02話.[ゲームをしよう]

 いくら許可するとはいっても無条件では許せない。

 なので、学校に登校してから私はふたりの監視をしていた。


「え、そうなんですか?」

「ええ、梅干しとか酸っぱい食べ物は苦手なのよ」


 ふむ、どうやらまだ敬語を続けているみたい。

 今日の放課後になったら話すという約束なので素を見せてもらうことにしようと決めている。

 というか、聞こうとしているのもあるけどはっきりと聞こえるものだなあと。


「私は梅干しが大好きです」

「好きな人も多そうよね」


 ちなみに私も梅干しは好きだ、おにぎりには必ず入れてもらうタイプ。


「千晴、なにずっとあのふたりを見ているの?」

「望がいてくれて良がった……」

「えぇ、同じ教室なんだからいるよ」


 だってあのふたり、もうずっと前からいるみたいに接しているから。

 対するこちらはひとり寂しく見ることしかできなかったわけで。


「それより千晴、アイス食べに行こうよ」

「おっ、行こう行こう!」


 いまは甘いものでも食べてこの複雑な気持ちをなんとかしないと。


「あ、でも、今日の放課後は大杉さんと話すことになっているんだよね」

「だったら4人で行けばいいじゃん、そうすれば千晴も荘司さんがいて嬉しいでしょ?」

「天使か……?」

「へへ、青木望です」


 そういうことならと突撃することに。

 嫉妬とかそういうのではなく事情説明をしなければならないのだからしょうがない。


「私たちは最近食べましたから」


 うぐはぁ!? ……そうか、アイスを食べるということまで実行したのね。

 しかもそれを敢えて約束をしていた日曜日に実行するという悪魔!

 

「まあまあ行こうよ、私、大杉さんと話してみたいなって」

「……わかりました、荘司さんがいいならいいですよ」

「私は構わないわ」

「よしっ、それならこの4人で放課後にね!」


 本当に望がいてくれて良かった。

 でも、この前のような罪悪感はなくても複雑さがある。

 芽衣ちゃんが友達の友達だったみたいな感じ。

 こういうのがあるから心から応援できないんだろうなあと。


「待ちなさい」

「ん? 私? それとも千晴?」

「あ、千晴ね」

「了解、それじゃあ放課後によろしくねー」


 敵陣にひとり残されてしまった。

 どうしたらいいのかと悩んでいる間に何故か彼女の席に座らされてしまう。


「あ、あの……なにか?」

「なにか、じゃないわよ」


 少し呆れたような表情を浮かべられてもわからないぞ。

 なにかをしてしまったのだろうか、あれから時間だって経っていないのに。


「今朝、どうして逃げたの?」

「え、声をかけてくれてた?」

「ええ、なのに無視をされて深く傷ついているわ」


 単純にどうやって監視しようか考えていただけだった。

 なるほど、考え事をしすぎていたせいで無視と捉えられてしまったらしい。

 馬鹿みたいに説明することはできないから聞こえなかったと言っておく。


「ま、まだなにか?」

「逃げようとしなくてもいいじゃない」


 い、いや、両肩を思いきり掴まれていてとてもじゃないけどできないんですが!

 逃げようとしたらこのまま首を折られるんじゃないかという恐怖がある。

 なので私は氷みたいにかちこちになっていた。


「おふたりは仲がいいんですね」

「ええ、中学生時代からの仲だもの」

「私、羨ましいです」


 あの笑顔の裏は絶対に人殺しの顔をしているよ!

 へえ、それなら殺らなきゃって雰囲気を感じるもん。

 芽衣ちゃんはところどころ鈍感なところがあって「これから仲良くすればいいじゃない」なんて口にして平和な雰囲気を出している。が、とてもじゃないが中和されるような勢いではなく。


「あ、古橋さんとふたりきりで話してみたいんですがいいですか?」

「ええ、休み時間はまだあるし大丈夫よ」

「ありがとうございますっ」


 きたっ、これは絶対に潰されるパターンでしょ。

 気に入ってほしいからそういう対象の前でだけは猫をかぶるんだよ!


