第7話 予期せぬ襲来

 美玖が帰ったのはまだ日曜の午前中だった。

 そしてその日、彼女からレインにメールが来ることはなかった。

 翌月曜日も、連絡は来なかった。


 こちらから「どうだった?」と送ってみようかと思ったが、そもそも向こうから連絡が来ない時点で……いや、はなっから結果は分かっていた。

 彼女の母親から、


「とんでもない!」


 と叱られて、それで終わりなのだと……。


 落ち込んだ気分で火曜日の朝を迎え、出社した。

 そしていつも通り仕事をして、昼休み、社内で販売されている弁当を食べて、余った時間は机に突っ伏して寝ていた。


「……ツッチ-、ちょといい?」


 聞き覚えのある女性の声に、目を覚まし、顔を上げる。

 そしてそこにいた彼女を見て、鼓動が早鐘を打つのを感じた。


 中村美瑠。ニックネーム、みるる。

 俺と同い年で、同期だ。

 小柄で細身、その割に快活で明るく、凜々しく端正な小顔で、男性社員からの人気も高い。

 新人研修を一緒に受けたし、それなりに仲良くなって、何人かで飲み会に行ったりしたこともある。


 レインのメールアドレスも交換している。

 一度、飲み会のできでたまたま二人が並んで座り、周囲の人と離れていたときに、こそっと、


「付き合おうか?」


 と冗談っぽく告白したことがあったが、


「えー、ごめんね、彼氏いるから!」


 とあっさり断られた……まあ、向こうも本気には受け取っていなかったと思うが。


 その後、彼女がその彼氏とケンカ別れしたときに、恋愛相談を受けたこともあり、そのときはあと一歩で自分と付き合うかもしれない、という局面にまでなったが、結局彼氏とヨリを戻したらしく、それ以来、あまり深い関わりがない。


 しかし、俺はまだ美瑠のことを諦め切れていない……それが、鼓動の高鳴りで感じられた。


「……めずらしいな。わざわざこのフロアまで来るなんて……俺に用事? それとも何かのついで?」


 美瑠が普段勤務しているフロアはかなり離れているので、平日の日中に会うことは滅多にない。


「ツッチーにちょっと聞きたいことがあって……ねえ、ツッチーって、歳の離れた女子との恋愛に興味あるの?」


 真顔でそんなことを聞いてきたので、一瞬きょとんとしたが……美玖のことを思いだし、ちょっと焦る。まさか、喫茶店で一緒にいるところ、見られた?


「……な、なんでそんなこと、同い年のみるるが聞くんだ!?」


 慌ててそう答える俺の様子を見て、ちょっと意外そうな顔をした後、意地悪そうに微笑んだ。


「……やっぱり、興味あるんだ……っていうか、ひょっとして現在進行中?」


「……い、いや、別にそんな恋愛なんて、まるっきり縁がないよ」


「そうなの? じゃあ、一方的に興味持たれているだけ、とか?」


 ……なんなんだ、美瑠は一体、どこまで、何の情報を掴んでいるんだ?

 俺はどう答えていいのか、無言になる。


「……あははっ、目が泳いでるよ。うん、大体分かった。ごめんね、寝てるとこ起こしちゃって。またね!」


 それだけ言い残して、彼女はフロアから出て行った。

 なんだったんだろう……むちゃくちゃ気になる。


「土屋、一体どういうことだ?」


 すぐ背後から男性の声が聞こえてきて、びくん、と肩を跳ね上げた。

 そこにいたのは、先輩社員の浜本一也さんだ。

 3つ年上で、いろいろ世話になっている。また、プライベートでも飲みに誘ってくれたりしているので良く話はするが、プライドが高くクールな印象があるので気を遣う存在でもある。


「ちょっとちょっと、いつからみるると恋バナをする仲になったんだ?」


 浜本さんに同調するように声をかけてきたのは、同僚の河口陽太だ。

 入社は彼の方が二年早いのだが、同い年なのでため口で話をしている。


「い、いや、俺も全然訳が分からなくて……」


「そうかあ? 真っ赤になってるじゃないか」


 浜本さんにそう指摘された……確かに、顔が熱くなっているのが自分でも分かる。

 けれど、それは美瑠と間近で話をしたせいなのか、あるいは、美玖との関係を悟られた、と思ってしまったせいなのか……。


「こいつ、草食系に見えて、結構モテそうな顔してますからねぇ」


 河口が浜本さんに、俺を茶化すように話を振り、二人で頷きあっている。

 と、そこで昼休み終了のチャイムがなった。


「ツッチー、またいろいろ聞かせてくれよ!」


 浜本さんと河口は、意味ありげにニヤけながら自分たちの席に戻った。

 この二人、基本的にいい人たちなのだが、ちょっとチャラい。


 この日は、午後も、残業時間帯もそれ以上変わったことはなく終わった。

 相変わらず、美玖から連絡はなかった。

 翌日の水曜日もメールは来ないまま。


 木曜日も、会社から帰宅しても何も連絡がないので、いよいよ諦めていると、夜九時を回ってから、ようやくメールが来た。

 そこには、意外なことが書かれていた。


「連絡、遅くなって申し訳ありません。母が、土屋さんに是非お会いしたいと申しております。この週末に、私たちの住むマンションまで土屋さんをご案内させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 すごくかしこまったメールの文章だったが、それ以上にその内容に驚いた。

 美玖の母親は、俺のことを、どういうふうに聞いたのだろうか。

 そして、俺と会って、何を確かめようとしているのだろうか――。

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