第19話 膝枕 (後編)

 俺と美玖は、体を密着させていた。

 彼女の柔らかさと暖かさが、直に伝わってくる。

 二十三歳の会社員と、十六歳の女子高生……しかも、つい三週間前に出会ったばかりだった。


「あの……私、初めてなので……うまくできないかもしれません……」


 不安げに彼女は言う。


「いや、そんなに怖がらなくてもいいよ。君の思うようにしてくれればいいから」


「……分かりました。では、どうぞ……」


 可愛く、澄んだその声が聞こえてきた。

 若干、怯えているようにも感じられた。

 そして俺は、彼女の上に横たわった。


「……うまくできていますか……」


「ああ……」


「……良かった……」


 彼女は、ほっとしたような声を出した。

 ……何のことはない、ただの膝枕なのだが……二人きり、ベッドの上、そして初めて彼女に触れる、それも太ももの上というシチュエーションが、彼女に心臓の音が聞こえるのではないかと思うほど、俺を鼓動を高めていた。


 彼女の仕草、優しい声、わずかに漂ってくるシャンプーの香り……超が付くほどの美少女に、今、尽くしてもらっている。


 彼女は、俺だけのために、集中してその行為を行ってくれているのだ。

 不純な動機や、あるいは強制的にこのような行為を行っていたなら、それは犯罪なのかもしれない。

 しかし、彼女は言う。


「少しでも土屋さんのお役に立つようであれば嬉しいです」


 と……。


 どうしても、この体験はしておきたかった。

 十六歳の女子高生……いままで、その経験がないという。

 俺は、彼女にとって、その行為の、初めての男になったのだ。

(繰り返しになるが、単なる膝枕だ)


 出会ってからわずかな期間とはいえ、様々な出来事があり、ここに至る道のりは、決して平坦ではなかった。

 しかし今では、俺と彼女はすっかり打ち解け、今、こうして身をまかせるまでに仲良くなったのだ――。


 そんな感慨にふけっているとき、彼女の動きに変化があった。

 そっと俺の頭を撫でてくれたのだ。

 その動作に、今までにない感情……安らぎのようなものを感じた。

 この感覚は、美瑠に膝枕をしてもらったときにはなかった。

 なんだろう……何が違うのだろう……。


「……なにか、ちょっと恥ずかしいですけど……なんでしょう、この気持ち……」


 美玖が、つぶやくようにそう言った。

 彼女も、初めて男性に膝枕したということに、何かしらの感情を見いだしたのだろうか。


「……多分、土屋さんだから、かな……」


 俺の顔は、彼女の体とは反対の方を向いている。だから、その表情を把握することはできない。

 美瑠に膝枕してもらったときとの違い……両足が揃っていたから安定しているとか、その分、柔らかさを感じるとか、チノパンだからか、温もりがよりリアルに伝わってくるとか……そういう直接的なものもいくつかあったが、それ以上に、感情の高ぶり方に差があった。


 美瑠の時は、もっと深い関係になりたいという、そんな憧れがあった。

 しかし美玖の場合は、純粋に、このままずっとこうしていたい……そんな想いに囚われてしまったのだ。


「あの、私……ちゃんと膝枕、できていますか?」


 彼女が心配そうに、上方から声をかけてきた。

 そこで初めて、結構長い時間膝枕してもらっていることに気づいた。 


「いや……大丈夫だよ。けど、もう十分体験できた。俺の小説に、この経験を役立てるよ」


 そう言って、膝枕を終わらせた。


「……でも、男の人って、こんなことが嬉しいのでしょうか」

「ああ……その相手が、俺が気を許している、可愛い女の子だったらな……」


 俺は正直に感想を述べると、美玖は赤くなって照れていた。


「次にするときは、もう少し上手にできるようになっておきますね」


 にこりと微笑む美玖は、癒やし系の超絶美少女、まさにJK天女だった。

 次があるのか……と、俺はその言葉が嬉しかった。


 しばらくして、美瑠が帰ってきた。

 そして、膝枕の写真を撮っていないことに、文句を言っていた。

 けど、俺としては、そのときの、多分幸せそうにしていたであろう表情は、美瑠には……いや、誰にも見せたくないな、と思った。

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