「ときに古橋さん」

「は、はい」


 廊下に連れ出された私はがくぶるとしていた。

 こんなところで人生を終えたくない私は、


「すみませんでしたあ!!」


 なにかを聞かれる、言われる前に土下座で全力謝罪。


「あの、どうしたんですか?」

「え、だって芽衣ちゃ――荘司さんに近づくなって言いたいんですよね? そして言うことを聞かなかったら殺るとも」

「そ、そんなこと言いませんよっ」


 ふふ、まさかまだ隠そうとするとは。

 けど、こっちになにかを聞こうとしてきていたんだよね?


「えっと、なにか聞きたいことでもあったの?」

「はい、同性愛者ってあなたはどう思いますか?」


 おおぅ、これでなんにも思わないと口にしたら芽衣ちゃんとそういうつもりで仲良くしたいって流れじゃん、……そうなったらかなり嫌だけど決めるのはこの子とあの子だからなあ。


「別にどうも思わないよ、それもひとつの形だよ」

「そうですか。でも、私の両親は違いました」


 引っ越してきた理由を教えてくれた。

 好きになった女の子に告白し、振られ、気づけばたくさんの人間に情報が広まっていて。

 それが親間にも伝わって、地元に居辛くなった両親が地元を離れることを選択。

 しかもそのうえで別居を選択と。

 私はなにもそこまでしなくてもって思うけど、両親からすれば普通じゃないんだろうな。


「なので勘違いしないでください、荘司さんを狙っているわけではありませんよ」

「でも、気になっているんじゃないの? だから邪魔してきたんじゃ?」

「邪魔?」


 そういう演技と見るか、狙っていなかったんだと捉えるか。


「いや、教えてくれてありがとう」

「はい」

「私は気持ち悪いとか思わないから、だって芽衣ちゃんのことが好きだし」

「え、そ、そうだったんですか?」


 と言うより、付き合うならあの子がいいという……同じかな?

 あんなに理想的な存在はなかなかいない。


「だからいいんだよ、あ、芽衣ちゃんがどうかはわからないけどね」

「でも……怖いです」

「そりゃあね、そのことでこっちに来ているんだから」


 けど、あの子が言いふらしたりする人間ではないことを知っている。

 だから仮にそういう意味で好きになってしまっても過去みたいにはならない。


「――そういうことだからさ、あんまり恐れずにね」

「はい、言えてすっきりしました」

「ふふ、私は聞けて良かったよ、転校してきた理由を知りたかったから」


 受け入れられない人間からすれば問題児ということに繋がっちゃうのかな。

 仮に告白されたのだとしてもしつこくはしていなかったんだろうし、そういう人間もいるんだなというぐらいで終わらせてあげればいいのに、相手が同性というだけで余計な言葉が加わるのはなんだかなあという感じ。

