第18話 膝枕 (中編)

「どうしたの、なんで躊躇ちゅうちょしてるの? ツッチーのクリエイターとしての覚悟は、そんなものなの?」


 ベッドの上で横座りしている美瑠が、ちょっとニヤけながらそんなふうに挑発してくる。


「……いや、ただ、これってセクハラにならないのかなって思っただけだ」


「セクハラ……あ、そっか。私とツッチー、一応職場の同僚だもんね……大丈夫。私は口が堅いから」


「いや、それは分かってる。ただ……」


 俺はチラリ、と美玖の方を見た。


「あ、大丈夫ですよ。都合が悪いなら、私も誰にも言いませんから……って、膝枕って、そんなに秘密にすることなんですか?」


 美玖に言われて、俺が意識しすぎなのかな、と考え直した。

 それに、美瑠に挑発されて何にもしないのもちょっと癪に障る。

 俺は躊躇せずベッドに上がり、美瑠の膝の上に頭をのせた。

 もちろん、顔は美瑠の体とは反対方向だ。


「……あははっ、ツッチー、意外と強引なんだね」


 美瑠は、俺がためらわずに行動を起こしたことに、ちょっと驚いたようだ。

 そして俺はというと……まず、最初に感じたのは、デニム生地越しに伝わってくる、想像していたよりずっと柔らかい太ももの感触だ。


 横座りのため、ちょっと位置が微妙だったので頭を数回動かしたのだが、そのたびにその柔らかさと暖かさが直接伝わってくる。


「……ちょっとツッチー、あまり動かないで……」


「いや……なんていうか、不安定だったから。今は大丈夫だよ」


 平静を装っているが、実は結構心臓がバクバク音を立てている。

 以前、真剣に交際を考えた同い年の美人同僚社員。

 その彼女に、膝枕をしてもらっている。


 彼女が付けている、甘い香水の香りが漂ってくる……。

 膝枕してくれる女の子との関係にもよるのかもしれないが、美瑠にしてもらうとドキドキするし、満足感のようなものもある。


 ……と、不意に頭に優しい感触を感じた。

 美瑠が、頭をポンポンと、軽く叩いてくれている。


「……なんか、いいね……彼氏に膝枕してあげているみたい……」


 上方から、柔らかな口調の言葉が降りてくる。

 その優しさとは裏腹に、「いいね」「彼氏に膝枕してあげているみたい」という言葉が、俺の心をもてあそぶ。


 ……いけない、ちょっと刺激が強すぎる。


 目の前には、興味津々で俺たち二人のことを見つめ続ける、美玖の小さな顔があった。

 俺の心を見透かされていないか……一瞬、そんな疑念が浮かんだが、そんなわけはない。


 ただ、彼女の瞳を見て思ったのは、美玖がいてくれて良かった、ということだ。

 もし、彼女がいなければ、俺は理性を失い、美瑠に何らかの行動を取っていたかもしれない。

 そうなったとしても、美瑠は笑いながら


「これ以上はダメだよ、ツッチー。そういうのは恋人同士がすることだから」


 とか言われて終わりだろう。多分、怒られもしないと思う。


 しかし、ひょっとして受け入れてくれたなら……。

 いや、まあ、そんな希望を持ってしまうから行動を起こしてしまうのだろうが……。


 ――そんな独りよがりな妄想に浸っていると、突然、斜め上から、カシャっという音が聞こえた。

 驚いてその方向を見上げると、スマホのカメラレンズが見えた。

 俺は驚いて飛び起きた。


「なっ……美瑠、何やってるんだ?」


「えっ、撮影……だけど」


「撮影って、なんで?」


「だって、膝枕のシーン、イラスト入れたりしないの?」


 ……そう言われると、たしかにそれはあった方がいいかもしれないが……。


「いやいや、けど、これは不意打ちだ」


「でも、事前に『撮影するよ』って言ってたら、身構えて、いい写真撮れなかったんじゃないかな?」


 ……なんか美瑠の都合のいい解釈に誘導されている気がするが、一理あるかもしれないと思った。

 それで、その写真を見せてもらったのだが……なんというか、いろいろ妄想に耽っていたせいか、難しそうな表情になってしまっていた。


「うーん、いまいち、かな。私の膝枕、あんまり良くなかった?」


「いや……小説にどう活かそうかと思って、いろいろ考えてたんだ」


「あ、そっか。そうよね、『小説に活かす』とかじゃなくて、もっと普通にリラックスして膝枕してあげてるところの写真じゃないとダメよね……」


「それでも、十分に参考になったよ。主人公がどんな気持ちになったか、少しだけ分かった」


「そう? じゃあ、よかった……あ、でも、確かツッチーの小説に出てくる天女って、高校生の主人公と同い年、十六歳なんだよね……」


 美瑠ははそう言って、美玖の方を見た。


「……じゃ、次は美玖の番ね」


「えっ……私!?」


 無茶ぶりされた美玖は、流石に驚いている。


「そう。美玖にとって、ツッチーは神様なんだよね。より良い作品のためなら、膝枕ぐらい平気よね?」


「……えっと……私は、土屋さんさえ良ければ……土屋さんが望むなら、膝枕、大丈夫ですよ」


 ちょっと赤くなりながら、美玖はそう言ってくれる。

 この言葉にも、俺の心臓はトクンと反応した。


「……じゃあ決まりね。ツッチー、良かったね。美人姉妹に連続で膝枕してもらえるよ」


「自分で美人って言うかな」


「あははっ、私はともかく、美玖は姉の私から見ても本当に美少女だから」


 うん、それは俺の目から見ても同じだ。

 そんなやりとりに和んだのか、美玖は特に躊躇せず、美瑠と入れ替わるようにベッドに座った。

 ただ、彼女の場合は横座りではなく、ちゃんと膝を合わせてベッドに腰掛けるような感じだったが。


 姉に言われてもう後には引けなくなったのか、それとも、本当に俺に膝枕することなど大した事ではない、と思っているのか……。


 よく考えたら、俺、美玖に指一本触れたことなかったんだった。

 それだけで、美瑠の時とはちょっと異なる鼓動の高鳴り方を感じだが、それを表情には出さない。

 大丈夫、今度は美瑠が見ているんだ、美玖に変なことは絶対にしない。


「……あ、私、ちょっと急用を思い出したから、30分ぐらい外に出てくるね。美玖、ちゃんとツッチーに膝枕、してあげてね。写真も撮って。後で確認するからね」


「なっ……ちょっと待て!」


 俺は慌てて制止しようとしたが、


「だって、私がいたら、厳密には小説のシーン、再現できないでしょう?」


 ……たしかに、小説では


「天女が自分のために懸命に戦った主人公を膝枕して休ませてあげてるシーン」


 で、二人っきりではあるのだが……。


「じゃ、そういうことで、邪魔者は消えるから、二人で頑張ってね!」


 美瑠は、そう言って本当にアパートから出て行ってしまった。

 後に残された、二十三歳独身会社員の俺と、十六歳、女子高生、しかも超絶美少女の美玖……。

 さすがにちょっと躊躇したが、彼女は少し赤くなりながら、


「えっと、じゃあ……しましょうか……」


 といって、改めてベッドの横に膝を揃えて座り直した――。

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