第20話 キャンプの誘い
美玖のアルバイト(と美瑠のお手伝い)の2日目が終了したが、この日も美玖は、作品を「完成」としなかった。
線画に対して色を下塗り(配色の確認)する段階まで進んでおり、ここまででも挿絵としては十分に使えるぐらいのものだ。
しかし、やはり数万円かけて発注したものに比べれば見劣りする。
ここまでのクオリティのものを多数描いてもらう、というのも一つの手ではあるが、それでは美玖の才能を生かし切れない、と判断した。
彼女なら、プロのイラストレーターになれるだけの技量がある……そんな思いもあった。
絵も、音楽も、美大、音大への進学が経済的に難しそうだからといって、まだまだ諦めるには早すぎる年齢だ。
例えば、彼女のイラストが出版編集者の目にとまり、本当に書籍イラスト作成の依頼が来るようになれば……そんな期待もしてしまう。
俺も、曲がりなりにも一応書籍化を果たしたラノベ作家だから、美玖を推薦することぐらいはできる。
そのためには、やはり今の段階で彼女が納得するクオリティで描いて欲しい……それが結果的に、俺の作品の質を上げることにも繋がる。
そんなふうに考えて、一つ一つの作品の完成度を上げることに専念してもらうことにした。
それに対して、美瑠は早々に今後のイラストの手伝いは辞退。このレベルについて行けないという。
ただし、なぜか「買い物」や「差し入れ」、「手料理の作成」なんかはしたいから、今まで通り「お手伝い」には来てくれるという……それはそれで嬉しいわけだが。
「お望みなら、膝枕以外にも、可能な限り小説を再現するけど……」
とはいってくれるのだが、これ以上となると……。
「膝枕、添い寝、ハグ、キス、混浴、そして結ばれるヒロインと主人公、か……美玖にはキス以上はちょっと早いかな?」
と、冗談っぽく話す美瑠。
「じゃあ、姉さんは大丈夫なの?」
という妹の反論に、
「さあ、どうかな……。ツッチー次第」
とはぐらかす美瑠。
「それで金を取るつもりなら、払わないから」
俺が苦し紛れにそう応えると、なぜか美瑠は少し顔を赤くして、苦笑いしていた。
その二日後、火曜日。
会社に行くと、始業前の時間に、いつもの男性社員コンビ(浜本先輩と、同僚の河口)が、
「ツッチー、やっぱり『みるる』とどういう関係なんだ!?」
と、口を揃えてきいてきた。
まさか、アルバイト(正確には単なるお手伝い)で俺のアパートに来ていることがばれたのかと思ったが……。
「どういうって、どういうことですか?」
「真理姉さんをキャンプに誘ったら、『みるるが来るならいいよ』って言われて、それでみるるを誘ったら、『ツッチーが来るならいいよ』って言われたぞ!」
と、意味不明のことを言ってきた。
もっと詳しく聞いてみると、浜本先輩が詳細を教えてくれた。
「この週末は四連休なので、キャンプにでも行こうか、と真理姉を誘ったら、『ちゃんとコテージがあるところだったら行ってもいいかな』っていう返事が返ってきたんだ。そんな急にいいところは空いてないだろうと、ダメ元でネットで捜してみたら、ちょうどキャンセルがあったらしくて、六人部屋が取れたんだ。泳げる清流がすぐ側にある、人気の場所だぞ。それでもう一度真理姉に声をかけたら、『さすがに女子一人じゃ不安だから、もう一人……そうね、みるるも来るならいいよ』って言ってくれた。それでみるるに声をかけたら、なぜか『ツッチーも一緒ならいいですよ』って言うんだ。どういうことだ?」
「いや……どういうことって聞かれても……俺とみるるは、同期っていうだけで……」
「あ、そうか、同期か……」
その一言で、河口は妙に納得した。
彼は俺と同い年ではあるが、入社は彼の方が2年早い。
ちなみに、真理姉さんとは、俺たちの共通の先輩女性社員で、本名は『広末真理』だ。たしか、浜本先輩とは同い年か、少し年上だったように思う。
会社のサービスステーション担当で、愛想がよく、男性社員から人気がある。しかも、美人でとびきりスタイルがいい。
その上、特定の彼氏はいないと聞いている。
「とにかく、おまえが来たら真理姉と、みるるっていう美女二人が来て、一泊のキャンプができるんだ。しかも、水着持参で来るって言ってくれているんだぞ。ツッチーも当然、行くよな?」
半ば脅迫に近い誘いだったが、俺としても、その女性二人と、この二人の男性社員なら、一緒に行くのは楽しそうに思えた。
それと、美瑠の水着姿っていうのも、ちょっと興味があった。
ただ、日曜なら美玖のバイトがある……そう思って日程を訪ねると、
「四連休の初日、木曜日の早朝出発で、一泊して、金曜日の午後には帰ってくる」
ということだったので、それだったら参加できる、と応えると、
「さすがツッチー、話が分かる!」
と、二人に握手を求められた。
その日の昼休み、美瑠と男性社員二人が一緒に俺の席を訪ねてきた。
「ツッチー、キャンプ行くって、本当?」
美瑠が意外そうに尋ねてきた。
「ああ、『行かないと殺す』って二人に脅された」
「またそんな、一番行きたがっていたくせに!」
河口のそのセリフに、美瑠が笑う……いつもの漫才コンビに、彼女まで加わった感じだ。
「うん、ツッチーが行きたがってるなら、私も行こうかな……あ、でも、それだと男三人、女二人になっちゃうね……えっと、妹連れて行っていいですか?」
美瑠が浜本先輩にそう質問して、俺はぎょっとし、男性二人は驚愕する。
「えっ……みるるって、妹いるの?」
「うん。ちょっと両親が訳ありで、名字は違うんだけど、実の妹がいます。女子高生で……」
「「女子高生!?」」
声をハモらせ、目を見開いて驚く男二人。
「ちょっとちょっと、ツッチー、ひょっとしてそれも知ってたのか?」
驚かない俺を見て、逆に不審がる河口。
「うん、まあ……同期だから」
俺はそうごまかした。
美瑠は笑いながら、
「うん、じゃあ、妹にも話してみますね。でも、あの子人見知りするから……あんまり期待しないでくださいね!」
そう言ったところで、昼休み終了のチャイムが鳴り、皆急いで自分の席やフロアへと帰っていった。
その夜、美玖からメールが来て、案の定、その内容はキャンプのことだった。
どうやら、美瑠から
「大自然の中でキャンプしたら、天女が過ごした時代のことがよく分かるんじゃないかな。水浴びのシーンとかもあるし」
とか言われて説得されたらしい。
そして、
「私も行った方がいいですか?」
と聞いてきたので、どう答えるか悩んだが、
「できれば、来てくれたら嬉しいけど、無理しなくていい」
と応えると、
「じゃあ、行きます! 楽しみにしていますね!」
と帰ってきた……本心で言ってくれているのなら、俺も楽しみだ。
その後、すぐに
「ツッチー、美玖も行くって言ってるよ! 良かったね!」
と美瑠からメールが入り、さらに浜本先輩からは
「さすがツッチー、仕事もプライベートもできる男!」
という連絡が、そして河口からは
「我が心の友よ!」
という調子のいいメールが来たのだった。
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