 別に無理して受け入れろなんて言ってない、そんなのはその人の自由だから。

 でも、みんなに言いふらしてその後も自由に言うのは過剰すぎやしないだろうか。


「アイス、食べに行こうね」

「それなら今日はチョコアイスを食べます」

「私は王道のバニラかなー」


 うーん、日曜日にたまたま被るなんてあるのかな。

 まだ信じてしまうのは良くないかな。

 色々と芽衣ちゃんとも話し合う必要がありそうだ。

 残念ながら単純な私の一部がもう信じようとしてしまっているから。


「やっと戻ってきたのね」

「芽衣ちゃーん……」

「もう、最近の千晴は甘えん坊さんね」

「席に戻るよー、放課後よろしくねー」


 ま、仮に大杉さんが彼女のことを好きになっても問題はない。

 芽衣ちゃんが好きなら応援できる、布団にこもりながら頑張れーって。

 とりあえずいまは知ることだ、それとアイスを食べることだった。




「別に特別にって感じじゃないけど美味しいよねー」

「そうね、量も結構多いから満足度も高いわ」


 ……何故か別れることになった。

 こっちは大杉さんと向き合って座っている。

 横にいる彼女たちはこれまた昔から友達みたいな雰囲気を出していた。


「ねえ大杉さん」

「どうしました?」

「ちょっと食べる? バニラも美味しいよ?」

「あ、それなら私のも少しどうぞ」


 まだ使っていないということを2度ぐらい言ってからスプーンですくって手渡す。

 彼女の方は利用しているみたいだったので直接食べることになったんだけど……。


「ほ、本当にいいの?」

「はい、どうぞ」


 変に恥ずかしがっているとこの子に迷惑をかけるからぱくっと勢いで食べさせてもらった。

 うん、美味しかった、たまにはチョコアイスというのも悪くはない。

 彼女にはお礼を言って自分のをちまちま食べることに専念。


「千晴、チョコミント食べる?」

「おー……ミントかあ」

「いやいや、食べたら美味しいからっ」


 ミントかあ……なんかあんまりイメージがなかった。

 望もまだ使用していなかったらしいから食べさせてもらったけど、


「うぇ……」

「えぇ、こんなに美味しいのに」


 申し訳ないけどもっと食べたいとはならず。

 それでもお礼を言って、こちらはバニラアイスで上書きしておく。


「千晴、これを食べなさい、あなたの好きなバナナ味よ」

「おー、ありがとー」


 あ、ちょっと待って。

 対芽衣ちゃんだから遠慮なくがぶりと行っちゃったけど、問題なのでは?

 親しき仲にも礼儀ありと言うし、彼女に我慢させてしまっていたらどうする。


「ご、ごめん、普通に食べちゃって」

「なによいまさら、気にしなくていいわよ」

「そ、そう……?」


 良くない良くない、それこそ不快に感じる人もいるかもだし。

 芽衣ちゃんがなにも言わなくても他が言いふらす可能性がある。

 そうなれば芽衣ちゃんも疑われて面倒くさいことになるのは容易に想像できるわけで。


「ごめんね、こういうことはもうしないから」

「まあ、あなたがそう言うなら」


 引っ越してきた件については嘘をついているなんてことはないだろう。

 どこで誰に見られているかわからない、面倒なのはまとめてそう見ることだ。

 その中のひとり、私がそういうつもりでいるとみんなも同類だと思われる。

 考えすぎかもしれないけどリスキーなことはしない方がいい。

 やるなら相手の家や自分の家で、それに同意されてからやるべきだ。


「あ、それよりバナナアイスもいいね」

「ふふ、でしょう?」

「でも、芽衣ちゃんって好きだったっけ?」

「あなたにおすすめされてから食べるようになったようなものね」


 これがおすすめだと発言することは悪いことではないということか。


「ちょいちょい、ふたりだけで世界を構築しないで」

「ごめんなさい、千晴と話していると落ち着くから」

「いや、謝ってほしいわけじゃないけどさあ……」


 そういえば望は大杉さんと話したいと言っていた。

 あれは誘うための理由かもしれないけど席を変わってみることに。


「あ、瞑って呼んでいい?」

「はい、どうぞ」

「あー、でも紛らわしいか」


 確かにそう、この場で呼んだらふたりとも反応してしまう。


「じゃあめいめいって呼ぶね」

「あはは、はい、大丈夫ですよ」


 うーむ、いい笑顔だ。

 同性が好きというだけで問題になりすぎただけなのかな?

