」
「我慢しなさい」
しょうがないから家に帰ろう。
この寂しさは猫を触ることで癒やされたいと思う。
「千晴ー、一緒にご飯食べよー」
「うん、食べよっか」
望といるとなんだか落ち着く。
別に愛ちゃんより子どもっぽいからとかではないけどね。
「あ、聞いてよー、今日の小テストで低い点数を取ったから居残りだって」
「勉強はちゃんとやりなさい」
「だって社会に出たらどうせあんまり使わないじゃん」
小学生時代の自分と同じことを言っている……。
偉ぶることも哀れむことも結局は自分に突き刺さるからできなかった。
ただひとつ言えることは望はこういう感じでいてくれるとありがたいということ。
「ね、それより芽衣のことはいいの?」
「うーん、なんか教室では近づきづらくなっちゃってさー」
同じ空間にいるというのになんでだろうなあ。
甘えたい気持ちはたくさんあるんだけど……。
「卵焼きもーらい!」
「あっ、もー」
「あははっ、ぼうっとしているからだよー」
せめて席が離れてくれていればいいのに。
それかもしくは自分が芽衣ちゃんの隣の席とか、そうなったら凄く楽しいと思う。
「私が協力してあげようか?」
「いいよ、望に迷惑をかけたくないし」
「あ、いま『あなたは勉強を頑張りなさい』とか思ったでしょー」
「その通りですねっ」
……それとも完全に諦めて望や愛ちゃんと高校生活を楽しむべきだろうか。
いやできないや、あくまで延長線上に彼女たちがいてくれているようなものだもん。
私の中では芽衣ちゃんが1番だから、この先もずっと変わることはない。
ただの友達でいられれば十分じゃないか――って、何度も同じ思考をしているな。
「しょうがないから私も残ってあげるよ、掃除でもして待ってる」
「愛が外で待っているから一緒に帰ってあげてほしいなあ」
「それなら送ったら戻ってくるよ」
確かにあの子をひとりで行動させるのは不安になる。
でも、実際は年上である自分よりしっかりしていることも知っている。
「愛ちゃんね、卓球部に入りたいんだって」
「知ってるよー、私が愛のお姉ちゃんなんだから」
「ふふふ、このまま仲良くなれば奪えるかも」
「無理ですよー、私と愛の仲は本物なんだから」
卓球部か、試合に出るようになったら見に行きたいな。
誰かが頑張っているところを見るのは好きだった。
それで影響を受けてやってみて、上手くいかず続かずが常。
正直に言ってアマチュア選手だろうとド素人の自分からすれば上手すぎるぐらいだ。
「青木さん、古橋さん」
「おっす、めいめい」
「突然すみません、少しいいですか?」
「いいよー、千晴もいいでしょ?」
「うん、大丈夫だよ」
ひとりだけで来たのか。
というか、いつの間にか芽衣ちゃんがいない。
そういう作戦というわけでもないだろうからトイレだろうか。
「今度、ボウリング場に行きませんか?」
「お、どうして急に? あ、いや、別にいいんだけどね」
「芽衣さんが言ってくれたんです、だからおふたりとも行きたいなあと」
「おっけー」
「私も大丈夫だよ」
なんて、全然大丈夫ではなかった。
何故ならほとんどガターになってしまうから。
真っ直ぐに投げているはずなのに側面の溝に吸い込まれていく。
真面目にやっているはずなのにふざけているのかと怒られるという流れ。
これはもう望か芽衣ちゃんに付き合ってもらうしかない。
それなら多少はマシになるだろう、遊ぶためにも努力は必要だ。
「ちょっとトイレに行ってくるね」
「おっけー」
「わかりました」
できれば時間を増やすためにも芽衣ちゃんがいいかな。
それかもしくは、望と愛ちゃんと行くのも楽しいかもしれない。
「あ、こんなところにいたんだ」
自分がこの前座っていた場所とは違うところではあったものの、彼女はそこにいた。
こうして見ると空き教室ってなんだか寂しい場所だと思う。
誰も来なければずっとひとりのまま、時間的にも外には誰もいないだろうし。
「横、いいですか?」
「どうぞ」
なんだろう、今日の彼女からはいつもとは違うなにかを感じる。
そもそもあまり口数が多い方ではないけど、なんかあんまり喋りたくなさそうな感じ。
話しかけないで同じように窓の外に視線を向けていたら机の上に置いていた私の手の上におでこをくっつけてきた。
「どうしたの?」
こうなれば聞くしかない、聞かなかったら多分今日寝ることはできないから。
「……このままでもいい?」
「うん、それはいいけど」
一応、私といることで多少の安心感を得られるのだろうか?
少しでも力になれるのなら嬉しい、こういう小さい積み重ねが大切だろう。
「そうだ、今度ボウリング場に行くって」
返事はなくても勝手に重ねていく。
「私、へったくそだからさ、その前に練習したいなあって」
もしかして、大杉さんとふたりきりで行きたかったのかな?
だから誘ったけどふたりきりでは行けない的な感じで断られてしまったとか?
「だから一緒に行ってくれないかな、お金だったら私が払うからさ」
なんか壁に話しかけている気分になった。
「……わかったわ」
「うん、ありがとう」
だったら少しでもなにかをして気を紛らせないと。
あまり強くないことも知っているからなにかをしてあげたかった。
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