第8話 三者面談!?
土曜日の朝九時。
待ち合わせ場所にしていた大きな本屋に、彼女が来た。
この日は特に暑かったせいか、彼女は白のややゆるTシャツにデニムパンツという服装に、小さな黒のショルダーバックというコーディネートだ。
シンプルな組み合わせだが、美形でやや細身のスタイルのいい女子高生は何を着ても似合う。
それに対して、俺は白の半袖シャツとネイビーパンツと、やっぱりあまり凝った服装ではない。というか、あまりオシャレに興味はない。
しかし前は今まではジーンズだったので、彼女には意外に思われたのか、
「よく似合っていますね」
と笑顔で言ってくれた。
そこから彼女たちが住むマンションまで、徒歩で数分だという。
案内され、そしてその建物を見て、意外に思った。
「ハイグレードマンション」と書かれていたが、そこは築三十年の、俺の住んでいるアパートより古ぼけて見えた。
最上階に住んでいるというが、そこは四階建てで、エレベーターがない。
暑さもあり、ちょっと息を切らしながら美玖たちの部屋にたどり着き、彼女がカギを開けて中に入れてもらった。
出迎えてくれたのは、四十歳ぐらいに見える、綺麗な女性だった。
「初めまして、美玖の母です。すみません、仕事の都合で私の方からお伺いすることができなくて……」
笑顔でそう話す美玖のお母さん。上品な感じがするし、美玖の母親だけあって、やはり美人だ。
部屋の中は、入ってすぐにリビングダイニングになっており、奥にもう一部屋か二部屋ありそうだ……つまり1LDKか2LDだと思うが、それほど大きな印象は受けない。
綺麗に片付けられていたが、なんというか、庶民的で……少なくとも、美玖から勝手に思い描いていたお金持ちの豪邸からは程遠い。
ダイニングテーブルに、美玖と彼女の母親が並んで椅子に座り、俺は彼女たちの対面に一人座っていた。
出されていた麦茶を飲みながら、
「暑いですね、階段上ってくるの大変だったでしょう」
というような、世間話から入っていく。
「本当、美玖の言う通り、男性アイドルみたいな綺麗なお顔ですね」
母親が、明らかにそれとわかるお世辞を言ってきて、俺はそれを慌てて否定する。
美玖も、赤くなっていた。
俺が富士亜システムに努めていること、ラノベを出版していることも伝わっているようで、両立は大変でしょう、ということも話されたが、今回の本題はそれではない。
いつ、
「残念ながら、美玖のお仕事の件、ご期待に沿えません」
というようなことを言われるかと、俺の緊張は続いていた。
と、ここで、俺が緊張で喉が渇き、麦茶をほとんど飲んでしまったのを見て、母親が
「……美玖、冷たい缶コーヒー買ってきて。土屋さんは……ブラックがいい? それともミルクが入っている方?」
と言ってきた。
唐突な提案だったが、なんとなくその意図を汲んだ俺は、
「えっと……じゃあ、ブラックで……」
「じゃあ、私もブラックで……美玖は好きなの買ってきて」
と、彼女に千円札を渡した。
美玖は、最初戸惑っていたが、俺と彼女の母親が目を合わせたのを見て感づいたようで、
「あ、はい……じゃあ、行ってきます」
と言い残して出ていった。
これで俺と母親は二人きりになった……そうなるように、仕向けられていた。
「……狭くて古い、エレベーターも付いていない建物で、驚いたでしょう……でも、これが今の私たちの生活です」
美玖の母親は、少し寂しそうに語った。
「いえ、うちのアパートはもっと古いですし、こちらの方がずっと綺麗ですよ」
実際、内装は凝っていたので、俺の一人暮らしの部屋よりはずっとクオリティが高い。
「……ありがとうございます。本当に誠実で優しい方ですね……娘が言っていた通り。そして、『修行中の五天女』の主人公みたいですね」
その意外な言葉に、少し驚いた。
「えっ、あの小説、読んでいただいていたんですか?」
「はい、以前から美玖に勧められていて。 ……主人公の男の子、本当に素敵でした。普通の子なのに、天に帰れなくなった女の子たちを、何の見返りも求めず助けようとする……感動しました」
「ありがとうございます……嬉しいです。でも、あの主人公は僕の憧れであって、僕の姿ではないですよ」
「そうでしょうか? 小さな女の子、助けてあげてたって、美玖が言っていましたよ。」
……彼女と出会ったときのことか……あれは、美玖の方が先に迷子の女の子を助けたんだけどな。
「本当に、地元の作家と分かっていたとはいえ、まさかその作者さんとあの子が偶然出会うなんて……しかも富士亜システムの社員さん。こんな偶然が重なると、美玖でなくても運命的なものを感じますね……」
……ひょっとして、彼女のお母さんも運命の出会い好き?
「あの子、こうと思いこむと一直線なところがあって……目を輝かせて、『探していた神様にやっと出会った』なんて言うものだから、すごく驚いて……今回、お仕事の話を美玖にしてくださったのも、あの子が押しかけたから、収拾がつかなくなって、何かできそうなことをそれとなく言ってくれたんでしょう?」
「……いえ、美玖さんにクリエイターとしての仕事をお願いしたい気持ちは本当ですよ」
俺は真面目に返事をした。
「本当ですか? それであれば……あの、お願いしたいことがあるのですが……」
母親の真剣な表情に、「今回のお話はなかったことにしてください」と言われると思った。
しかし、その予想の斜め上を行く……考えようによってはもっと困難なことを言われた。
「……あの子は、あの子の心は、ずっと壊れかけていました……それが今、あなたという存在に出会い、気づいて……それにすがり、なんとか立ち直ろうと足掻いています……お願いです、あの子の支えになっていただけませんか?」
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