 それともそれ以外にもなにかがあった? 考えてもわからないけど。


「千晴、ちょっと」

「ふたりとも、ちょっと行ってくるね」

「りょーかーい」

「わかりました」


 どこに行くのかと考えていたらトイレだった。

 体調が悪いのかと聞いても問題ないということで一安心。


「少し待っていて」

「うん」


 アイスがついていないかとか、髪の毛がはねていないかとかを確認している間に彼女はすぐに出てきてくれた。顔色が悪いというわけでもないから大丈夫だろう。


「ありがとう」

「なんで私も?」

「本当は日曜日、行くつもりだったのよ」

「あー、それはしょうがないよ、それに芽衣ちゃんは来てくれたじゃん」


 望が言い出したことだけど結局こうして彼女と来ることができている。

 そして少しであっても一緒に行動できているわけだし満足だった。

 行った先がトイレでなければもっと良かったかな。


「戻ろ、あのふたりを待たせたら悪いし」

「ええ」


 手を洗っているところを見ながら考えてた。

 実際のところ、彼女はどう考えているんだろうと。

 気持ちが悪いとか言うことはないだろうけど、受け入れるのかどうかはわからない。

 気をつけなければならないのは単純な自分の心だ。

 もし彼女にめちゃくちゃ優しくされたら好きになってしまうはず。


「千晴?」

「あ、戻ろう」


 時間が経過していけばあのふたりがライバルになる可能性がある。

 そうなったらまず自分の努力だけではこの子を振り向かせられない。

 もしかしたら中学生からの仲だから――いやでもそれで勝ってもなあと。

 正々堂々と勝負をしてこの子の横にいられる権利を――って、駄目じゃんか。


「余計なことは考えない」

「ん?」

「夢の中の自分が羨ましかったからさ」


 こういう思考をするのはやめようと決めた。




 歩いていたら川を見ている子がいた。

 入水自殺なんてされたら嫌だからじっと見ていた。

 そうしたら急に入ろうとしたので慌てて止める。


「ど、どうしたの?」


 どうやらお母さんから貰ったネックレスを落としてしまって困ってしまったらしい。

 ネックレスなんて貰えるのかと最近の贅沢さに驚きつつも、私が代わりに入ることに。

 石と石の隙間に落ちてしまったようだけど幸い、自分でも持ち上げられるレベルだった。

 これぐらいだったら余裕そうだけど無理して入られなくて良かったと思う。

 だって川の流れもそこそこ速いし、普通に危ないだろうから。


「あ、これでしょ?」


 渡したら大事そうに胸に抱えて頭を何回も下げてくる女の子。

 もういいよとやめさせて女の子と別れる。

 ただ脛下まで濡れたぐらいだ、風邪を引くこともないだろうし。


「っとお……うん? どうしたの?」


 こっちの袖を掴んで上目遣いをしてくる彼女は正直に言って可愛かった。


「……名前」

「私の? 古橋千晴だよ」


 漢字まで無駄に教えたら私の名前を何度も呟いていた。

 覚えようとしているのだろうか? そんなことしなくてもいいのに。

 お礼を言ってもらいたくてしたわけではない。

 あのまま放っておいたら絶対にこの子だけだと困っていただろうから。

 だって石を持ち上げることもできなさそうなぐらい小さいからっ。


「ち、千晴」


 おぉぅ、なんなんだこの感じは!

 きゅんきゅんするってこういうことだったのか?

 呼び捨てされようが気にならない自分としては得しかなかった。


「今度、お礼……する」

「いやいいよ、今度は落とさないようにしてくれればね」

「お礼したい……」

「あー……じゃあまた今度ね!」


 こくりと頷いてくれたのがまた可愛くて撫でてから歩きだした。

 レアな出会いだったな、落としていなかったらあのまま出会っていなかったんだし。

 でもまあ、これでもう出会うこともないだろうな。

 高校はわかっても終わる時間がいつも同じというわけでもないし、あの子の学校だっていつも安定した時間に終わるというわけでもないから。

 というか、いまのってもしかして小学生……?


「下手したら防犯ブザーを鳴らされていたんじゃないの?」


 危ない危ない、いまは同性でもあんまり変わらないだろうからね。

 けど、あのまま放置なんてできないから後悔はしていないけども。


「ま、それでも気をつけないとな」


 警察さんにお世話にならないような人生にしたいから。

 普通に生きていればそれは十分達成が可能だった。




「千晴ー」


 秋だけどいい感じの風が拭いていたから空き教室で時間をつぶしていた。

 ある程度は開放されているから自由にすることができる。

 自分の教室とは違って自由な席に座って外を見つめるだけで落ち着くというわけ。


「ちーはーる」

「いらっしゃいませ」

「へへ、ここの席で」


 彼女はひとつ前の席に座ってこちらを見てきた。

 私も再び窓の外に視線はやらずに彼女の方を見ておく。


「よくここがわかったね」

「ここならわかるよ、だってトイレの目の前の教室だし」

「はは、そっか」


 ちょっと視線を横にやれば気づける場所か。

 大杉さんと芽衣ちゃんは一緒にいることが多いから寂しかったのかな?


「望ってひとりっ子?」

「ううん、妹がいるよ」

「それってもしかして小さい?」

「うーん、学年の中では小さいかもね」


 あと、小学6年生らしい。

 もしあの子がそうなら、それは本当に奇跡って感じの出会いだけど。


「いいな、私も弟か妹がほしかったかも」

「可愛いよ、お姉ちゃんって呼んでくれて」


 もしあの子が妹なら甘えてくれて毎日が楽しそうだ。

 優しい両親と比較的毎日来てくれるあの猫ちゃんがそこに加われば最強だろう。

 叶わないからこそ理想、願望で終わっちゃうんだけど。


「それなら今日、会いに来る?」

「いいの? それなら行かせてもらおうかな」


 あの子だったらと考える自分と、あの子じゃない方がいいと考える自分と。

 なかなかに難しかった、律儀な生活をしているところがまた気になる。

 だって年上としてなにかを受け取ることなんてできないんだから。


「ふぅ……」

「眠たいの?」

「ちょっとね、昨日は珍しく妹がハイテンションでさ」

「それなら寝なよ、ちゃんと起こしてあげるから」


 同じようなときに撫でてくれて安心できたのを思い出して少ししてみた。


「……いつもは姉として求められるから嬉しいよ」

「そう? それなら続けておくね」


 なんかこういう時間の過ごし方がいいなと思った。

 ……単純だからしょうがない、最近はなんでもいいと感じてしまうのは。

 綺麗に整えられたさらさらの髪、髪越しに伝わる彼女の温もり。

 大杉さんと芽衣ちゃんが仲良くなったらこういうスキンシップも増えるのだろうか。

 次第に惹かれ合っていくふたり、でも、お互いにそれが恋だとは気づかないまま。

 大杉さんはどうかわからないけど芽衣ちゃんは鈍感なところもあるからなあと。


「いま他の子のこと考えているでしょ」

「うん、大杉さんと芽衣ちゃんのことをね、というか寝なよ」

「よく考えたらあんまり眠くないや」


 それなら優しく丁寧に頭を撫でている意味がなくなってしまう。

 それでも意地になって撫で続けていた、絶対に寝かせてやるというつもりで。

 でも駄目だった、何故かお互いに顔を見合ったまま撫でることになっただけ。


「昨日、帰っていたら小さい女の子と出会ったの。その子はお母さんから貰った大切なネックレスを川に落としてしまったらしくてね、なんか不安だったから私が出しゃばって拾わせてもらったんだ」

「あー、そういうことだったんだ」


 やっぱりそういうことだったらしい。

 予鈴が鳴ったから話はそこで終了となったけどもう驚く必要もない。

 ベタに「あ、あなた!」とならずに済むわけだ。

 午後の授業はあくまでいつも通りの気持ちで受けられた。

 問題があるとすれば段々と会っていいのかという気持ちになってきたこと。

 だけどいくらそんな気持ちになろうが望の家に行くのはもう変わらない。


「行くよー」

「うん」


 年上として中途半端なところは見せられない。

 別にいいじゃないか、綺麗な状態で見つかって良かったとか言っておけば。

 それで大体のことはなんとかなる、そう言われればどうしようもなくなるというのもある。


「ここだよ」

「おぉ、私の家と同じぐらいの大きさー」


 中に入らせてもらっても同じような感想だった。

 しっかりお邪魔しますと口にしてリビングに――となったところで、


「あ……」

「こんにちは」


 姉である望と違って長く伸ばしているのもいいところかも。

 教室の隅で黙々と読書をしていそうなそんな感じの子だった。


あい、挨拶をしないと」

「あ……こんにちは」

「うん、こんにちは」


 年上らしく余裕を見せないと。

 芽衣ちゃんみたいにとは言わないから、そこそこの余裕をね。


「はい、飲み物」

「ありがとー」

「愛も」

「あ、りがと」


 これはどう考えても私がいるからいつも通りでいられてない。

 んー、それでも帰る気にはならなかった。

 このままで終わらせたくないというちんけなプライドがあるのかも。


「千晴、ちょっとゲームをしようか」

「ってこれは最新のゲームじゃないですか!」

「ち・な・み・に、私より愛の方がゲームが上手いんだよ?」

「そうなんだ! それなら相手をしてもらおうかな」


 ゲームをしていればコミュニケーションが取れなくても大丈夫。

 もちろん結果は惨敗だったけど楽しい時間を過ごせたと思う。

 あの件も特に口には出してこなかったから助かった。

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